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禍話リライト「ためすな/水切り子」

好奇心は猫をも殺す。
変な実験をしたり、明らかにおかしなものを観察し続けるのはやめた方がいい。
そんなお話2つである。

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「ためすな」


先輩の言葉が本当か確かめようと実験した大学生の話である。

ある時、大学の食堂で同じゼミのメンバーが何人かたまたま揃った。その中で一人、卒論に追われている先輩がだいぶげっそりしていた。
さぞ大変なんだろうと思い、大丈夫か聞いてみると、卒論のせいではないのだという。

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先輩はなかなかの安アパートに住んでいる。
外廊下は底が抜けそうだし、階段は隙間が開いているタイプでそのうち崩れないか心配になる。
そんなだから、誰かが外を通ると音がよく響く。ハイヒールやサンダルの足音は当然聞こえるし、なんなら犬猫が通っただけでもわかるくらいだ。

最近その廊下を、夜に裸足で歩く奴がいる。

夜中ずっと、廊下をペタペタ歩き回る音がする。
ドアを開けてみるが誰もいない。どうも自分が外に出ようとした直前で、部屋のある2階から1階に逃げていったように感じる。
下まで確かめに行くのは面倒なのでドアを閉め、卒論の作業に戻ってPCとにらめっこしていると、そのうちまたペタペタと音がする。

ずっとそんな調子なので、一回張り込んでみた。
音が部屋の前に来るタイミングで、そっと窓から廊下の様子をうかがうと、女の影が通った。
男か女かまでは正確にはわからないが、髪が長いので女だと感じた。
そこでドアを開けてみたが、誰もいなかった。

そんなこんなで、夜はまともに寝られず、昼間は真面目に勉強しているので休まる時がない。
もはやそれが幻覚なのか、それとも何かがいるのかわからなくなってしまった。
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みんな真面目に先輩の話を聞く中で一人、本当にそんなことがあるのか疑った青年がいた。

彼は先輩のアパートを知っていた。問題の廊下で犬猫が通る気配を感じるというのは理解できる。犬がドタバタしたり、猫の首輪に鈴がついていたりしたらよく聞こえるだろうと想像がつく。
だが、あのあたりを人間が裸足で歩いたとして、そんなにペタペタ音がするものだろうか。先輩の気のせいの可能性もある。

その夜、彼がバイト後なんとなく先輩のアパートの前を通ると、先輩の部屋に明かりが見えた。
中で卒論を頑張っているのだろう。

ここで彼は、実際に廊下を裸足で歩いてみる実験を思いついた。いま試せば、本当に音が聞こえるのか先輩に確認できる。ちょうど暑い頃で、素足にスリッパだけだったのも都合が良かった。
彼は気付かれないようこっそりと自転車をとめ、さっそく裸足になった。

それなら先輩に言えばいいのに、と思われるかもしれない。しかし、ここは黙って試してみようと彼は考えた。
それで自分の足音に気づかれなければ、これまでの音も勘違いということになる。そうしたら先輩も安心して卒論に打ち込めるだろう。
ある意味人助けをするような気持ちだった。


階段から廊下にかけて、実際に裸足で歩いてみると、確かに多少はペタペタ音がする。とはいえ、部屋の中まで聞こえるのかはわからない。
アピールするように何度か往復してみたところ、彼の携帯に先輩から着信が来た。
このタイミングということは、自分の実験が関係あるのだろうか。

電話に出ると先輩はパニック状態で何か言おうとしている。やっぱり足音が聞こえたんだ、と次の言葉を想像しながら先を促す。
しかし、後の言葉は予想と違っていた。


「今俺さ、ちょっと卒論が進まないからさ、気分転換にコンビニに出かけて家に戻るところなんだけどさあ、」

戸惑っている彼に先輩の言葉が続く。


「アパートの外廊下が見えるところまで来たんだけど、俺の部屋の前に女が立ってるんだよ」

先輩いわく、部屋の前に赤いワンピースを着た、髪の長い女が立っており、携帯を耳にあてて誰かとしゃべっているそうだ。
怖くて大学の方に逃げるからお前もこっちに来てほしい、というお願いの電話だった。

今、廊下には男の自分しかいない。服は赤くないし、髪も長くない。
状況がわからないでいると、先輩は恐怖の限界に達したのか、電話を切って駆け出すようだった。
外の道路で誰かが走り去っていくのが見えた。

大学に向かい合流したところ、走っていったのは先輩だったことが確かめられた。

部屋の前にいたのは俺だったんですよと伝えるが、そんなわけないと先輩は認めなかった。

ガリガリで髪の長い、赤い服の女がいて、誰かと電話しているのが見えたそうだ。


先輩があらゆる人間を赤い女と思い込むほど幻覚にとらわれているのか、それとも後輩が実験したせいで何かを呼びよせてしまったのか、あるいは全く別の何かか、答えはわからない。

変な実験はしないほうがいい。

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「水切り子」

次は学会発表に出かけた大学院生の体験になる。


大学院生はまめに学会に出るのが大事である。
遠くの大学などが会場だと、教官や学会の運営者がホテルを手配してくれることもあれば、自分で宿を確保しなければならない場合もある。

この話の主人公の彼は、ある田舎の大学での学会に出る際、自分で宿泊先を探すことになった。

値段重視でホテルを調べていると、相場より破格に安い所が見つかった。ビジネスホテルとラブホテルの中間くらいのようだが、特に問題はない。
ネットで予約を済ませて現地に向かった。

