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禍話リライト「霧の校舎」

「自分達は運が良かったんです」と彼は語った。彼らが山の中の廃校舎へ肝試しに行ったときの話である。


その古い木造校舎は、ある山の中腹、かつて村があったらしき地域に残されていた。
立入禁止にはなっているが、ドアや窓が壊され、誰でも中に入れる状態だった。地元ではそれなりに有名な肝試しスポットだったそうだ。
彼らもある夜、4人組でそこへ肝試しに行った。

順調に車で山道を進み、目的地の直前で、木々で出来たアーチ、あるいはトンネルともいえそうな空間を抜け、校舎の前まで来た。
車を止めたところで運転手が、怖すぎるから自分は中まで行けないと言い出した。その場の空気にあてられたらしい。
彼に無理強いはせず、車で待っていてもらうことにした。残り3人で車を降りると、山特有のものか、周囲は白く霧だかモヤだかに覆われていた。なかなかの迫力だ。

壊れたドアから校舎に入ると、屋内までうっすら霧が入り込んでいた。その手のホラー映画や怪獣映画をイメージしてしまったら、即撤退したかもしれない。当時メジャーな作品はまだなかった。
なんにせよ雰囲気は抜群である。
霧で視界が悪いことの他にも、廊下の床板は歩くたびにギシギシいうし、穴があったりして足元をしっかり見ないと進めない。
運転手のあいつが怖がったのもわかるな、3人同時にやばいと思ったらすぐに出よう、と話しつつ、もう少し中を探索することにした。

そのうち1人がトイレに行きたくなってしまった。男だけだしその辺で済ませても構わないのだが、トイレの形をしたものを使いたいという。気持ちはわからないでもない。
幸い近くにトイレが見つかった。
用を足しているのを待つ間、他2人は周りを眺めていた。校舎はH型に配置されており、彼らが今いる場所のすぐ外には中庭があるはずだが、霧で全然外の景色が見えない。そんな話をしていると1人が「あれ?」と声を上げた。

廊下に誰かの足あとがあった。
足元はずっと確認してきているので、見落としたはずがない。しかし振り返ってみると、明らかに自分達以外の足あとがついていた。
その新しい足あとは赤と黒と茶色が混じったような色で、今は乾いているが、夜露で濡れた地面を歩いたりするとこうなるんじゃないかと思わせるものだった。
この足あと、さっきまでなかったよね…何人分かあるね…と2人で確認していて「上履き?」と同時に頭の中に浮かんだ。
さらにそのタイミングで、トイレに行っていた奴から、焦った様子でちょっと来てくれと呼ぶ声がした。来てくれ、やばい、と語彙力がなくなっているようである。
トイレに急ぎ、怯えた彼を見つけると「俺、お前達だと思ったんだよ」と不穏な言葉を言われた。
恐怖を感じつつ、何があったのか聞いた。

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そのトイレの中もモヤがかかっていた。
入口に一番近い小便器で用を足していたところ、誰かが入ってきた。自分の位置から姿は見えないが、手洗い場あたりにいるようだ。
友達もトイレに来たのだと思っていると、洗面台の蛇口をひねる音がした。キュッキュッとその音が響くが、こんな廃校舎では当然水は出ない。
何をしたいのかわからない。どういうギャグなのかなと思っていると、その相手が喋った。
声が友達のどちらでもなかったことでようやく、そこにいるのが友達ではない、全然知らない人物であることに気がついた。

それは若い男の声で、こちらへ自然な調子で話しかけるようだった。
「まあでも、このまま帰れないんだと思ったら、この霧もいまいましく思えてくるよね。」

そいつはそれ以上は来ず、霧にまぎれてトイレを出て行った。恐怖で少しの間動けなかったが、声が出せるようになってから外で待っている友達を呼んだ。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯

お前それやばいよ、もう早く逃げようとなって、そこで気がついた。
いま一緒にトイレに駆けつけたはずの、もう1人の友達の姿がない。

トイレを済ませた彼と2人で、今度はそいつを探す羽目になった。あたりを見回しても相変わらず霧が濃く、近くにいてもわからないかもしれない。トイレの話で忘れそうになっていたが、足あとの問題もあった。
今いう話でもないんだけど、と地面を照らして足あとを見せると、こんなのなかったよ、とやはり彼も怖がった。
さらに余計な一言をいった。
「これ、土じゃないよ…血が乾いてる感じだよ」

恐怖は限界に近い。一刻も早く逃げだしたい。
探している友達の名前を呼ぶと、霧の向こうから返答があった。
押し殺したような声で「シッ、声出すな馬鹿!」と焦っている様子だ。

馬鹿と言われても、この霧の中では声を出さないと探しようがない。彼の声が聞こえた方をみると、どこかの教室の入口あたりでしゃがみ込んでいるのがおぼろげに見えた。片膝をつき、忍者のような妙な姿勢になっていた。
その彼が、静かにしろと必死にささやいていた。
何だよ、と答えようとして気づいた。
教室から話し声が聞こえた。

