見出し画像

「睡蓮」

立枕たてまくら 睡蓮すいれん
枝垂しだれ 昊輝こうき
藤川ふじかわ 夏雲なつも
水山みずやま はく


誰も居ない放課後の教室。

睡「…夏の匂いがする。感傷に囚われないよう夏を過ごす。感情に飲み込まれないよう君を探す。逃げられない泥の中。早く終わってしまえばいい。君みたいな夏空に染まりたい。」

昊「スイ。」
睡「うわっ!…昊輝か。驚かせんといてよ」
昊「夢中になっとったみたいやから、つい」
睡「なんか恥ずかしいな」
昊「なんで?自信持ったらいいのに」
睡「詩なんて誰も詠まへん」
昊「まだそんなん言っとん?俺が何の為に新聞書いてると思ってんねん」
睡「今月も載せるん?」
昊「当たり前やろ。楽しみにしとう人もおる」
睡「そんなんおらんよ」
昊「今月のやつ、書けた?」
睡「まだ」
昊「そっか」
睡「いつまでとかある?」
昊「ううん、いつでもええよ。そろそろコンクールの詩考えなあかんやろうし」
睡「それもそうやけど」
昊「でもまぁ俺は欲しいよ」
睡「分かってる。…あ、さっき詠んだ詩載せよっか」
昊「う〜ん」
睡「あかんの?」
昊「全然良い。全然良いねんけど、…スイが夏嫌いっていうのが出てて、ちょっと気に入らんな」
睡「そんなん私の勝手やない?」
昊「まぁ、そうやな?」
睡「一応文字起こししとくね」
昊「おう」

睡蓮がノートに詩を起こす。ペンを走らせる音だけが聞こえる。
静けさを破るように枝垂が口を開く。

昊「スイの、睡蓮って名前。夏の花やのに」

睡蓮のペンが止まる。

睡「関係ないよ」

睡蓮、再び詩を書き起こし昊輝に渡す。

睡「できた、はい。」
昊「ありがと!早速打ち込んどくわ」
睡「うん…」

昊輝、教室を出ようとする。

睡「…やっぱりさ!」

枝垂、立ち止まる。

睡「もう、新聞に載せるのやめへん?」
昊「…は!?」
睡「もっと他のこと記事にしーよ」
昊「待てよ、急やろそれは」
睡「イタい奴って思われるやんか」
昊「…」
睡「もうやめたいんよ」
昊「誰なん」
睡「え?」
昊「スイの詩がイタいって、誰が言ってん」
睡「誰って…」

その時、教室に水山が入ってくる。

伯「あーおったおった、枝垂君こんなとこにおったんか」
昊「水山先輩」
伯「あぁ、もしかして。彼女が例の睡蓮さんかい?」
睡「はい」
伯「いつも楽しく読ませて貰っとるよ」
睡「ありがとうございます」
伯「いやぁ、枝垂君が新聞部に入部してから詩を載せたいってずっと言っててね。二年生になって新聞を書けるようなってから…」
昊「先輩、なんか恥ずかしいす」
伯「おっとごめんごめん」
睡「そ、そうなん?」
昊「まぁ、うん。スイの詩はもっと色んな人に見られるべきやって思ってたし」
伯「僕も実際そう思うわ」
睡「そう、ですか」
昊「…あ。先輩、俺今月の詩貰ったんで先帰ります」
伯「了解。睡蓮さんとは一緒に帰らんの?二人幼馴染なんやろ」
睡「いいんです。最近は別々に帰ってるから」
昊「そういう訳です。じゃあ先失礼します」

