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禍話リライト「開けようとする/やくそく」

怖い話を集めていたら起こった出来事である。
※いわゆる自己責任系の、読んだ人に何か起こる可能性がある話のため、苦手な方は読まないことをおすすめします。

「開けようとする」

世の中には怖い話を集めている人がいる。そういう人のところにはあちこちから色々な話が持ち込まれてくる。わからない人には信じがたいことかもしれないが、もし体験談の体裁の話を一人で創作しているとしたら、そっちの方がよっぽど怖い話である。
その女性も、ご自身に霊感はないものの、怖い話を集めるのが上手いそうだ。自分が表舞台に立とうとせず、話を聞くこと自体を重視するスタンスが良いのかもしれない。彼女はまた、集めた話の中から厳選したものを他の語り手に伝えるという、怖い話を凝縮・拡散するネットワークの一員でもあった。
さて、その人がなかなか怖い体験談を聞いた。これはぜひ繋がりの先へ伝えよう、と話をメモにまとめた、その夜のことである。

夜中にガタガタいう物音で目が覚めた。最初はアパートの隣人を疑った(以前夜中に模様替えを始めた不届き者がいるのである)。しかし、どうもその音は自分の家のバスルームから聞こえるようだった。次第にコンコンガンガンと、業者が工事をしているかのような調子になってきた。音の出処を確かめるべくライトをつけようとした彼女は、自分が体を動かせない、つまり金縛りにあっていることに気づいた。
何かしら金縛りの前兆があってもよさそうなものなのに、実に自然に体が動かなくなっていたという。それはそれで気持ち悪いし怖いと思っていると、ふっと金縛りが解けた。
不思議なことに、あれだけうるさかった音は金縛りと同時に消えていた。さらに不可解なことには、その後の彼女はなぜか明かりをつけないまま、音源だったと思われるバスルームに状況を確かめに向かった。金縛りにあったショックか寝ぼけていたのか、周囲を明るくする発想が出てこなかったらしい。
バスルームまで来て、さすがにそこのライトはつけてから中をあらためると、おかしなことに気づいた。床のタイルが貼り替えられている。どうやらこれは幻覚だろう、寝る前にシャワーを浴びた時は普通だったのだ、と思うのと同時に、頭の中の別の部分は無理矢理にでも整合性のある説明を考え出している。
そういえば管理業者から何か通達が来ていた気がする、と思い出していると、洗面台にメモが貼ってあるのが目に入った。それは管理業者らしき会社が残したもので、「部屋の世帯主さんはいませんでしたけど、同居している彼女さんが入れてくれたので、勝手に入って申し訳ないけど日時が迫っているのもあり作業しました。」と書かれていた。
業者が入ったのだと納得しかけて、それでもおかしいことに気づく。彼女? 自分は女だし一人暮らしなのだ。これはやっぱり夢なのかと思い始めたところで、パチン、とバスルームのライトが消えた。
慌てたものの、明かりのスイッチはバスルームの外にある。その時点で閉まっていたドアを開けようと押してみるが、どうにも抵抗があって開かない。誰かが外にいるようだ。こういうドアは非常時に備えて簡単に開くようにできているもので、開かないということは、外から押さえつけられているわけで、外に誰かいるなら明かりを消したのもそいつなはずで…もはや夢なのか現実なのかわからない。とにかくドアの外で誰かが開けさせまいと踏ん張っているのを感じた。
必死でドアを開けようと押し続けるが、外の相手も相当頑張っているようで埒があかない。なかば自暴自棄になり、ドアから手を離して「誰なの!?知らない人でしょう、警察を呼びますよ!」と語気を強めて呼びかけた。相手は、まだドアが開かないよう押さえ続けているのかドアノブが細かく震えている。いや、押さえているのではない。ドアノブを持ったまま笑っているのだと気づいた。
外の相手が小刻みに笑いながら「知らないとかいうけど、よく考えてみてよ?私の髪型とか笑い方とか?」と返事をしてきた。
その言葉をバスルームの暗闇の中で聞いて、彼女は頭の中に相手の姿…ステレオタイプの幽霊ではなく、街中に普通にいそうな女の子、を一瞬思い浮かべてしまった。
我慢の限界を迎え、足を痛めるのもかまわず蹴りつけて開けたドアの先には誰もいなかった。その勢いのまま部屋を飛び出した。すぐに出られるよう玄関先に財布などを置いている日頃の習慣が役立った。
コンビニで強い酒を摂取して気合いを入れて戻った部屋のバスルームは、結局元のままだった。見慣れないタイルは幻覚だったらしい。しかし、ドアが開かないよう押さえつけられたのは間違いなく現実だったとしか思えないとのことである。というのも、外側のドアノブのつまみに、全然とれない泥だか錆だかの汚れがこびりついていたのだそうだ。
怖い話を集めていたら、リアルに怪異が発生してしまった訳である。

