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禍話リライト「不要の家」

禍々しい団地の話。

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社会人になっても肝試しをしたっていい。
横暴な先輩に連れられてしかたなく行く、なんてパターンもあるが、この話の登場人物は、会社の同僚達で仲の良いメンバー数人である。

彼らがその団地へ肝試しに行こうと決めたのは、ある週末の夜、仲間の一人のアパートに集まった時のことだった。
なんとなく怖い話の流れになった中で、タブーな場所について、誰かが話を振った。

いわゆる「ただの」心霊スポット ⎯ 失礼な言い方だが、そうなった原因の事件などが明確になっているところ ⎯ ではなく、詳細が語られない場所。
ネットの片隅に書き込まれることはあっても、TVや出版物などでは触れられないようなスポット。


やっぱりなかなか無いよね、とその話題は終わりに向かった。都合よく転がっている訳がない。
そんな中、T君は心あたりがあるようだった。
それほどすごい訳じゃないけど、と前置きをした上で、「知ってるよ」と彼は話し始めた。

T君はそのあたりの地域の出身だった。
彼が子供の頃から、地元ではタブーとされる団地があるのだそうだ。

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その団地には、片親だとか、両親を亡くして祖母が孫を育てていたりだとか、そういう世帯が多く住んでいた。経済的に苦しい家庭向けの公団住宅だったのかもしれない。

貧乏なら貧乏なりに、助けあって生活することもできるだろう。だが悲しいことに、団地の住民はカースト制度の負の部分を煮詰めたかのごとく、お互いに格付けしあっていたという。
自分の家はあっちよりはまし、のように、何かにつけて比べる、すさんだ雰囲気が常に漂っていたそうだ。
助け合えばいいのに、むしろそうすべきなのに、足の引っ張り合いばかりしていたらしい。


そのうち、そこで何人かが亡くなった。

事件性はないとされたが、立て続けに亡くなったらしく、他の住民が次々に引っ越していった。

行政側は名前を変えたり、壁を塗り替えたりしてどうにかそこを使い続けようとした。
しかし、どうしても噂はついて回るもので、結局
別の場所に新たな団地が用意され、古い方は放置されることになった。
残された団地はそれなりの規模で、街の中心にも近く、簡単に解体できる状況ではないのだった。
耐震強度問題などで強制的な取り壊しが決まるのを待っているのではないか、とも言われていた。

どんな人が亡くなったかは教えてもらえなかったものの、確実に何人かが死んでいる。
そういうところだから、小さい子供が亡くなった可能性もあるだろう。

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「小さい頃からそこは行っちゃダメって言われてタブーになってて、でも、こっそり何度か行ったことがあってさ、あそこは怖いよ」
T君は話を締めくくった。


今も残っているそこには、誰でも入れるらしい。
不良が少ない地域だからか警備もなく、荒れるがままになっているとのことだった。

車で行けばすぐに着ける、とのT君の言葉もあり、皆すっかりその気になっていた。

「あー、今から肝試しに行くんだったら、彼女に言わないとな」
T君がつぶやいた。
彼らがいま集まって話しているのはT君のアパートで、彼はそこで彼女と同棲しているのだった。

ちょうどその時。
タイミング良くT君の彼女が帰ってきた。

それぞれ「お邪魔してます」「お疲れ様」なんて声をかけつつ、T君が出迎えに行くのを見送る。
台所あたりで彼らが話すのが聞こえてきた。

 ⎯ 今からちょっと肝試し行ってくるよ ⎯ 
… 肝試し?いいけど、そういうの好きだね…
 ⎯ あそこの団地に行こうと思ってさ ⎯ 
 … あの団地!? よく行くねあんなとこ…

彼女もそこのことを知っているようだった。
これを聞いていた仲間達は、「やっぱりこの辺りでは有名なんだ」と思ったそうだ。

仕事帰りの彼女はさすがに肝試しには参加しないものの、大の大人達がその団地へ行くのを止めるようなこともなかった。

彼らはさっそうと車に乗り込んだ。

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T君の案内を受けながら向かったところ、話の通りすぐにその団地に着いた。
敷地の門は閉ざされていたが、施錠されていないため、実質入り放題になっている。

6棟ほどの建物は外観から荒廃しており、壁のひび割れが文字に見えたりして雰囲気抜群だった。
5-6階建ての各棟がものものしく並んでいる。
元は確かに公団住宅だったのだろう。それぞれの戸数もそれなりに多そうである。
もし取り壊すとなると、重機などを入れる時点で相当大掛かりになることが容易に想像できた。

どこで誰が亡くなったかなどの情報は何もない。
ひとまず手近な建物に入り、数人ずつに分かれて好きなように探索してみることにした。
皆なんとなく上層階まで階段をあがり、そこから一階ずつ下りながら見回る流れになる。

