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禍話リライト「封筒の届く家」

禍々しい家の話。

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ある地方にあった賃貸の古い一軒家。
そこには初老の男性が一人で住んでいた。
男性は身寄りもなく、また年金暮らしなのか、外へ働きに出なくても済むようで、あまり周囲との交流はなかった。
この男性が問題だったのではない。
その家の玄関にある郵便受け、つまりポストが時々変だったという。

近所の住民いわく。
⎯⎯ 夜遅くや早朝にその家の前を通ると、ポストに封筒がパンパンにささっている時がある。
大量の封筒はお手製らしく、ガムテープなんかを切り貼りした、荒い作りのように見える。⎯⎯ 

そのあたりはジョギングや散歩を習慣にしている人も多かった。
昼間の目撃談はなかったが、場合によっては夕方ごろでも封筒がポストにパンパンだったらしい。
そんな話が地域の中で広く伝わった。
やがて町内会長が世間話がてら、その家の男性に様子を聞きに行くことになった。

会長が男性の家にお邪魔して色々話しつつ、最近どう?なんて軽い調子で、何か変なことがないか聞いてみたところ、封筒の話は出てこなかった。
しかし別の妙な出来事があるという。

男性は歳も歳なので、深夜トイレに起きてしまうことがある。すると時々、玄関の外あたりで若い女性がぶつぶつ言っている声がする、らしい。

「あれが気持ち悪いんだけど、近所にそういう人がいるのかな」と逆に聞かれてしまい、町内会長は困った。そんな女性は全く聞いたことがない。
とりあえず無難な返事をしておき、結局封筒の話はせずに一軒家を後にした。

そのうち別の目撃談が出た。
⎯⎯ 夜中にその家の近くで、両手いっぱいに封筒を抱えた女性を見かけた。
その顔が普通ではなかった。
泣き笑いで固まったような顔で歩いており、一目であれはやばい人だとわかる様子だった。⎯⎯


そのことを聞かされた町内会長は再び男性に会いに行き、警察へ相談することを勧めた。
しかし、彼は危険を感じていない様子だった。
彼自身はポストに大量の封筒がささっているのを見たことがないという。
妙な手紙も来ていないそうだ。
彼にとっての実害は、夜中たまに家の外で誰かがぶつぶつ言っている程度のことだった。
そう言われてしまうと町内会長も引き下がるしかなかった。

それでもやっぱり気になったのだろうか。
その日の真夜中、近所の人達が、彼の家の玄関の引き戸がガラガラと開く音を聞いた。
続けて「おい、何してるんだ」という男性の声が聞こえ、それっきり静かになった。

玄関を開けっ放しにしたまま、翌日からその男性は行方不明になった。



「で、俺いまそこに住んでんだよ」

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大学生の青年は、一人の友達からいきなりこんな話をされた。
大学の夏休み期間で、何人かで雑談をしている時だった。
聞いていた一同全員、なんでだよ?とツッコミを入れる。話のオチが「いまそこに住んでんだよ」になるのは斬新すぎる。
聞けば、彼の親戚がその人に家を貸した不動産屋なのだという。住人が失踪してしまい困っているそうだ。

契約解除をしても、次に貸す相手への告知義務、なんてものが実際あるらしい。
こういう場合、よく聞くのは外国人などに格安でいったん家を貸すことで、その義務をなくす履歴のロンダリングである。
しかしあいにく、この不動産屋さんにはそういうことができそうな、インド人とかイラン人とかのコミュニティにツテがなかった。そんなものないのが普通かもしれない。
それで親戚の若者、彼に出番が回ってきた。

そこに住むのは期間限定で、夏休みの1か月間だけの約束だという。一種のバイトの扱いで、あとでいい金額のお給料をもらえるそうだ。
「お前怖くないの?」と当然質問するが、そいつはあまり気にしていないようだった。
行方不明の経緯は本当みたいだけど、今のところ封筒が届いたことはない。自分は寝付きがいい方だから、もし夜中誰か来ても気づかないだろう、とあっさりしている。
それでいいのかという感じだが、そんな奴だからこそ、そのバイトが出来るのかもしれない。

せっかくだから遊びに来てよ、とのそいつの誘いに乗り、怖いもの見たさもあってその家に行ってみると、意外にも快適な場所だった。
あちこちボロい部分はあるものの、一人暮らしには充分過ぎる広さの一軒家である。
特に変な雰囲気もない。
あらためてバイト代がいくらになるのか聞くと、結構な大金だった。お金をもらったらバイクだかPCだかの頭金にする、との計画を話す彼に、これだったらいいやつが買えるよと返事をしてやる。
このバイトは全然ありだな、とみんな感じた。