さて、次の話が、この女性に起きた恐怖体験の引き金となった、問題の怖い話である。要するに、ここまで述べた必死にドアを開けようとする体験談は次の話の枕だったのである。

「やくそく」

元を辿ると、神社に端を発する話である。

大学生が夜中に友達の家に集まって、だらだらくだらない話をして過ごす。社会人になってから振り返ると懐かしい場面だ。そんな気の置けない仲間達の集まりで、その日は各自、怖い話について語っていた。自分だけが見た記憶のあるテレビ番組の怖いシーン、のような話で盛り上がっていた。
仲間のうち、普段はどんな話もしてくれるA君が乗ってこない。下ネタや自分の失敗談も平気なのに、怖い話はダメなのかなと思いつつ水を向けると、「昔わけの分からない体験をしたが、誰にも言わない方がいいかと思い話したことがない」などという。
完全に前振りじゃないか、とみんな色めき立って話を促した。

***************
A君が小学生、10歳ごろの話だ。年代はざっくり平成の前半あたりになる。
ある時、子供だけで集まって近所の神社に行った。今から考えるとおかしな話だが、誰が言い出したのかわからない。こういう集いは大抵の場合、年長者、すなわちPTAの関係者や若くても高校生くらいのお兄さん、が声をかけてくれるものだったが、その時最年長なのは6年生で、彼も誰かに呼ばれて参加したようだった。集まった顔ぶれを見ると、地区もバラバラで普段遊ぶメンバーとは異なる雰囲気だった。
集まった経緯ははっきりしないものの、そこは一昔前の人見知りをしない小学生集団、なんとなくお互い顔がわかればもう遊び友達である。
神社で肝試しでもしようと適当にペアを組んだ。ある程度男女のペアになるよう意識しつつ、男子の方が多いので野郎同士の組もできた。A君はというと、あぶれてしまい単独で向かうことになった。
順番が回ってきて、仕方なく1人歩き始めたのはいいものの、要は行って帰ってくるだけの遊びである。特に自分の場合は女の子と話せるわけでもない。こんなもの何が面白いのだろう、とA君は思っていた。しかし神社の拝殿まで行ったらちゃんと「仕込み」があったのだという。
拝殿前の賽銭箱に片肘をついている女がいた。黒い服を着た、お姉さんとおばさんの間ぐらいの年頃のその女は、肘をついて何をするでもなく前を見つめていた。
肝試しのルール上、賽銭箱の前にぶら下がっている鈴を鳴らす流れになっていた。女の近くまで行かなくてはならない。何か仕掛けてくるかもしれないと身構えつつ近づいたが、予想に反して相手はただ前を見ているだけだった。なんとか鈴を鳴らして柏手を打ち、踵を返す。少し安心して戻り始めた彼の後ろで、その女が初めてボソボソとしゃべった。
「やってみたら来るものだなあ」とつぶやいているのが肩越しに聞こえた。意味はわからなかった。女のことは気になったものの、みんなのところに戻って解散の流れになった。それが土曜か日曜の出来事だったという。
週が明けた月曜、学校に行くと隣のクラスのヨシダ君が行方不明になっているとの話が出ていた。週末に家を出て戻っていないらしい。気にならなくはないが、あまり接点のある相手でもない。いつも通り過ごしていた昼休み、肝試しに行ったメンバーの1人とたまたま会話になった。なんで神社に集まったんだっけと振り返っていると、相手がヨシダ君のことを持ち出してきた。最後にヨシダと話したのはお前のはずだろう、という。
ヨシダ君は神社に行ったメンバーじゃなかったでしょうと聞き返すと、相手は全然違うことを言った。
「お前がヨシダとペアを組んで肝試しに行って、お前だけ帰ってきたんじゃないか?男同士のペアになってどうしようも無いなんてこぼしながら行って、帰ってきたら1人だから何かあったのか聞いてもろくに答えてくれなくて、そのうちに解散になったんじゃないか?」
完全に記憶が違う。言い出した相手は真面目な奴で、こんな時にタチの悪い嘘をつくようにも思えない。気持ち悪い状況だなとA君は不安になった。変な話だが、仮に向こうの言うことが本当なら、他の参加メンバーからもヨシダ君のことを聞かれ、そのうち親や先生方にも呼び出されるはずである。
しかし結局、A君が同級生や大人達に事情を尋ねられることはなかった。また、上記の食い違いを指摘した彼は、その日以降ヨシダ君や神社の話をしてくることはなかったという。
気持ち悪い思いを残したまま、小学校を卒業した。
***************

