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禍話リライト「カーテンのちがう部屋」

空き教室は良くないという気持ちになる、学校の怖い話である。

こんな学校があった。
元はいわゆるマンモス校、例えば1クラスが40人で、1学年が10クラスあって、それが3学年分みっちり詰まっていた、そんな高校。生徒の数が多かった頃はさぞ賑やかだったろう。密なんて気にしていなかった時代の産物。
少子化が進んだ現在、かつて活気にあふれていた校舎は使われなくなった教室が目立ち、空き教室ばかりが集まった特別棟なんて区画ができている。近頃では珍しくない話かもしれない。そんなこの学校には一部屋だけ、他とは違う空き教室があった。
その空き教室は、カーテンが違っていた。全体的に白っぽい布であることは他と同じだが、なぜかその部屋には洒落たデザインの布地のものが使われていた。しっかり閉め切られたそのカーテンは、細かい格子柄のような模様が入っていて、他の部屋のシンプルな無地の白いカーテンとは違うことが誰でもわかった。
もう一つの違いは教室の鍵である。空き教室の鍵といえば、大抵の場合はシンプルなつくりだろう。中にたいしたものがあるわけでもない。その学校でも普通の空き教室は簡単な鍵がついているのみだった。唯一の例外で、問題のカーテンの違う教室だけは鍵が3つもかかっていた。しかもひとつは江戸時代の蔵を思わせるような、なんとも無骨な錠前だった。
その教室に入った人の話は聞いたことがなく、カーテンの向こう側に何があるかわからない、開かずの教室になっていた。
なぜあそこだけ他と違うのか。気にする生徒もそれなりにいた。色々調べてみるものの、正確な事情に辿りつけたものは誰もいなかった。
使われなくなった時期は他の空き教室とほぼ同じらしい。何かしらの事件や事故があった記録は見つからない。先生方は「危ないから入らないように」など当たり障りのないことをいい、誰も鍵を開けてくれない。卒業生に話を聞くと「昔夜中に忍び込んだ変な連中がいてその対策なのだ」なんていわくが語られることがあったが、裏付ける根拠はなく、また特定の教室だけが封鎖されている理由としては説明不足である。
カーテンが違うその教室は、少々気味の悪い存在として在校生の共通認識になっていた。

ある時、夜のその学校で肝試しをしようとするグループが現れた。メンバーは、翌日に迫った学園祭の準備をしていた、何かしらのサークルの部員達10人ばかりである。最初から肝試しをするつもりではなかったそうだ。
当初は作業のキリがいいところで、誰かの家に引き上げるつもりだった。すると寛大なことに、全員の家庭から学校にそのまま泊まってもよいとお許しが出た。日頃の行いがいいのか、あるいは顧問の先生がついていたからかもしれない。
ともかく頑張ろうと徹夜覚悟で作業を続け、深夜2時を回った頃になんとか準備が完了した。付き添っていた先生も安心し、全員一つの部屋に集まって休むことにした。
想像のつくことだが、無事に作業も終わって深夜テンションになっている若者達が素直に寝るわけがない。先生が早々に眠りに落ちたのを見届けると、そっと起き出して別の部屋に移動し何かやろうと相談する。「恋バナは新鮮なネタがないな…懐中電灯とかがあるし、肝試しにしよう。」
そしてせっかくだからと、例のカーテンが違う教室を見に行くことを誰かが提案する。みな異論なく、離れた校舎にある問題の部屋の前まで1人ずつ行ってくることにした。
肝試しが始まった。順調に3人目を過ぎたあたりで、終わった者同士、正直そんなに怖くないと感想を交わす。後半のメンバーは怖がりが多いし、どうせだったらテコ入れして盛り上げたい。軽くおどかすくらいの仕込みならセーフだろう。このあと次の次くらいに出発する少年は相当の臆病者で、いいリアクションが期待できる。ターゲットは決まった。
暗がりにまぎれ、颯爽と一人が仕込みに向かう。
共犯者達が含み笑いで帰りを待っていると、特に悲鳴などの反応はないまま、ビビりの彼が帰ってきた。ずいぶん憮然とした顔である。そして彼は「俺はね、よくないと思うよ」と意見を述べだした。
彼が滔々と語るには、「肝試しとは、雰囲気を楽しむものである。建物の軋みだったり、夜のひっそりとした空気だったり、そういうものに怖いという情緒を感じるのであって、おどかしなんかは即物的すぎる。やられたらもちろん驚くが、その驚きはいわば生物学的な反応であり、俺が望む怖さではない。」
その口ぶりは、もはやいっぱしの論客である。
普段ビビりな彼が意見するところがおかしいが、ビビりなりの美学ともいえるだろう。そんな調子でおどかし役を仕込んだろうと問いただされると、認めざるを得ない。
せめてやるならちゃんとしてくれ、興醒めで無視して帰ってきてしまった、と勢いづいた論客となった彼は続ける。
「工夫しようと布をかぶっていたのは褒めるけど、出てきたタイミングは悪いしどうしようもないよ。」
「布をかぶっていた?」
見送った側が聞き返す。彼の前に音もなく出てきたそいつは、全身を覆う布をかぶっていたらしい。そんな大きな布なんて、と不審に思いながら気がつく。今いる部屋から見える、例の教室のカーテンが半分ない。
その光景が信じられず、全員で確認する。やはりカーテンは教室の片側分しかない。皆の反応を見てすっかり大人しくなった彼にどんな布だったのか聞くと、「格子柄だった…」と泣きそうな声で答えた。
例の部屋の窓はなんともなっていないし、鍵だって到底開くものではない。冗談でカーテンを持ち出せるはずがないのだ。仕込みに行ったあいつはどうした、と焦り始めると、さっきまで論客だった彼、いまや足腰が立たなくなり座り込んだ彼が「背丈がおかしかった」と怯えている。
彼は、おどかし役は仕込みに向かった少年ではないと思っていたそうだ。布をかぶっていたやつ、仕込みだと思って無視したそいつは、自分より背が高かった。仕込みに行った奴だとしたらもっと背が低いはずで、辻褄が合わない。
これはまずい。その場の全員で確認に向かう。ビビりの彼は最後尾を必死でついてくる。たしかにその状況なら、ひとりで待つのも怖いだろう。例の教室の近くまで進むと角から、探しているおどかし役が軽い調子で飛び出してきた。ワッと言いながら出てきたあと、なんで全員で来ているのか不思議そうにしている。
彼はずっとそこにいて、ターゲットが来るのをひたすら待っていたという。随分遅い、やっと来たぞと飛び出したら、全員揃っていたのでびっくりしたそうだ。しかし、彼が隠れていた場所は、すでに行って戻ってきたターゲットに会っていないとおかしい位置だった。話がかみ合わない。
それはそれとして、他に変なことがなかったか聞いてみるが、なんの物音もしなかったらしい。なら良かった、と布をかぶった奴の話をする。さすがに彼もぎょっとして、全員の様子で誰も仕込みをしていないことを確認する。
出発した部屋に戻り、あらためて例の教室を眺めるが、やはりカーテンが半分ない。ますます怖い、しかしここにいても仕方ない。先生が寝る部屋までさらに戻ったところ、先生は何事もなく眠っていた。みんな疲れていてなにか勘違いをしているのかもしれない。全員無理矢理にでも眠りについた。

