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「プリンセス」

海斗(かいと) 高校三年生。文化祭で「王子様」役を務める。サッカー部。
春(はる) 高校三年生。文化祭で「姫」役を務める。
監督 高校三年生。
マネージャーちゃん 高校三年生。サッカー部のマネージャー。

ある高校の放課後の教室。海斗、春、監督が話している。

監「リピート、アフター、ミー。『姫』」
海「姫」
監「『僕と結婚して下さい』」
海「…」
監「you say!」
海「…」
春「say!」
海「…」
監「言え」
海「…(小声で)僕と結婚して下さい」
春「はーーーーーーー」
監「ダメだね」
海「何だよ!」
監「足りない、何もかも足りない」
海「そんなに言うくらいだったら誰かに代わってもらおうぜ、それが一番手っ取り早いしよ」
春「役決めの日、休んだ人って誰だっけ」
海「うっ」
春「文化祭の劇の大事な役決めの日に休んで、強制的に王子様役になったのは誰だっけ~」
海「でもまだ間に合うだろ交代するくらい…」
監「今変えることがどんなに大変か分かってないね」
海「ごめんって監督」
春「監督が言ったことは絶対だからね」
監「そうさ、僕がこのクラスを優勝に導くよ。このカチンコと共に…」
海「カチンコ?」
監「…忘れた。僕の、僕のカチンコ!!」

監督、慌てて教室を出る。啞然とする二人。

海「何だったんだ」
春「さぁ…ていうか、カチンコって何?」
海「ほら、映画監督とかがよく『カットー!』(ジェスチャー)とかやってるだろ。あれだよ」
春「へぇ。どこに置いてったんだろう」
海「さぁ。監督のことだからすぐ帰ってくるだろ」
春「せっかく演技の練習出来ると思ったのに」
海「監督が帰ってくるまで王子様役と練習してろよ」
春「海斗じゃん」
海「…俺、マジで王子やんのか」
春「休んだ海斗が悪いんだよ。王子様役なんて思春期の男の子が進んでやるわけがないでしょ」
海「だからって俺はないだろ。演技なんてやったことないしよ、王子様なんて柄じゃない」
春「受け入れなさい。これが貴方の運命なのです」
海「はぁ…また、相手のお姫様役が…」
春「悪い?」
海「言ってねぇよ。春が選ばれたのはまぁ納得いく。演技とか得意そうだし」
春「皆恥ずかしがり屋だよ」
海「春以外は手を挙げなかったのか?」
春「そう。でも仕方なくじゃないよ」
海「理由でもあんのか」
春「お姫様になってみたかたったんだ」
海「…お姫様」
春「今馬鹿にしてるでしょ」
海「してねぇよ」
春「じゃあ引いてる」
海「引いてもない」
春「…呆れて」
海「ない」
春「意外」
海「何でお姫様になりたいんだ」
春「…お姫様って、皆から愛されてるし、可愛いし、素敵な王子様も居て、キラキラしてるでしょ。私と真反対だと思って」
海「そんな奴いないだろ」
春「いるよ。イメージはね、サッカー部のマネージャーのさ」
海「あいつか」
春「海斗は分かるでしょ、サッカー部だし。優しくて可愛くて、頭だって良くて。なんか上品なんだよね」
海「あいつもドジなところあるぜ」
春「そういう所すら愛されてるじゃん」
海「羨ましいのか」
春「まぁ、正直…いいや。この話一旦やめ。練習しよ」
海「急だな」
春「クライマックスの、二人が再会するシーン。いくよ」
海「おう」
春「…王子様、生きていたのですね」
海「えぇ、貴方にまた会うまでは死んではならないと思ったのです」
春「嬉しい。私、王子様が生きている、それ以上のことは望みません」
海「いいや、姫。僕はもう覚悟を決めました」
春「王子様?」
海「姫」
春「…」
海「…」
春「…なんで!!!!!!!!」
海「無理だ、この台本鳥肌が止まんねぇ」
春「台本への文句は監督に言ってよ」
海「もっと童話とか昔話でいいじゃねぇか。わざわざ創作にしやがって」
春「しょうがない、書いてくれたんだからちゃんとやろう」
海「何だよ何だよ。僕と結婚して下さい?無理だ、言えねぇ」
春「私だから?」
海「まぁそれもあるな。お姫様らしくなさすぎるぜ」
春「…」
海「...拗ねたの」
春「代わってもらおうかな。やっぱり」
海「何だよ急に」
春「マネージャーちゃん。同じクラスだし、私よりよっぽどお姫様らしいし」
海「冗談だよ。春の演技はめちゃくちゃ上手い」
春「適役がいるって話だよ。海斗だってセリフ、マネージャーちゃんになら言えるでしょ」
海「誰になったって同じだ」
春「好きなんでしょ、マネージャーちゃんのこと」
海「…は」
春「海斗がサッカー部に入って、話すことも増えて、今だって隣の席になってさ。めちゃくちゃ仲良いじゃん。皆から噂されてるよ」
海「噂って…それはあいつらが勝手に言って」
春「見てたら分かるよ」
海「...何を勘違いしてるか知らねぇが、姫はお前が演じろ」
春「お姫様らしくないって言ったのは海斗じゃん」
海「お姫様らしくないから何だよ」
春「!」
海「何をこだわってんのか知らねぇが、そんなに大事か。お姫様らしさ」
春「大事でしょ。海斗もその方がやりやすいって」
海「別にマネージャーがお姫様らしいと思ったことはないぜ。それに、本当にお前の勘違いだ」
春「ふーん。別に隠さなくていいのに」
海「春がしつこいから」
春「でも私にお姫様らしさが足りないのは事実だと思う。だから海斗も頑張って王子様になってよ」
海「急に責任転嫁したな」
春「お姫様にしてよ」
海「…」
春「...」
海「…分かりました、姫。僕はもう覚悟を決めました」
春「えっ」
海「…」
春「お、王子様?」
海「姫...僕と結婚して下さい。」
春「(超小声で)よ、喜んで…」
海「お前!!」
春「ごめん!!」
海「それはないだろ…」
春「う…」
海「で、どうだった」
春「上手いよ」
海「ちげぇよ。お姫様になれそうか」
春「ほんとさ…こういうところなんだよ…」
海「何だ」
春「うん。なれる。お姫様。…ありがとう」
海「そうか。じゃあ次のシーンもやろうぜ」
春「そうだね。ええと?『僕と結婚して下さい』。王子、お姫様抱っこをする。」