肝試しにとっては理想的な場所のはずなのだが、参加者の一人、A子さんは次第に雰囲気にのまれ、予想以上の恐怖を感じ出した。

とにかく暗い。街のあかりはこの敷地の中までは届かない。とくに建物に入ってしまうと、携帯の頼りないライトの範囲外は漆黒の闇である。
街中にあると聞いていて高を括り、ろくに装備を整えなかったのは失敗だった。
いまさら後悔してももう遅い。
一緒にいる男友達も同様にびびっている。

オカルト的な意味ではなく、人間の怖さもある。
この状況で知らない誰かに出会ったら、と思うと自然に話し声のボリュームも小さくなった。
忍び足で4階あたりを探索している途中、A子さんは突然、足元の感触が変わったように感じた。

ちゃんとしたコンクリートだった床面が、まるでウレタンを踏んだような、腐ったゴムのような、ぐにゃっとした感覚になったという。
自身が立ちくらみを起こしているのではないか、と彼女は焦った。

そんな様子に気づいた同行者の青年も心配して、
もう降りようか、と戻り始めたその時だった。

「いらなくなったんで!」
突如、下の階の方から金切り声があがった。

誰かが叫び出した。

「いらなくなったんで!
もう使わないんで!うちは!
こういうところにいると助け合わなきゃいけないでしょう?!
だから!使ってください!よろしければ!」


金切り声は続き、少し離れたところにいた仲間も階段付近のA子さん達のもとへ集まってきた。
誰かが冗談でやっているわけではない。
みんな揃った。

いや。
T君がいない。

金切り声は女性のもののようで、T君がやっているわけではなさそうだった。
あるいは、T君の彼女の声なのだろうか。
しかし、こっそり脅かそうとするなら、もう少し他にやりようがあるだろう、と皆が思った。
いらなくなったんで、とは何なのか。
意味不明な状況にますます恐怖がつのる。

いらないんで使ってくださいよ!!などの言葉を繰り返し聞いているうちに、その声に微妙な震えがあることに気がついた。
声の主は叫びながら歩き回ったり、何かの動作をしているのかもしれない。

ものすごく怖いのだが、階段を降りないことには逃げ出せない。
皆で固まって静かに進む。
3階あたりで、階段の位置からは見えないものの、このフロアだろう、という場所へ来てしまった。
こうなると一応確認しなければいけない。


意を決した2、3人が階段から先へ踏み出し、死角の様子をうかがいに向かう。
角を曲がって向こう側を覗きに行った青年達が、だめだ…と半分腰を抜かしながら戻ってきた。

どうだったのか聞くと、彼らはげっそりしながら様子を教えてくれた。

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そこにいたのはT君の彼女だった。
彼女は意味のわからない動きをしていた。

団地の各戸は、玄関のドアが開く部屋もあれば、開かない部屋もあった。
つまり、その部屋のドアが開くかはわからない。

彼女はある部屋の玄関に向かって、

「うちでは使わなくなっていらなくなったから、
こういう場所では助け合わなきゃいけないから、これ、使い古しだけど、ぱっと見は新品に見えるくらい丁寧に使ってるから!」


ランドセルを叩きつけていた。

言葉だけ聞くと、不要になったからそれを誰かに譲ろうとしているようだが、シチュエーションが常軌を逸している。
そもそも子供どころか結婚すらしていないT君達が、ランドセルなんて持っていたとは思えない。

「使ってくださいよ!使って!使って!使って!
なんで使わないんだ!!」

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彼女は似たような言葉を何度も繰り返している。重なる物音で、ランドセルを叩きつける姿も想像できてしまう。
金切り声が響く中、絶対に気付かれてはならないと必死で静かに階段を降りる。

あと少し、2階の踊り場あたりまで来た。
古びた手すりを触って余計な音を立てたりしないよう、周囲の様子にも目を配る。



その時、暗闇に慣れてきた彼らの目の前で、
何かが階段の外をスッとよぎった。

何かが上から落ちてきたらしい。
ドサッという音はなかったものの、結構な大きさのものが落ちたように見えた。
何か落ちたぞ、でもそんな音はしなかったよ、とみんな疑心暗鬼になり、結局またさっきと同様に青年達が覗き込むことになった。