着いてみると、そこはなかなかに田舎だった。
ホテルの周りは草を刈った後のような青臭い匂いが充満している。付近に川がいくつかあったが、ホテルの一番近くを流れるのはドブ川で、最近の街中では見られない光景だった。

部屋に入ってあらためて外を眺めると、少し遠くの川はそれなりに綺麗なようだ。部屋が5階なので上から見下ろす形になる。河川敷にしっかり砂利が敷かれていて、水面は青々としている。
しかし、その河川敷は大人の背丈ぐらいのやぶに囲まれていて、誰も入れないようだった。
それなのに河川敷が綺麗に管理されている様子が気になった。
大腸菌が多いとかで、普通の人は入らないのかな、と彼は想像した。


さて、夜になると時間を持て余してしまった。
ホテルの近くにはコンビニもなかった。テレビはローカル局しか映らず、ご当地番組の良さが初見の彼にはわからなかった。
仕方なく、割高だとわかっていながら部屋の冷蔵庫のビールをあけたが、その結果中途半端に目が冴えてしまった。
慣れない布団が体にまとわりつく。空調は細かく設定できず、5階なので窓はほとんど開かない。
眠ろうにも全然寝付けない。

寝るのをいったん諦めた彼はブラインドを上げ、何もない田舎の風景を眺めていた。

ふと昼間眺めた綺麗な河川敷の方に目をやると、あかりがついている。電柱もないのに、わざわざ大通りから電気を引っ張っているらしい。
そしてその河川敷に少年がいるのに気がついた。もう日付が変わるぐらいの時間である。違和感を覚えつつ、他に見るものもないので、その少年の様子を観察することにした。

その半袖半ズボンの男の子は、水切り、つまり石投げをして遊んでいた。川の反対岸からこちら側に石を投げており、結構うまい。
チョンチョン、と何回も水面を跳ねさせつつ、川を越えそうなくらいの距離を出していた。石の水しぶきがテンポよく照らしだされる。

しかしなぜ、あんな場所でこんな時間に水切りをしているのか。彼は次第に気になってきた。
ここから見えない位置に道があるのかもしれないが、あれだけやぶに囲まれた場所だと手を切ったり、蚊がすごいだろう。わざわざ深夜にやるのも不思議だ。

少年は相変わらず水切りを続けている。
今投げた石もまたかなり飛距離が伸びたようで、眺めていた彼は感心した。



コーンッ


何かが部屋の窓に当たった。

窓を見ると当たった物は落ちたようだが、それがぶつかったらしい部分が少し濡れている。
この5階の窓に当たる物とは何か…そんな訳がないのに、彼はつい例の少年の方を見てしまった。


少年が遠くからこちらを見ていた。
表情まで見える距離ではないのだが、さっきまでひたすら石を投げていた子供が手を止め、何かを握ったままこちら側を向きじっと立っていた。


少年に見られている気がして怖くなり、あわててブラインドを下ろした。
もちろん実際に見られているはずはない。こっちは遠く離れたホテルなのだ

コーンッ


また何か当たった。

ブラインドのおかげで外は見えないが、その後も断続的に、窓に何か当たる音が続いた。


怖くてどうしようもなくなり、ホテルのロビーに向かった。
行ってみるとフロントには眠そうなホテルマンが立っており、急に来た客を見て若干しどろもどろな挨拶をしてきた。
そんな様子を見て少し安心した。

気を取り直して、とりあえずロビーにあった新聞をめくる。めくるのだが、あいにく地方紙なので正直読む内容がない。


それで無意識に、水切り少年のことを呟いていたのだろう、と彼はいう。

彼のもとに、さきほどのホテルマンがコーヒーを持って現れた。
勧められるままに受け取りつつ、これは一体何のサービスなんだろうと様子をうかがう。

そのホテルマンがひとこと話してくれた。


「今日が事故の起きた日ってわけじゃないんですけど、四十九日とかで考えると今日も含まれるんですよね。
やっぱりそういうことってあるんですね。」

フロントの奥へ戻っていくその人に、どんな事故があったかまでは聞けなかった。


こういう存在に対しては、こちらが見ていることを相手に気付かれた時点で、物理的な距離は関係なくなるのかもしれない。


何事も、興味を持つのはほどほどにしておいて、あまり気にしすぎるのはよくない。

出典

このお話は、猟奇ユニットFEAR飯の方々が著作権フリーの禍々しい話を語るツイキャス「禍話」の、以下の回での話をリライトしたものです。

震!禍話 第六夜(2018/02/23放送)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/443774689
0:24:10ごろ〜

こちらのWikiも利用させていただいています。
いつも更新ありがとうございます。
禍話 簡易まとめWiki 
https://wikiwiki.jp/magabanasi/

【追記・補足】(内容とは関係ありません)
このリライトの著作権者は私ですが、FEAR飯の方の好意で自由に書いているものですので、以下を満たしていれば、私への個別連絡は無しで使っていただいてかまわないです。

朗読等でご利用の際は適切な引用となるよう、
・対象の禍話ツイキャスの配信回のタイトル
・そのツイキャスのwebリンク
・このnote記事のwebリンク
以上の3点をテキストでご記載ください。
また商用利用の際は、FEAR飯の方に許可を得て、そのことを明記してください。

※他の方が作成されたリライトについては別途確認してください。
悪質な利用については都度判断します。

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