二人、顔を見合わせる。

海&春「監督…!」
春「本番では、やってよ」
海「そうだな。練習は別に、いいんじゃな」

すると突然、教室内に監督が入って来る。

監「練習で出来なくて本番でできるわけないじゃないか!!」
海&春「うわああああ!!」
監「君達は舞台を一体何だと思っているんだ。全く」
春「すみません」
海「カチンコあったのか。良かったな」
監「これで心置きなく練習出来るよ。さ、台本に書き込んでもらうから、二人共筆記用具用意し…」
春「監督、荷物…」
監「…僕の荷物全般!」

監督、またもや教室を出ていく。残される二人。

海「教室閉まるから、わざわざ空き教室で練習するって、荷物持って来いって言われてたのに」
春「教室に忘れたんだったら、職員室で預かられてるかも」
海「暫く帰ってこねぇな」
春「…」
海「…」
春「私、重いよ」
海「どれくらい?」
春「2トン」
海「誇張しすぎ」
春「なんか私が嫌になってきた」
海「どんだけ重いか試してみるか」
春「最低!…え、ほんとにやんの」

海斗、無言で春の傍に。しゃがんで春のひざと肩に手を回そうとする。が、途中でやめる。

春「え」
海「人」

すると教室にマネージャーちゃんが入って来る。

マ「海斗くん…いた。春ちゃんもだ!」
春「マネージャーちゃん。」
マ「海斗くんを探してたんだ。教室は閉まってるし部室にも来ないし。海斗くん、春ちゃんとこんなところで何してるの?」
海「クラス劇の練習。マネージャーは裏方だから知らねぇか」
マ「いや、思い出したよ。海斗くんが王子様役やるんだって思った記憶がある…春ちゃんがお姫様なのも納得したもん」
春「なんか照れるな。私なんかがお姫様とか、笑われるかと思ってたよ」
マ「そんなことないよ。春ちゃんの中のお姫様を皆に見せてあげようよ」
春「私の中の」
マ「うん。頑張ってね、主役さん。応援してる」
春「ありがとう」
マ「ううん。何しに来たんだっけ…あ。そうだ。海斗くんは今日練習来ないの?」
海「まぁ今日くらいは。劇覚えねぇと」
マ「分かった。じゃあ私行くね」
春「うん。ばいば」
海「マネージャー」
マ「何?…わっ」
春「えっ」

海斗、マネージャーちゃんを軽々とお姫様抱っこで持ち上げる。啞然とする春。

海「よっと。…よし、掴めた」
マ「わあ」

マネージャーちゃんを降ろす海斗。

海「センキュ、マネージャー」
マ「何に感謝してるのかは分かんないけど…どういたしまして。じゃあね」
海「おう」
春「あ、ばいばーい…」

マネージャーちゃん、教室を出ていく。

春「…えっ。え?ええ~…?」
海「好きだからじゃないぜ」
春「あ、あんなさらっと」
海「監督が言ってたこと忘れたのか。練習で出来なくて本番でできるわけないだろ」
春「それは、そうだけど」

海斗、春のそばでしゃがみ込み、背中と膝の裏に腕を回す。

春「えっ」
海「ちゃんとつかまって」

海斗、春をお姫様抱っこで持ち上げる。

春「うわ!」
海「春、台本見せろ…次が『王子様、そのまま姫と舞台をはける。』ふーん」
春「も、もうおろしてもいいんじゃない」
海「いや、持ち上げたまま舞台からでるんだろ。このまま監督でも探しに行こうぜ」
春「噓でしょ、本気?」
海「向こうかな」
春「ちょっと、海斗!」

海斗、春を持ち上げたまま教室を出ていく。入れ替わりで監督が教室に入る。

監「やっと戻ってこれたのに、あの二人はどこ行ったんだ。(カチンコを鳴らし)早く戻って来いよ~…また走らなきゃダメなのか?あぁもう!王子!姫ー!」

監督、走って教室を出ていく。

入れ替わりでマネージャーちゃんが教室に入る。

マ「…私は練習のお姫様だったんだね」

マネージャーちゃん、舞台用の衣装の中からティアラを手に取り、身につける。

マ「私の王子様は海斗くんなのに」

終幕。

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