中で何人かがテレビの話をしている様子だった。
昨日見た〇〇が××で、というような話をしているが、その番組が全然わからなかった。
細かい内容までは聞こえないものの、盛り上がる空気などで、ものすごく昔の番組のことなんじゃないか、と感じたそうだ。


とにかく3人が集まり、壊れた窓を強引に通って、なんとか校舎から逃げ出すことができた。

車に急いで向かうと、降りた位置から少しバックし、出しやすそうな場所に移動していた。
さすが、運転手のあいつは気が利く。乗り込むとこちらが何か言う前に車を急発進させた。
すぐに走り出してくれたのはいいが、随分運転が荒い。行く道で通った木々のトンネルも、減速もそこそこに急ハンドルで駆け抜けていく。
急いでくれるのはありがたいけど、こんな霧の中じゃ危ない、モヤに気をつけてくれよ、と余裕を取り戻しつつあった3人が運転手に声をかけた。

「お前らさっきから言ってるけどさ」運転手の彼は怒っているように答えた。
「モヤってるのどうのって何かの流行りかよ?」

車が木々に覆われた悪路を抜け、山の中の普通の道路まで出た。運転がようやく落ち着き、他の3人へ向けた怒りの言葉が改めて出てきた。
「モヤってなんのことだよ」
見てみろと言われて振り返ると、校舎はまったく霧に覆われていなかった。
運転手に見えていた景色はずっとモヤなんて出ていなかったそうだ。

3人は見ているものがなかなか信じられなかった。
しかし、だとするとまだ怖いことがあった。
最初から普通の景色だったのだとしたら、なんで運転手のこいつはあんなに手際良く車を出して、そのあとも全力で遠ざかったのか。
多少落ち着いた運転手の彼は、自分が何を見たのか3人に教えてくれた。

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友人達を見送った後、場所の雰囲気は怖いものの取り乱すほどではなく、適当に音楽を聞きながら帰りを待つことにした。するとすぐ、誰かが校舎から出てきた。
3人が即攻で戻ってきたのかと思ったが違った。

やってきたのは、自分たちと同年代の若者3人ほどだった。彼らも肝試しに来たのだろう、と思ったのだが、少し考えてみると、ここに来るまでに他の車はなかったことに思い至った。

どういうことかと怪しんでいると、若者達の後ろで、真っ暗な校舎の中から、制服を着た少年少女がぱーっと駆け出してきた。
4、5人いたその子供達の集団は若者に追いつき、向こうへ引き戻していく。若者達は抵抗もせず、みんなで校舎の中に戻っていった。
そのあとはシーンとしてしまった。

それで、みんなが戻ってきたらすぐ出られるように待っていた。
本当はもっと早く逃げたかったけど友達は置いていけない。
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彼らは無事に帰ることができたが、また誰かが肝試しに行ったらどうなるかわからないだろう。
軽い肝試しのつもりで出かけて、とにかく怖い目にあったのだった。

その後、彼らが廃校舎について地元であらためて聞いてみると、何人も、何人も、そこへ行った後帰ってきていない人々がいることがわかった。
たまたまその連中が元々素行の良くない者ばかりで、急に連絡がつかなくなってもわざわざ探す人はいなかったそうだ。
今回、彼らが肝試しと関連づけて色々聞いてみて初めて、あいつらが行方不明になったのはそこのせいなんじゃないか、と気づいたようなケースもあった。


その校舎は現在はもうない。実はいわくがあったとか、取り壊すときに何かが起きたといった話もなく、すっかり更地になっている。
ただ、その辺りは今でもよくモヤが出るという。一般人には山霧にしか見えないだろうが、事情を知っている人は早くここを通り過ぎよう、と焦るのだそうだ。


出典

このお話は、猟奇ユニットFEAR飯の方々が著作権フリーの禍々しい話を語るツイキャス「禍話」の、以下の回での話をリライトしたものです。

禍ちゃんねる にゃースペシャル(2019/02/08放送)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/524326275
1:40:00ごろ〜

こちらのWikiも利用させていただいています。
いつも更新ありがとうございます。
禍話 簡易まとめWiki 
https://wikiwiki.jp/magabanasi/

【追記・補足】(内容とは関係ありません)
このリライトの著作権者は私ですが、FEAR飯の方の好意で自由に書いているものですので、以下を満たしていれば、私への個別連絡は無しで使っていただいてかまわないです。

朗読等でご利用の際は適切な引用となるよう、
・対象の禍話ツイキャスの配信回のタイトル
・そのツイキャスのwebリンク
・このnote記事のwebリンク
以上の3点をテキストでご記載ください。
また商用利用の際は、FEAR飯の方に許可を得て、そのことを明記してください。

※他の方が作成されたリライトについては別途確認してください。
悪質な利用については都度判断します。

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