怖いので一瞬だけ、携帯のライトで下を照らす。

地面に子供が倒れていた。
車に轢かれたカエルのように、ゆがんだ大の字になっている。


残りのメンバーに伝えたのだが、本人達も自分の見たものが信じられない。
さっきまでそんな物音や気配もなかったのに、
まさに降ってわいたような事態になった。

見間違いかも知れない、ともう一度覗き込む。
やはり子供が倒れている。



不意に、下を覗いている1人の青年の後頭部に、
何かのしずくが当たった。
ただの水ではなく、ねばりけを帯びたその透明な液体は、よだれのように思えた。

見上げると、そこにはT君がいた。

こちらを見て静かに大笑いをしている。
笑いを抑えきれないようで、そのせいでよだれがこぼれてきたらしい。

T君が小声で何か言っているのが聞こえる。
「…になった、これで」
「不要になったから」


誰も反応できないでいると、彼はこちらを見るのをやめ、3階の彼女がいるあたりへと振り返り、
絶叫した。

「ランドセルはもういらないんですよ!!!」

全員限界だった。物音も構わず車へと駆け込み、必死でその場を離れた。




****************





月曜から、会社でどんな顔をしてT君と話せばいいのだろう。
そんな心配は杞憂に終わった。
彼は週明け会社に来なかった。無断欠勤である。

仲間達は平静を装い業務を進めるが、彼の上司はそういうわけにもいかない。
この上司は基本面倒見が良く、時としてお節介なぐらいのタイプだった。
T君へ電話をしても連絡がつかないようで、同僚達に様子を聞いて回り、皆が何とも言えない返事をするのを聞くと、そのまま彼のアパートへ、部下達も連れて訪問する段取りを整えてしまった。

内心では皆、T君のアパートに行くのも嫌だったが、仕事の延長のようなもので仕方ない。
上司に悪気がないのもよくわかっている。
彼のアパートは会社からも近く、あっという間に着いてしまった。そのまま、何も知らない上司が彼の部屋のドアをノックする。

返事はない。
鍵もかかっていない。
ドアがあっさりと開いてしまった。

T君と彼女の姿はなく、靴も見当たらなかった。
あれから帰ってきていないのだろうか。

上司は純粋に心配を深めている。
あらためて何か知らないかを聞かれ、「実は…」と一人が週末の出来事を話し始めた。

………

話してしまうとある意味スッキリする。
仕込んだとしてもやりすぎだし、男の子のことが説明がつかないですよね、と、話しながら冷静になる余裕も出てきた。

それと裏腹に、上司は話の途中からみるみる元気がなくなっていった。
さっきまでの、みんなを巻き込んでアパートまで押しかけたアクティブさが見る影もない。

もう出よう、帰りちょっと喫茶店寄っていこう、と何やら沈んだ様子である。

言葉通りに立ち寄った喫茶店で、今度は上司の方から話を始めた。
T君の採用面接をしたのが実は自分なのだという。


「…それで、あいつの出身地、その団地だよ」

聞かされた全員が黙り込む。
返事の仕方がわからない。

なんでお前たちに知らないふりをしたのか、全然わからないけど、と上司自身も言葉を選びながら話を続けた。


同棲している彼女も、幼なじみらしくその団地の出身なのだそうだ。


上司もこの地域に昔から住んでおり、その団地のことは知っていたという。
少し昔に、実際にそこで数人亡くなっているのは間違いないそうだ。
最初に子供が亡くなり、続いてその母親が事故か自殺かわからない形で亡くなり、間を空けず他の住民も一人転落死したらしい。
3人ほど亡くなった時点で警察も動いたが、詳細が明らかにされることはなかった。

それ以降、そこは忌まわしい団地 ⎯ 忌み団地、としてタブーになった。

なんでお前らに、自分達がその団地出身じゃないみたいな形で話していたんだろうなあ、と上司はしきりに不思議がっていた。

T君とその彼女は、それ以来行方不明だという。



出典

このお話は、猟奇ユニットFEAR飯の方々が著作権フリーの禍々しい話を語るツイキャス「禍話」の、以下の回での話をリライトしたものです。

THE 禍話 第27夜(2020/01/25放送)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/590055335
0:40:00ごろ〜

こちらのWikiも利用させていただいています。
いつも更新ありがとうございます。
禍話 簡易まとめWiki 
https://wikiwiki.jp/magabanasi/

【追記・補足】(内容とは関係ありません)
このリライトの著作権者は私ですが、FEAR飯の方の好意で自由に書いているものですので、以下を満たしていれば、私への個別連絡は無しで使っていただいてかまわないです。

朗読等でご利用の際は適切な引用となるよう、
・対象の禍話ツイキャスの配信回のタイトル
・そのツイキャスのwebリンク
・このnote記事のwebリンク
以上の3点をテキストでご記載ください。
また商用利用の際は、FEAR飯の方に許可を得て、そのことを明記してください。

※他の方が作成されたリライトについては別途確認してください。
悪質な利用については都度判断します。

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