枝垂、急ぎ足で教室を出ていく。

伯「彼、何の用だったんだろ」
睡「多分女の子です」
伯「ほう」
睡「最近昊輝と仲良い女の子が居て。私と同じクラスなんですけど」
伯「でも彼、女の子とよく話すようなタイプじゃないよな?」
睡「新聞に載ってる私の詩で、話が盛り上がったみたいです」
伯「あぁ、それで一緒に帰ってる訳か。寂しくなるなぁ」
睡「いえ、私と居たら浮いちゃうかもしれないし」
伯「なんで?」
睡「詩を書いてるなんて、イタいじゃないですか」
伯「そんな事ないけどな。」
睡「…」
伯「でも、わからんくもないよ。だってさ、僕も書いてたから」
睡「え、詩をですか?」
伯「うん。ちょっとだけな」
睡「そうなんですか」
伯「睡蓮さんは…自分の詩に自信が無いんやね。人の目ばっかり気にしてるように見える」
睡「そうかもしれません」
伯「詩はね、きっと、もっと自由なものやで」
睡「ですね。でもやっぱり、人の目は気にしてしまいます」
伯「人の目って、新聞に載せてること?」
睡「はい。もう、やめた方がいいのかなって思ったり」
伯「それは残念なことやな、枝垂君が悲しむ」
睡「でも…」
伯「誰かに言われたとか?」」
睡「気の所為かもしれないんですけど。私の詩を見て、なんか凄いなぁ、って。よく載せれるなって…」
伯「それは…嫌な言い方をされたんやね。」
睡「…」
伯「そうやなぁ…まぁ、しょうがない事ちゃうかな。詩ほど直接的に自分が現れるものはそうそう無いから」
睡「そうですね」
伯「音楽も絵も、流行りや技術に作者が隠れる。でもね、詩にもあるよ」
睡「流行りや技術ですか?」
伯「うん。…そうだ。良かったら教えてあげようか」

一方、枝垂が下校している。隣に藤川。
ベンチに座って話している。

昊「それほんまか」
夏「うん。聞いちゃった。3組は裏がある女子多いからさ」
昊「…」
夏「元気出してよ枝垂くん」
昊「やっぱり、もう載せるんやめた方がいいんかな」
夏「睡蓮さんの詩?」
昊「そう。余計あいつを困らせてるんかもしれへん」
夏「そもそもさ、なんで載せようと思ったの」
昊「あいつの詩は…人を救う力があるから。俺が救われたことがあるから」
夏「なんか大袈裟だね」
昊「そう思われても別にええよ」
夏「聞かせて」
昊「何を」
夏「睡蓮さんが、枝垂君をどう救ったの」
昊「…」

昊「うた、響くうた。みんなで作ったうた。うた、悲しいうた。君が泣きそうなうた。ごめんね、優しい君。優しい君は笑っている」
夏「全部、覚えてんの…」
昊「引くなよ」
夏「だって」
昊「秋に。小学校の、合唱祭みたいなものがあって」
夏「あるね」
昊「俺の親が忙しくて、来れるか分からへんよって言われて。でも俺はずっと待っててんな。お昼になってもこーへん。皆は自分の親に会いに行ったりしとって、俺は教室で一人。普通に寂しくなってさ…その時スイが俺のところに来て、詠んでくれた詩」
夏「睡蓮さんの親は」
昊「あぁ、片親やで。」
夏「来なかったんだ」
昊「うん。自分だって寂しいはずやのにな。ちょっと無理して笑ってたん気付かれてたみたいやわ」
夏「なるほどね」
昊「今でもずっと、あの時の睡蓮が…」
夏「?」
昊「いや、この詩に救われてるんよ」
夏「なんか、あれだね」
昊「何よ」
夏「枝垂君は救われても…睡蓮さんはずっと寂しいままだね」
昊「寂しい、って」
夏「言ったでしょ、睡蓮さんがクラスで浮いてるって。恥ずかしくないのかなって、言われてたって」
昊「…」
夏「枝垂君は睡蓮さんを救おうとするけど、睡蓮さんは寂しいままだね」
昊「俺のやり方が間違ってるって?」
夏「やり方というか」
昊「分かった。…もうあいつに執着するんは終わりにした方がいいんやろ」
夏「まぁ、そういうこと」
昊「…藤川、藤川はなんで俺にこんなん言うん」
夏「…」
昊「なんで俺に近付いたん」
夏「枝垂君」
昊「何」
夏「僕と付き合おうよ」

