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セツ子の日記 7月19日

「トマト」

#文披31題

 「……ハァー……」
 いつも始まりはセツ子の台詞からなのですが今日は『……ハァー……』としか、言わなかったのです。これは手抜きではありません、それしか言わなかったのです。
 なぜ、「……ハァー……」なのかと言いますと、セツ子の目の前にはトマトが一切れおいてあります。時間を少し戻しますので、ご覧ください。
 いつもの夕食を親子三人でテレビを見ながら食べておりました。なんやかんやと話ながら食べておりましたがふと、話が今日のおかずのトマトの事になりました。実はセツ子はトマトが嫌いで食べられません。他のものは何でも食べるセツ子でしたがトマトだけは固くなに拒絶していました。そんなセツ子に父母は折れてなにも言わなくなっていました。が、弟か妹が出来る。この事態はセツ子にとってチャンスだと父母は思いました。母が何気なく言います。今度、生まれてくる子もセツ子みたいに何でも食べる子になって欲しいわね、と。父が、うんそうだ、そうあってほしいものだと言います。母はトマトが一切れ乗ったお皿をセツ子の前にそっと置きました。セツ子は目を皿のようにして目の前に置かれたトマトを見つめました。
 そして、初めの「……ハァー……」が出たのでした。セツ子は固まっています。微動だもせずにトマトを見つめています。そして、セツ子にとっては物凄く長い時間が過ぎました。セツ子の頭の中では考えることはありません。食べるか食べないかの二択しかないのです。
 セツ子は、持っていた箸でトマトを刺して、そのまま口に持っていきパクッと口の中に入れクチャクチャっと噛んでゴクンと飲み込みました。そして、流しに行って水道の水をコップに入れてゴクゴクと飲み「プファー」と言いました。

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