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【ビッグ・ベン】プロジェクト始動!

さて、この物語も気が付けば終盤?

大御所秋月さんからバトンを受け取るなんて・・・
学習障害で本も読めない私に、「今度トミーの番ね♪」と、リノスク後も多くの時間を一緒に過ごしている舞子ねーさん(恋人か!?いや二人とも既婚者です)から声がかかり、余裕ぶってるけど1週間も前から書いては消し、書いては消しの繰り返し。

さー、第9話は飯塚ロンドン化計画の一つ、ビッグ・ベン構想(△ビル)の物語についてかいてみることとした。

いいづかロンドン計画

<ビッグ・ベンこと、△ビルの概要>
年齢:1972年生まれの48歳
チャームポイント:三角形
体系:3頭身の色白ずん胴

△ビル グーグルストリービュー

なんでこんな三角の可愛らしい形をしてるかって?実はここにふかーーーい歴史が隠れていることが検討していく過程で分かった。

古い絵 三角ビル位置

そう。△ビル(赤線のところ)が生まれた1972年当時はまだ穂波川(今は埋め立てられ緑道公園となっている)が流れていたのだ。川の流れと道に挟まれた偏屈な敷地からこの三角形の可愛らしい建物生まれた。

△ビルはこの町の大きな歴史の変化、人の流れの変化を目の当たりにしてきた。今も三角ビルに立ち入るたびに、シャイで物静かな彼(△ビル)は、私に様々な事をそっと教えてくれる。

△ビル 写真まとめ

◆隣接する緑道公園からの入口

◆洞窟の中を通っているかのような階段

◆緑道公園側の木々の隙間から木漏れ日として光が入ってくる排煙窓

どれもこれもとても愛らしい。そう。完全に私は彼のトリコだ。Likeではない、もうLOVEである。

そんな私はこの度飯塚ロンドン化計画の一つ、「ビッグ・ベン構想」を実現すべく、当事者として本気で動くことを決めた!

△ビルはこのエリアに変化をもたらすことができるのか?

まず2020年1月、実証実験として「空き家Bar」を開催した。オーナー様のご厚意で契約前ながら使わせてもらい、1日限り長年真っ暗だった空き家に灯りをともした。

チラシデータ

空き家BAR写真まとめ

集合写真


沢山の方に参加頂き、みんなでこのエリアのもつポテンシャルについて熱く語り合うことができた。私はこのエリアのまちづくりに一つの定義をたてた。

「このエリアは様々な用途の異色エリアが交わる筑豊の中でも面白いエリアで、これらの異色エリアを繋げるキーはこのエリアを分断している緑道公園にある。緑道公園が本来の公園空間としての賑わいを、そして当時の艶やかな人の行きかう川辺の風景を再生できれば、きっとこのエリアは人と人、地域と地域が繋がり、艶やかな賑わいが生まれてくるのでは」と。

本町東町エリアMAP

この日、私は帰宅後、寝ている嫁に興奮を抑えることができずに、「俺はやるばい!」と宣言した。まーいつもの多動性がさく裂したと「はいはい」と寝言張りに流されたのは、、、まーいつもの事である。


ビッグ・ベン構想のプロジェクト名はその名も“舫い~MOYAI~”。

「舫い」とは今もなお、歴史遺産として緑道公園に飾られているが、船を係留するために使われていた舫石の舫い。また寄り合って共同で事をなしていくという意味の方言「催合う」をかけ併せて、当時のリノベーションスクールのユニットBが考えた「MOYAI」という言葉を使うこととした。

このスペースの詳細はまだ非公開だが、ここを人と人、地域と地域を繋げて、筑豊から世界中に筑豊の魅力を発信する場・基地にしていきたいと考えている。今夏のオープンまで楽しみにしておいてほしい。

最後にこの半年間、独立したての中、これだけの時間と労力を割いて、ガッツリとこのリノベーションまちづくりに関わってきた中で、私なりに「まちづくり」とは何かという一つの答えに辿り着いた。

まちづくりとは『お互いさまという相互扶助から生まれる“幸せのお裾分け”ができる人たちの輪を少しずつ増やしていく』ことだ。そしてこのエリアを『地域の子どもは地域みんなで育て、地域のお年寄りは地域みんなでサポートする』そんな小さな、単純な事の継続がきっとこのエリアを変えると信じて、まずは動いてみよう!と。

そしてリノベーションスクール@飯塚は私達スクール生に大切なことを教えてくれた。

付加価値は不要
価値はすでにそこにある
潜在価値を見出し編集する

これからのこのエリアは必ず変わる。まずは一人一人が当時者意識をもって動き出そう!!!


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