と、ここまでがA君が話してくれた、彼曰く「不思議な話」である。A君は話し終えたあとあっさり帰ってしまった。聞いていた仲間たちは、そもそも誰が神社に集まろうと言い出したのかという始まりから、黒い服の女の存在、最後にヨシダ君はどうなったかわからず行方不明のままなことまで、とにかく怖かった。
一番たまらないのは家の主のY君である。元々自分から話を振ったのだったが、こんな話を聞かされたら眠れたものではない。間の悪いことに、その日はたまたま誰も泊まる者がなく、A君の話のあとみんな綺麗に解散してしまった。
1人の状況に耐えがたく、帰った中でも一番翌日の予定が軽そうな友達、B君に電話をかけることにした。帰宅するタイミングを見計らって架電したところ、シャワーでも浴びているのかつながらない。かけ直そうと少し待っていると、B君から折り返しの着信が来た。持つべきものは友、と安心して、家に来てもらうかあるいはこっちが押しかけるか、会話の算段をしながら電話を取ると、B君から予想外の言葉が出てきた。
「ちょっと悪いんだけど、何人か連れてこっちに来てくれないか?やばいんだ」
自分の方じゃなくてそっちが?と思いながら話の続きを聞く。B君はやはり、帰宅してすぐシャワーを浴びていたそうだ。その最中、外から突然ドーンと大きな音がした。何かが地面に叩きつけられたように感じ、慌てて服を着て外廊下に出て下の様子を確認した。はたして直感通り、彼が住むマンションの1階部分、コンクリートの地面に女性が倒れていた。
B君の部屋は5階あたりだったが、女が倒れている位置はちょうどライトに照らされており、地面に叩きつけられて血まみれになっている様子まではっきり見えてしまったらしい。きっとうちのマンションの屋上や、それに近い10階あたりから飛び降りたんだろうと彼は推測した。
救命はもう無理だとしても、何か自分にできることはないか。急いで髪を乾かし部屋を出た。エレベーターに乗ろうとそちらを見ると、誰かがエレベーターのドアの前に立っている。
自分と同じように下へ向かう人だと思い、それにしては部屋のドアの開閉音がしなかったことに疑問が生じて様子を見る。こちらに背を向けているその人は女性のようだが、動きがおかしい。エレベーターのボタンを連打している。不意に、その女の服装が下で倒れている女と全く同じことに気づいた。全身黒い服である。
ぞっとして部屋に戻ったところでこの電話をかけている、とB君は言った。そんな報告を受けるとは思っていなかったY君に恐怖が伝わる。マンションの外はパトカーや救急車も来る騒ぎになり始めたそうだが、エレベーター前でボタンを連打し続ける女がとにかく恐ろしく、助けに来てほしいという。チェーンをかけたドアの隙間から覗いてみて(見ないよう止めたのだが言うことを聞かない)、あんなに呼び続けているのにエレベーターが来ないのもおかしい、とパニックになっている。
しかし、Y君にとって一番怖いのは女のことではなかった。Y君とB君の家は同じ町内にあって歩いていける距離感なのだが、彼のアパートではパトカーや救急車のサイレンは全然聞こえない。電話の向こうからもそんな音はしてこない。B君がいう騒ぎは何なのだろうか。
相変わらずB君は女のことを気にしている。女はエレベーターを呼ぶボタン以外の何かを連打しているのではないか、そんなに急いでいるなら階段を使えばいいのではないかとよくわからない理論をいう。それを繰り返すばかりのB君に向かって、サイレンが聞こえないことを伝えようとしてY君は気がついた。電話の音声に、何かを連打する音が混ざってきている。
