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スターサイドシンドローム

朝のツンと張った空気を肺いっぱいに吸い込んで、僕は歩き出す。遠い所にいる君と夜を明かしたら、どうしたって春が待ち遠しくなるものだ。既に手遅れだなんて知る由もないが、間違いなく僕らは同じ夢を見た。

何もかもが終わると思い込んでいた時期があった。飲み込めなくてあがき続け、それでも終わりは着実に歩みを進めるものであった。何より春が怖かった。冬が終わるのも嫌だったし、終わりも始まりも分からないし、長袖を手放したくもなかった。カーテンを閉め切って電気を消し、冬の夜を延ばし続けていた。

油断していたら罠に引っかかる。まんまと引っかかった僕にまんまと引っかかりましたねって嬉しそうな君。春への恐怖が雪になって溶ける。新学期どころじゃない期待と待ち遠しさは、君一人で済んでしまった。晴れて僕は、春を待つ安らかな冬眠に入ることが出来たんだ。

狭い部屋で宇宙の音が響く。

かわすのが上手いし宥めるのも上手い。僕が掴めるものは何も無かった。掴めないとやっぱり遠のいていくもので、やがて手を伸ばしても届かなくなってしまった。それでも君は輝いて、僕は音を聴き続けて、世界の酸素が薄くなる。苦しい訳も分からずに、夢の中、君の好きなクラシックを流す。

朝と夜の責任がない時間。僕は余白を見てしまった。

フラッシュバック。

首にかかった自分の手に気付けなかった。
閉じた視界の中で迷っていた。
自分の嘘に騙されていた。

フラッシュバック、セット、アクション。

開いた世界は今までと変わらないのに、僕だけ息が出来ていない。気付かない方がいいこともあるのに。全部に納得がいけば、僕は死んだも同然だ。諦めがつけば楽なんだろう。行き場の失った悲しみ。変われない苦悩。心臓を止めた恋。

君に渡せるものは何も無いけど、僕はずっとここにいるから。忘れられた後でも、僕だけは大事にしてるから。真夜中に書き進めた夢、終わった後でも、最後まで伝えられなくても、きっと想い続けるよ。大丈夫。僕もう春が怖くないんだ。君が帰って来なくても、春は来るんだって分かったなら、ここで音だけ聴いてるね。


そうだよ泣いても仕方ない。

僕は君が好きだった。

でももういいから。
もう見ないようにするから。
こんな寂しいこと、なかったことにしよう。

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