次の日の放課後。教室にて。

伯「やっぱり季節の詩はウケ良いで。風景が頭の中に流れてくるような、そんな詩」
睡「そうなんですね」
伯「あと、リズムを持たせたり韻文にしたらええな」
睡「じゃあ…こんな感じですか」
伯「うん!良くなった!これも完成さして新聞に載せたいくらいやわ」
睡「あ、その。水山先輩」
伯「どうしたん」
睡「昊輝が、新聞にはもう私の詩を載せないことにしたみたいです」
伯「…そうみたいやな」
睡「別に私もやめた方がいいと思ってたから」
伯「じゃあ睡蓮さんの詩が載るのは今月で最後なんやね」
睡「はい」
伯「そっか」
睡「はい」
伯「…ほんなら睡蓮さんの詩が載る最後の新聞、印刷してくるわ。また明日、今日の詩完成さして持ってきてな」
睡「分かりました。ありがとうございます」
伯「じゃあね」

水山が教室を後にする。
睡蓮、さっきの詩を眺めて浮かない表情。
すると枝垂が教室に入ってくる。

昊「…あれ」
睡「昊輝?」
昊「おう。水山先輩とおったんやなかったん?」
睡「たった今出ていったよ」
昊「入れ違ったか」
睡「どうしたん」
昊「いや、新聞印刷できたから。あとは今日貼るだけ」
睡「え!先輩印刷してくる〜って出ていってもたで」
昊「まじで」
睡「呼び止めな」
昊「待って。…疲れた」
睡「…大丈夫?」
昊「夏バテ気味かもしれんわ」
睡「じゃあ昊輝は休んどって。私追いかけてくるから」
昊「いや、ええよ」
睡「なんで」
昊「先輩とどんな話したん」
睡「え?」
昊「ほら、スイも座れよ」
睡「どうしたんよ」
昊「気になるやん。水山先輩、部室に荷物置くなりスイのとこ行ってくるーってすぐ出てってんから」
睡「詩のアドバイス貰ってただけやで」
昊「え、アドバイス?」
睡「うん」
昊「ふーん」
睡「何よ」
昊「そんなん、自由なんが詩ちゃうん」
睡「でももう人に見られても恥ずかしくない詩を書きたいんよ」
昊「そうなん」
睡「そう」
昊「あるん?」
睡「何が」
昊「アドバイス貰って、書いた詩」
睡「あるよ。まだ未完成やけど」
昊「見せて」
睡「…」

睡蓮、昊輝に詩を渡す。

昊「…あー」
睡「良くなった?」
昊「良いかはちょっと分からんわ。俺そういう知識無いし」
睡「反応、微妙やね」
昊「バレた?」
睡「うん」
昊「こういうのがコンクールにウケるんか」
睡「分からへん」
昊「スイはどう思う?」
睡「…人に見られても恥ずかしくないよ」
昊「そうか」

間。

昊「スイ。俺さ、彼女できた」
睡「…」
昊「告白されて。俺にやで?」
睡「おめでとう」
昊「…ありがとう」

間。

睡「それ、どこに貼るん?」
昊「どーしよ。水山先輩のと合わせたら多分…学校中に貼れるわ」
睡「多すぎちゃう」
昊「貼るの手伝ってよ」
睡「しょうがないな」

睡蓮と昊輝、睡蓮の教室に新聞を貼っていく。

昊「もうちょっと高い所の方が良いな」
睡「こっち?」
昊「もうちょい…ちびやから届いてへんやん」
睡「馬鹿にしんといてよ」
昊「ここやって」
睡「…ありがとう」
昊「とりあえずこの教室はOKやな。」
睡「昊輝、そろそろ」
昊「あぁ、帰らなあかんわ」
睡「藤川さんが待ってるんじゃない」
昊「知ってたん」
睡「同じクラスやし」
昊「そっか」
睡「あの子、Xジェンダーなんやって?」
昊「うん。こころの性別がどっちでもないらしい。恋愛対象もそうなんやと思う」
睡「そうなんや。そういうのも昊輝は気にしいひんねやね」
昊「そりゃあな」
睡「私も。昊輝も他の人より、柔軟な考え方っていうか。受け入れてあげられるっていうか」
昊「褒めてる?」
睡「うん。藤川さんも安心できるんちゃう」
昊「そうなんかな」
睡「そうやで」
昊「…急やけどさ」
睡「ん?」
昊「俺、前の詩の方が好きやったな」
睡「そ…そっか」
昊「それだけ。またな、スイ」
睡「あぁ、うん。またね」