自然な流れで、次第にその家は彼らのたまり場のようになっていった。
なんとなく怖いので、深夜まで騒ぐことはせず、遅くなる前に酒を飲んで寝てしまう。
そのおかげか、とくに変なことは起きなかった。
また、その家のポストは玄関の内側とつながっており、封筒や新聞なんかが差し込まれたら屋内にいる人にはすぐわかるような構造をしていたが、怪しい封筒が届くこともなかった。



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さらに数日後。
後輩が一人、夜に合流してくることになった。
誰に聞いたのか、「バイト終わったら行っていいですか? その『楽園』へ!」などと言われ、別に楽園じゃないけどな、なんて適当にうなずいた。


その後輩がやってきたのは深夜1時をだいぶ過ぎた頃で、そんな遅くに誰かがその家を訪れたのは、それが初めてだった。
そろそろ寝ようか、なんて言い出したタイミングで、後輩が挨拶しながら居間に入ってきた。
そいつは挨拶の後に続けた。
「ポストに手紙入ってましたよ」

全員固まった。
彼の手元を見ると、確かに手作りらしき封筒を2、3枚持っている。お前それは、と誰かが言いかけて気づく。誰もこいつに封筒の話をしていない。
別に隠していたつもりではないのだが、この家は事故物件だということしか伝えていなかった。

後輩はなんの悪気もないようで、持ってきた封筒を「ずいぶん雑な造りの手紙ですね」と言いつつ家の主に渡してきた。
その場の雰囲気で、封筒を開けて中身を確認することになった。

封筒の中の便箋は、フリーハンドで引いた罫線とのたくったような字で出来ていた。
内容は「何度も申し上げておりますが、あなたのご子息と私はお付き合いをさせていただき…」
のような気味が悪い文章が続いていた。
他の手紙もほぼ同じ内容だった。

家の主はもう明日でバイトを辞める、とすっかり参っている。

「ここの前の住人は、身寄りのない孤独なおじいさんって話だったよね?」と彼に聞くと動揺しているのか、「そう聞いております」となぜか敬語で答えた。
何となくその場の緊張感がほどける。
彼自身も少し落ち着いたようで、もう夜中だけどちょっと確かめてくる、と不動産屋の親戚に電話をかけに行った。

「お前、あんなもの持ってくるなよー」と、居間に残されたメンバーが後輩に封筒のお話を簡単にしてやると、当然ながら怯えてしまった。
「そういうのは先に言ってくださいよ、そしたら封筒があっても持ってこないし、そもそもこんな時間に遊びに来ませんよ」と誰にともなく非難の目を向ける。
これは情報伝達不足が招いた悲劇だね、と彼らが反省している中、親戚へ電話をしていた家の主が戻ってきた。浮かない顔をしている。
目撃談の詳細を聞いてきたそうだが、その内容が良くないという。

この家の近くで目撃された変な女について。
今回新たに教えてもらったのは、その女は単に家の近くにいたのではなく、家の方から歩いていく様子が目撃されていた、そうだ。

つまり、これから家に行くところではなく、すでに家に行ってきた後の様子だったのではないか、と考えられる。

その状況で封筒を沢山持っていたのだとしたら。
全員の推理が加速していく。


その女は、夜になる前にこの家まで来て、大量の封筒をポストにさしておき、夜の間は家の近くにひそんでいたのではないか。そして朝になる前に封筒を回収していた。
そうだとすれば、昼間に封筒が目撃されなかったのも説明がつくし、ここから去っていく様子の女が封筒を持っていた話とも辻褄があう。

この推測が合っていても、女の行動の目的は全然わからない。こういうのが人間の狂気なのかと、みんなぞっとする。

だけどさ、と一人が何かに気付いたようだった。
封筒がなくなる説明はついたし、やっぱり人間の仕業だろう、と彼は繰り返す。
いま、自分達の手元には問題の封筒がある。
これを物的証拠として警察に持っていけば、指紋をとってもらうとかで行方不明事件が進展するんじゃないか、と少し興奮した様子で話を続けた。

確かにそうだ、と何人かも盛り上がり始めた。
ただ、家の主はそういう性格ではなかった。
なんだか面倒なことになってきたな、と彼が思い始めた矢先。


カタン、と玄関の方から音がした。

全員思わず息をのむ。
廊下に出て、そっと玄関をのぞくと、ポストに新たな封筒が届いていた。
そして戸口越しに、それを入れたらしい女の影が見えた。女は帰るでもなく、次を入れるでもなくその場にとどまっている。


女はずっと何かを呟いているようだが、細かくは聞き取れない。結構まずい状況である。
もしかすると、実は昨日までもずっとこんなことが起きていて、全員寝ていて気づかなかっただけなのかもしれない。