翌朝になると、問題のカーテンは普通に戻っていた。あれは深夜テンションが見せた集団幻覚だったのかも、と都合の良い解釈をする。
予定通り学園祭が始まった。頑張って作った展示の評判は上々で、来た人みんなに褒められる。もてなしに集中するうちに、前夜の出来事は少しずつそのインパクトが薄れ始めていた。
その日の一般公開が終わり、顧問の先生の元へ集まる。評判が良かったことは伝わっており、明日もこの調子でな、なんて機嫌がいい。話の最後、先生が面白そうな顔で前夜のことに触れた。
「お前たち、ゆうべ俺が寝たあと部屋から出て遊んでただろう?そりゃわかるさ、たくさんの気配が消えたり現れたらさすがにな?」
先生は、生徒たちが出ていったときに目を覚ましつつ黙認してくれていたそうだ。抜け出したのがバレていたことに拍子抜けする。
でもさ、お前らダメだよと先生は続ける。「俺はああいうのじゃ驚かないよ。」ここで話の方向性がわからなくなる。
先生は、生徒たちが部屋を出る気配で目を覚ましたものの、特に咎めることもなく、何かあったら起き出せばいいと考えていたそうだ。そのまま横になっていたところ、部屋の外に誰かが来た気配がする。目線だけそちらに向けると、ちょうど入口のガラス越しに誰かがいるのが見えた。
そこには布をかぶった奴が立っていた。
どうやら自分を脅かしにきたらしい。こっちが気づくのを待っているようだ。
こっそり抜け出しておいていい態度だ、大人を舐めちゃいけない、と思った先生はあえてリアクションをしなかった。寝たふりを続ける先生に対して、相手もなかなか粘る。結局10分近く立っていたあと、布をかぶったそいつはふいに音もなく去った。
随分あきらめの悪い奴だった、なんて笑っている先生に、生徒達は返す言葉が見つからない。
そんな彼らの様子には気づかず、「そういえば妙に静かだったのは不思議だなあ」と先生が思い返している。床の材質か、手前に何かあるのか、とにかくその場所に立とうとすれば普通は何かしらの物音が出るはずらしい。
「あいつは全然音がしなかった、なかなか見事なものだったなあ」と感心している。
結局「先生、リアクションしなくて良かったですね」としか言えなかったそうだ。

出典

この話は、猟奇ユニットFEAR飯の方々が著作権フリーの禍々しい話を語るツイキャス「禍話」の、以下の回でのお話をリライトしたものです。

ザ・禍話 第十三夜(2020/06/06放送)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/620385399
0:45:50ごろ〜

こちらのWikiも利用させていただいています。
いつも更新ありがとうございます。
禍話 簡易まとめWiki 
https://wikiwiki.jp/magabanasi/

【追記・補足】(内容とは関係ありません)
このリライトの著作権者は私ですが、FEAR飯の方の好意で自由に書いているものですので、以下を満たしていれば、私への個別連絡は無しで使っていただいてかまわないです。

朗読等でご利用の際は適切な引用となるよう、
・対象の禍話ツイキャスの配信回のタイトル
・そのツイキャスのwebリンク
・このnote記事のwebリンク
以上の3点をテキストでご記載ください。
また商用利用の際は、FEAR飯の方に許可を得て、そのことを明記してください。

※他の方が作成されたリライトについては別途確認してください。
悪質な利用については都度判断します。

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