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禍話リライト「洋式親子」

ウォシュレット付きのトイレにこだわりすぎるのは良くない。そういうお話である。


この話をしてくれた大学生の青年は、当たり前のようにウォシュレットがある環境で育った。
彼は街中でもウォシュレット付きのトイレを探すタイプだった。デパートや電気屋のトイレを使うのは当然だったし、トイレのためだけにパチンコ屋に入るようなこともあった。
この感覚がよくわかる人もいれば、全然共感できない人もいるだろう。


そんな彼は家から少し歩いた場所でアルバイトをしていたのだが、一つ困りごとがあった。
バイト先と家との間に、安心して使えるトイレがなかった。途中のコンビニや公園の中にトイレはあっても、ウォシュレットがついていないため、彼にとってそこはトイレではなかった。
いや、小なら別にかまわないのだが、大を催すと困るなと彼は日頃から思っていた。

ある時とうとう彼は、お腹を壊してバイトの帰り道にトイレを探さざるをえない状況に陥った。
まだ多少余裕はあり、できればコンビニのトイレは使いたくない。どうするか悩んでいると、ふと近くのテナントビルが目に入った。
ビル自体は古めであまり期待できないのだが、彼の中のトイレセンサーが何かを感じた。

ビルに入ってみると、1階の奥まったところにトイレがあった。そして意外にも、全個室が洋式になっておりウォシュレットが完備されていた。
このトイレは素晴らしい。無事にスッキリした彼はすっかりそこを気に入った。

その日以来、彼の脳内トイレマップにそのビルは優秀なスポットとして刻み込まれた。

冷静に考えてみると、このようなビルのトイレは、大抵は1つくらい和式の便器が用意されているものである。古い建物だと洋式の方が1つしかないパターンもよくある。
全ての個室が洋式の時点で、何かあるのではないかと違和感を覚えてもおかしくない。
しかし、彼のようなウォシュレット派にとっては積極的に利用したくなる要素でしかなかった。


お気に入りのトイレができてしばらく経ったある日、彼のバイトが長引いた。
真面目に残業した見返りとして、冷たい飲み物をもらって一気に飲み干したところ、自然の摂理で帰り道にお腹が痛くなってしまった。以前だったら相当焦っていただろう。

今の彼にトイレの不安はない。あの場所が待っている。時刻はすでに22時をだいぶ過ぎていたが、寄ってみるとビルはちゃんと開いていた。
トイレは真っ暗だったのであかりをつけて個室にこもった。何も問題はない。

すると、トイレに他の人が入ってくる気配がした。同じようにトイレを求めて外からやってきたのだろうか。
声を聞くとどうやら親子連れで、若いお父さんが幼い子を連れているようだった。子供と出歩くには時間が遅すぎるんじゃないか、と彼は思った。

トイレを使いたいのは子供の方で、父親が様子をみるつもりらしい。子供だけではうまく出来ないのか、2人で一番奥の個室に入ってドアを閉める音がした。
父親の声が響く。ちゃんと脱げるか?だの、一人で頑張ってえらい!だの、随分と子煩悩な様子だ。

そのうち、おかしなことに気づいた。
汚い話だが、用を足している音がしない。
便座をあげたり、ズボンを下ろすような音もしなかった。しかし、子供はちゃんと用を済ませつつあるようだ。
父親の声だけがずっと響いている。そうそう、ちゃんとできてる、えらいねえ、すっかり一人前だ、なんて実況する様子がよく聞こえる。

親子の様子が気にはなるが、彼はすでに用をたし終わっている。
水を流し個室を出て、洗面台に向かいながら何気なく奥の個室の方を見た。



誰もいなかった。

直前まであんなに声がしていたのに、まったく人の気配がない。全ての個室が空いていた。

意味がわからない。これはどういうことなのか。確かめようと、彼は個室を一つずつのぞいた。

一番奥の個室で中年の男性が首を吊っていた。


彼はそのまま気絶してしまい、いつのまにかビルの管理室らしき部屋のソファに寝かされていた。
そこで管理人の方にほっぺたを軽く叩かれて目が覚めたのだった。

管理人さんが「大丈夫かい?」なんて話しかけてくるのを制して、トイレで首吊りがあったことを急いで伝える。
しかし、相手は全く動じていない。
そうだと思った、あの個室の前で倒れていたし、と納得されてしまっている。


管理人さんいわく、その首吊りがあったのは、便器が和式だった頃なのだという。
当時はそこのトイレにも普通に洋式と和式が混在していた。問題の個室で首吊りが起きた際、最後に苦しくて暴れたのか、和式便器がぐちゃぐちゃに壊れてしまったらしい。
修繕の際に色々忘れようと、全ての個室を洋式に変えたそうだ。

しかし、修理した後も時折、彼と同じような目にあって、その個室前で倒れる人がいるという。

俺はそんな目にあったことはないんだけどね、とここまでの経緯を話してくれた管理人さんに、彼は直前に聞いた親子の声のことを伝えた。

そのあとに管理人さんに言われた言葉が一番怖かった、と彼は語った。

「身寄りもない孤独な自殺だったらしいからね…
あの手この手で見せようとしてくるんだよなあ」

出典

この話は、猟奇ユニットFEAR飯の方々が著作権フリーの禍々しい話を語るツイキャス「禍話」の、以下の回でのお話をリライトしたものです。

震!禍話 第四夜(2018/02/02放送)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/438322265
0:42:00ごろ〜

こちらのWikiも利用させていただいています。
いつも更新ありがとうございます。
禍話 簡易まとめWiki 
https://wikiwiki.jp/magabanasi/

【追記・補足】(内容とは関係ありません)
このリライトの著作権者は私ですが、FEAR飯の方の好意で自由に書いているものですので、以下を満たしていれば、私への個別連絡は無しで使っていただいてかまわないです。

朗読等でご利用の際は適切な引用となるよう、
・対象の禍話ツイキャスの配信回のタイトル
・そのツイキャスのwebリンク
・このnote記事のwebリンク
以上の3点をテキストでご記載ください。
また商用利用の際は、FEAR飯の方に許可を得て、そのことを明記してください。

※他の方が作成されたリライトについては別途確認してください。
悪質な利用については都度判断します。

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