見出し画像

セツ子の日記 7月16日

「窓越しの」


#文披31題

 「あんなぁ、お母ちゃん。セツ子な、アイスクリームがたべたいねん」
 セツ子が熱を出して寝込んだ。琵琶湖に遊びに行って帰った晩から熱が出た。はしゃぎすぎて疲れが出たのと宴会場が思いのほか冷房が効いていたのが原因であろう。医者に行ったら風邪だと言われた。普通、風邪だと暖かくして寝るものだが今は夏で普通に暑い。布団を掛ければ暑いしなにも掛けないと寒いらしい。父母は考えた挙げ句に自分達の寝室にセツ子を寝かせ、エアコンで部屋を冷やし、布団を掛けた。セツ子は大人しく寝ている。
 ただ、アイスクリームを欲しがるので母はちょっと高いアイスクリームを買ってきてセツ子に食べさせた。セツ子は喜んでそれを食べてまた、横になっている。
 セツ子の部屋とは窓の位置が違うので見える景色もまた違う。セツ子はじっと窓から見える庭を見ている。日差しは明るく、それだけで夏だと分かる。朝顔の鉢や育って大きくなってきた向日葵にも夏は微笑んでいる。
 熱を出している自分は冬にいる。窓の外は夏だ。その間に秋も春もない。不思議な景色が見えているとセツ子は思った。窓越しの季節の隔たり。それはガラス一枚の隔たりだった。
 そういえば、冬の外は寒いが部屋の中は暖かい。今と逆であるだけで今と一緒の事である。なんだ、それは自分が気づいていなかっただけで、なんの不思議もない、普通の事だったのだ。
 セツ子はまた、眠った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?