昊輝が先に教室を出ていく。少しして睡蓮も帰る支度をして、出る。場面変わり、水山は睡蓮達がいた教室。藤川はクラスの女子の会話を聞いている。

夏「あのさ、僕の前で誰かの悪口言わないでよ。…あぁ、これ?いいじゃん。僕は好きだよ、この詩。」

水山、新聞を剥がす。

夏「楽しみにしてるくらい。…イタくないよ。これは睡蓮さんの言葉だ。」

水山、新聞を破る。

夏「綺麗だけどどこか悲しい、僕みたいな人に寄り添ってくれるような。優しい人の詩だよ」

水山、新聞を破る。
藤川、退場。

伯「詩、綺麗な詩。皆に愛される詩。詩、悲しい詩。僕が嫌いな詩。ごめんね、優しい君。優しい君は…」

水山、退場。

次の日の学校。昼休みに、藤川と睡蓮。
周りには誰もいない。

夏「睡蓮さん」
睡「…」
夏「急に連れ出してごめん」
睡「…」
夏「うちのクラスだけやったみたい。新聞破られてるの」
睡「詩の部分だけ」
夏「うん」
睡「…」
夏「僕さ、昨日クラスの女子とちょっと喧嘩したんだ…睡蓮さんの詩を馬鹿にしてたから」
睡「もういいって」
夏「待って、最後まで聞いて」
睡「…」
夏「お願い」
睡「…それで?」
夏「うん。僕さ、東京からこっちに転校してきたし、色んな噂されてるし、ちょっと浮いてたんだ。だけど睡蓮さんの詩は、そんな僕を受け入れてくれるような気がしてた。だから、睡蓮さんのこと言われてて、思わず突っかかっちゃった」
睡「じゃあ」
夏「そ。もしかしたらクラスの女子のせいかもしれない。ていうか、そうとしか思えない」
睡「ありがとう」
夏「え?」
睡「私の詩を読んでくれて」
夏「睡蓮さん」
睡「それだけで嬉しいから」
夏「無理に笑わないで!」
睡「…」
夏「睡蓮さん、よく聞いて。クラスの新聞は破られたかもしれないけど、僕の中で睡蓮さんの詩は死んでないよ。それで、僕みたいな人が絶対他にもいる。」
睡「ありがとう。…でも私、もう詩を書く気が起きひん」
夏「睡蓮さん」
睡「コンクールに応募するのもやめようと思う」
夏「それは…」
睡「藤川さんの話聞いて嬉しかった。私のこと庇ってくれてたのも。これからまた詩を書くかは分からんけど、今はちょっと落ち込むことにする」
夏「…分かった。また書けなんて僕は言えないから。でも待ってるよ」
睡「うん…」
夏「そろそろ昼休みも終わるね。一緒に教室戻ろ」
睡「ありがとう」

二人、退場。
その日の放課後。教室にて。

昊「…藤川」
夏「睡蓮さんなら帰ったよ」
昊「えっ」
夏「励ましたかった?」
昊「励ますというか…」
夏「自分が力になりたかった」
昊「…」
夏「帰りのホームルームで話し合ったよ。僕と言い合った女の子達は部活だったって。僕のクラスはほとんど部活に入ってるから、犯人は特定されなかった。」
昊「そうか」
夏「残念ながら睡蓮さんは僕がもう励ましたよ」
昊「…」
夏「枝垂君のせいじゃない」
昊「でも…きっとあいつはもう詩を書かない選択をする」
夏「僕もそう思う」
昊「…」
夏「ねぇ」
夏「僕ら別れよっか」
昊「…今かよ」
夏「今だよ」
昊「なんで別れるん」
夏「僕さ、マイノリティじゃんか。マジョリティに流されるのが嫌いなんだ。だから…睡蓮さんの味方をし続ける君がかっこよかった。好きを大事にできる君を、自分の物にしたくて」
昊「俺は藤川のこと大事に出来てなかったか」
夏「そもそも好きじゃなかったでしょ」
昊「…」
夏「枝垂君は僕を否定しなかったけど、好きじゃなかった。君からの好きは感じられなかった。君の好きは僕じゃない。」
昊「気付けって?」
夏「そうだよ」
昊「でも俺は、まだあいつなんかあいつの詩なんか分からへん」
夏「焦って答えを出さなくてもいいよ。どっちにしろ、僕らは別れるべきだ」
昊「じゃあ、俺にはもう彼女が居らんのか」
夏「うん」
昊「他の女の子の元へ向かっていいんやな」
夏「そういうこと。」