あらためて恐怖を感じつつも、先程までの推理を考えると、玄関の向こうに今いるのはとりあえず生身の人間のような気がする。
そこで誰かが、遅く来た後輩へ「あとで一万円位あげるから、お前ちょっと近づいて何言ってるか聞いてきてよ」と無茶振りをした。
「元はと言えばお前のせいだろう」とけしかける先輩に「違いますけどね」と返した彼だったが、責任を感じているのか、一万円に釣られたのか、玄関の方へ忍び足で進み始めた。

あいつ行ったな、と他の仲間が少し離れた所から見守っていると、すぐに綺麗な高速あとずさりで戻ってきた。
「先輩、あの女やばいですよ」と余裕を無くしている。女がつぶやく内容が聞こえたらしい。

部屋に戻って彼の話を聞く。
その女は、手紙に書かれていた男の名前をずっと繰り返しているという。
そして、加勢を呼んでも駄目だ、とも言っているらしい。
こっちが大人数でいることがばれている。
物理的な駆け引きじゃないから意味がない、などの言葉も繰り返している。
物理的な駆け引き、の言葉の意味が誰にもわからない。
さっきまで生身の人間と思っていたのも信じられなくなり、またそう思っていたのが相手に筒抜けなようでもある。

…カタン。
また外の女が封筒をさした音がする。

怖すぎる。自分達ではどうにもできない。
警察を呼ぼうとの意見も出始めた、そんな中。


「あー、もう!」

呆れているような別の女の声が外から上がった。
この声ははっきりと聞こえる。

「あの子にも困ったものだ、目を離すと!」
ぶつぶつ言っていた女とは違う声がする。

あたかも自分に娘がいて、馬鹿なことをしているのを注意しに来たような調子である。
「この子はもう、ひとに迷惑ばっかりかけて!」

…やっぱり外にいるのは、あくまで生身の変な女で、その母親が連れ戻しに来たんじゃないか。
近所に親子で住んでいて、たまに娘が抜け出してしまうとか…

しかし、その考えは正しくなかった。

玄関に見えている女の影は一人のままだった。
その女が声色を変えて一人二役をしていることにみんな気がついてしまった。
同じ女がさっきまでと違う声色で「本当、あの子にも困ったものだ」と言いながらまた封筒を入れている。


状況はさらに悪い方向へ進んだ。
母親のつもりなのか、大声の状態の女が「あれ?あれ?」と叫びだした。
「数が足りない、おかしい」と騒いでいる。
さきほど後輩が取った分の封筒がなくなっていることに気づかれている。

そんな中でも気の回る奴はいるもので、彼は部屋に置いていた封筒をとり、慎重に玄関に向かうとポストの内側から外の方へ、静かにそれらを差し込んだ。

次の瞬間、封筒はババッと吸い出されていった。
外にいる女が「あー、よかったよかった!」と、大声を上げた。

やがて女の声が遠ざかり、聞こえなくなった。


家の中の全員、放心状態で翌朝を迎えた。

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その後、すぐに警察に相談したところ、その女の足取りが少しだけわかった。
地域にある監視カメラのいくつかに、それらしき女の後ろ姿が映っていたそうだ。
だいたいこのあたりにいるだろう、というエリアが絞り込めたらしいが、それ以上がわからないという。

なので次そういうことがあったらぜひ証拠を確保してください、と熱心に話す警察官に、さすがにそれは絶対無理、と返事をした。
あの場にいたら、そんなことをする余裕はないとわかるだろう。

家に住んでいた彼は、宣言通りにバイトを辞めてしまったため、その後のことはわからない。
不動産屋さんも結局家を貸すのをやめて、土地をつぶして駐車場か何かにしたようだ、という話になっている。




出典

このお話は、猟奇ユニットFEAR飯の方々が著作権フリーの禍々しい話を語るツイキャス「禍話」の、以下の回での話をリライトしたものです。

禍ちゃんねる ただ、話すだけスペシャル(2019/05/18放送)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/545178847
1:45:40ごろ〜


こちらのWikiも利用させていただいています。
いつも更新ありがとうございます。
禍話 簡易まとめWiki 
https://wikiwiki.jp/magabanasi/

【追記・補足】(内容とは関係ありません)
このリライトの著作権者は私ですが、FEAR飯の方の好意で自由に書いているものですので、以下を満たしていれば、私への個別連絡は無しで使っていただいてかまわないです。

朗読等でご利用の際は適切な引用となるよう、
・対象の禍話ツイキャスの配信回のタイトル
・そのツイキャスのwebリンク
・このnote記事のwebリンク
以上の3点をテキストでご記載ください。
また商用利用の際は、FEAR飯の方に許可を得て、そのことを明記してください。

※他の方が作成されたリライトについては別途確認してください。
悪質な利用については都度判断します。

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