B君が「階段で降りればいいのに」を言い始めてから、背景にバンバン何かを叩き続ける音が入ってきていた。いったん気づくとどんどん音が大きくなってきている。B君は部屋から出て音の方へ移動してしまっているらしい。絶対に違うことはわかりつつ、仕込みなのかを聞かずにはいられない。B君はそれに答えず階段云々を言い続ける。もはやバンバン叩く音は電話のすぐ横で、両手で壁を思い切り叩いているかのように思われた。
「もうさあ、俺聞いちゃおうかな、聞いちゃう、聞くわ! そんなに何を急いでいるんですか?」電話の向こうでB君が誰かに声をかけた。
Y君が固まっていると普通のトーンで「やくそくしたことがあるの」と答える女の声が聞こえた。ここが彼の限界だった。
電話を切り、さっきまで話していたメンバー全員を集めてB君の家に向かった。着いてみると当然というべきか、何の騒ぎにもなっていない。エレベーターを避け、階段でB君の部屋の階まで上がるとエレベーター前で彼が気絶していた。
駆け寄って声をかけると彼の意識は戻ったが、途中から記憶がないという。覚えているのはY君に電話をしつつ、ドアチェーンをかけた状態でエレベーター前の女の様子をうかがっていたところまでらしい。その状況で、電話を持っていない方の手が勝手に動きチェーンを外した。自分の左手なのに?と思ったところで記憶が飛んだそうだ。
これはもうみんなで朝まで起きていよう、テレビでも酒でも何でも使って過ごそう。まだ足元のおぼつかないB君に誰かが肩を貸してやり、彼の部屋に向かう。しかし、彼に代わって部屋を開けて入ろうとした男が情けない声をあげてあとずさった。今日は何なんだとげっそりしながら、玄関先から室内をうかがった他のメンバーもすぐに見るのをやめ、全員でY君の家に向かうことにした。
最初に怪談話をしていたY君の部屋まで戻り、ようやく落ち着くことができた。B君の部屋 ⎯ 彼は玄関から見える位置に布団を敷いていた ⎯ を覗いた仲間達には、布団の上に黒い服が落ちているのが見えてしまっていた。特に、最初に声を上げた青年には、たまたま服が置かれているのではなく、まるでうつぶせになった人がその服を着ているように見えたという。

出典

この話は、猟奇ユニットFEAR飯の方々が著作権フリーの禍々しい話を語るツイキャス「禍話」の、以下の回でのお話をリライトしたものです。

ザ・禍話 第十二夜(2020/05/30放送)
https://twitcasting.tv//magabanasi/movie/618796605
0:36:40ごろ〜

こちらのWikiも利用させていただいています。
いつも更新ありがとうございます。
禍話 簡易まとめWiki 
https://wikiwiki.jp/magabanasi/


【追記・補足】(内容とは関係ありません)
このリライトの著作権者は私ですが、FEAR飯の方の好意で自由に書いているものですので、以下を満たしていれば、私への個別連絡は無しで使っていただいてかまわないです。

朗読等でご利用の際は適切な引用となるよう、
・対象の禍話ツイキャスの配信回のタイトル
・そのツイキャスのwebリンク
・このnote記事のwebリンク
以上の3点をテキストでご記載ください。
また商用利用の際は、FEAR飯の方に許可を得て、そのことを明記してください。

※他の方が作成されたリライトについては別途確認してください。
悪質な利用については都度判断します。

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