枝垂、教室を出ていく。

夏「でも…僕も君と同じ。君を救ってみたかったな」

藤川、退場。
枝垂が昇降口へ向かう途中、新聞部に寄り、水山と会う。

伯「あれ、枝垂君。遅かったね」
昊「水山先輩。…スイのクラスの新聞が破られました」
伯「ええ!?新聞って、僕らの書いた新聞!?」
昊「スイの詩の部分だけ」
伯「なんて酷い…惨いことをする奴が居たもんや。誰がやったんか分かったん!?」
昊「お前だろ」
伯「…はぁ!?」
昊「新聞部は朝に新聞を貼ってまわる。早朝に新聞が貼ってあるのを知ってるのはせいぜい早起きの奴か俺らくらいや。」
伯「その早起きした奴が犯人じゃないんか!」
昊「教室に来て新聞を見たなら破られてることを知ってるはずやろ。なのに…お前は」
伯「あー。ぬかったなぁ。俺が知らないフリをしてしまったってことか」
昊「お前…」
伯「しょうがなかったんや!!!!!!!」
昊「…!!」
伯「立枕睡蓮。その名前を忘れた日は無かった。睡蓮は賞をいくつかとってるよな?」
昊「…」
伯「最優秀賞が睡蓮なら、優秀賞はいっつも俺やった。中学の部と高校の部で分かれてからやっと俺は最優秀賞を取った。その時分かったんや…俺は睡蓮に勝てへん。詩を書くのは高校1年生の夏に辞めたわ。」
昊「じゃあ」
伯「ところが睡蓮は同じ高校に入ってきた。満を持して睡蓮に会ってみたのに…俺の名前すら覚えてなかった。なぁ…お前に何が分かんねん?」
昊「…睡蓮に詩を教えたのは」
伯「あの睡蓮様の詩を変えられる絶好のチャンスやろ?浮世離れした詩に浮世をおしえてあげただけやって」
昊「…俺。新聞部辞めます。」
伯「残念やなぁ〜〜貴重な部員が一人減ってまうなんて」
昊「あと…もうスイに関わらないで下さい」

枝垂、静かに退場。

伯「しょうがなかった」
伯「しょうがなかったんやあああああああああああ」

伯の叫びか笑い声か泣き声か、分からない声が響く。
しばらくすると声が止み、藤川が現れる。

夏「貴方なんだね」
伯「あ…?」
夏「先輩のことは枝垂君から聞いてたよ。睡蓮さんのファンの一人ってね。」
伯「枝垂の彼女か」
夏「元ね…」
伯「…」
夏「僕も睡蓮さんが羨ましかった。でも…あの子は強いよ。こっちが努力するのが馬鹿らしくなるくらい」
伯「でも…これで睡蓮はもう詩を書けへん」
夏「ほんとにそう思う?」
伯「睡蓮の詩は、死んだ」
夏「ふーん。でもさ、僕は枝垂君と別れたんだよ?で、今枝垂君は睡蓮さんの元に向かってる。彼女の詩は、然るべきところで生き続けるよ」

伯、言葉が出ない。

夏「あーあ。嫉妬しちゃうな。枝垂君も先輩も、睡蓮睡蓮〜ってそればっかり。…でも僕、彼女のこと好きになっちゃったな。」
伯「…は?」
夏「僕が好きだったのは枝垂君じゃなくて、枝垂君みたいな人を虜にしてしまう睡蓮ちゃんなのかも」
伯「ふざけ…」
夏「水山先輩。大丈夫、この事は内緒にしてあげる」
伯「…」
夏「これ以上睡蓮ちゃんの心に居て欲しくないからさ」

枝垂、急いで下校している途中に睡蓮と遭遇。睡蓮は外のベンチに座っている。

睡「昊輝…?」
昊「…良かった」
睡「ごめんな、昊輝の書いた新聞やのに」
昊「俺はどうでもええよ」
睡「…」
昊「俺言っとかなあかんことがあって」
睡「な、何?」
昊「今言うことじゃないかもしれへんけど」
睡「うん」
昊「藤川と別れた」
睡「え…そうなんや」
昊「うん」
睡「へー」
昊「…うん」
睡「なんで、私に?」
昊「なんでやろ…」
睡「…」
昊「スイ。」
睡「何?」
昊「スイの詩は、絵みたいやと思ってた」
睡「絵みたい…?」
昊「うん。クロード・モネのさ。同じ景色でも光とか時間帯とか、天気で微妙に表情を変えるんよ。スイの詩も、色んな人に影響されて、でもそのまんまのスイがそこにいて。」
睡「そのまんまの私…」
昊「先輩に教えてもらった時、『人に見られても恥ずかしくない』って言ったやん。あれ、やっぱり思考停止なんやと思う」
睡「だって」
昊「あれはスイの詩じゃなかった」
睡「…」
昊「とにかく…」
睡「私の詩が好きって?」
昊「まぁ、そういうこと。」
睡「ありがとう。でも」
昊「…そうよな。分かってる」
睡「…」
昊「…うた、響くうた。みんなで作ったうた。」
睡「…うた、悲しいうた。」
昊&睡「「君が泣きそうなうた。ごめんね、優しい君。優しい君は笑っている」」
睡「そんな昔の覚えてたん」
昊「覚えた」
睡「凄いなぁ。簡単な言葉しか使えへん時でも、詩を詠んどったな」
昊「救われたんよ、ほんまに」
睡「いつの話よ。あー…落ち込んどったのに」
昊「のに?」
睡「…昊輝が私の詩を見つけるから、また詠みたくなるやんか」
昊「じゃあさ…また、書いてくれへんかな。」
睡「…いつになるかわからへんよ」
昊「まじで!じゃあコンクールは」
睡「気分」
昊「気分!?」
睡「新聞にはもう載せへん。」
昊「まぁそれはそうやな。俺新聞部辞めちゃったし」
睡「えっ!?何で!!」
昊「あぁ、いや…あ、見ろよ睡蓮」
睡「えっ、え!今、名前」
昊「綺麗に咲いてる」
睡「あ、あぁ、花の…」
昊「どうしたん睡蓮」
睡「あ、やっぱり、え?…何笑ってるんよ!」
昊「いやいや…でもほら、ほんまに綺麗やろ」
睡「…そうやね」
昊「なんで夏嫌いなん」
睡「…昔から、夏休みが退屈やったから。家におっても詩を書くだけ。詩を書いても誰も見てくれんし」
昊「それって」
睡「ん?」
昊「俺に会われへんからってこと?」
睡「…!?」
昊「そっか…俺にしか詩、見せる人おらんもんな」
睡「違う!いや…自惚れんとって!!」
昊「ごめんごめん、でも」
睡「何よ」
昊「夏休みやって会ってあげるやんか」
睡「…」
昊「やからさ、夏が嫌いなんて言うなよ。」

暗転。

睡「クロード・モネの連作、『睡蓮』。」

夏「モネは、自邸の庭の池をモチーフにして制作を始めた。日本風の橋、バラのアーチ、枝垂れ柳、そして睡蓮を根付かせた。」

伯「1912年、モネは白内障と診断される。続いて妻、アリスの死。1910年にはセーヌ川が氾濫し、モネの池も被害をこうむった。そしてモネは、『睡蓮』の制作を中断する。」

昊「1914年、モネの友人が自邸の地下室の『睡蓮』を再発見する。フランス首相の激励もあり、モネは制作を再開したのだ」

睡「夏の匂いがする。」
昊「感傷に囚われないよう夏を過ごす。」
夏「感情に飲み込まれないよう君を探す。」
伯「逃げられない泥の中。早く終わってしまえばいい。」
全員「君みたいな夏空に染まりたい。」

睡「夏の匂いがした。」


終幕。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?