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喫茶店のLOWS「正解の店」

「”悪い記憶のフラッシュバック”に、多くの人は囚われている。しかし、その負の記憶の多くは一個のチョコレートや、一杯のコーヒーで祓うことができることを多くの人が知らない。逆に、”忘れていた楽しい記憶”を思い出す為に必要な行動は、食べ物ではなくて(自分に偽りない、誠実な選択をする)ことだ。正しい選択を、自分がしたのかどうかを知る為には、”楽しい記憶が蘇ったかどうか”を確認すればいい。」

喫茶店の店主、メロウさんがそう言った。

僕は、この店主の店の常連だ。

メロウさんの淹れるコーヒーは「悪魔の腹の中みたいに真っ黒」で、とても落ち着く味。僕は今「深夜に営業する喫茶店、”LOWS”」の中でこの文章を書いている。


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誰しもが、嫌な記憶の一つや二つ持っていて、誰しもが、嫌なフラッシュバックの一回や二回体験したことがあるだろう?これは人間の脳味噌の性質の問題であって、僕らの問題じゃないから、嫌なことを思い出して辛い時は「でもそれはもう、この世のどこにも今は存在していない時間の話でしょ。割り切ってしまえ。」といつも僕は憂鬱の多い友人に言っていた。

僕自身、油断していると、そういう「嫌な記憶の幻影」に支配されて苦しい時がある。

今日は久々に、「フラッシュバック」がきた。アルバイトの品出し中に、突然。きっかけは、同僚がよくわからない無能な言動をしてきた事による軽いストレスだったかもしれない。

僕は基本的に他人が嫌いなので、そもそも話しかけられたくないが、せめて友好的だったらよいものの、同僚は業務上のトラブルについて、僕に解決を求めてきた。かなりイラッとした。僕は素っ気なく解決してやったんだけど、同僚は僕の怒りに気付き、バツが悪そうにそそくさと逃げていった。その後に、鬱陶しい気持ちになり、自閉気味になり、フラッシュバックが起きた。


僕の中に激しい怒りが噴出して叫び出しそうだった。内容は「お前も子供早く作らないと」という、家族の言動だった。自分では意識してなかったけれど、そのことがその瞬間、強烈に憎くなった。

僕はバックヤードに行って、ポケットからチョコレートを出した。それを3分の1頬張る。そして持参したマイボトルから、冷たい水を飲んだ。それで、自分がどう感じるかを確認した。「美味しい」と感じた。うん、これなら大丈夫そうだ。フラッシュバックの原因は、単純にストレス処理に糖質が失われただけであって、脳味噌がその腹いせに適当な嫌な記憶を僕の意識にぶつけてきたにすぎない。よし。

念のため、その後一時間おきに同じようにチョコを食べ、水を飲むを繰り返した。仕事も適当にやった。こまめに腕時計を確認し、「これで50円稼いだ。ただモノを出してるだけなのに。楽な仕事だな」とささやかな幸せを感じた。今回はトイレにいくまでの必要はなかったので、今回は軽度のフラッシュバックだ・・・。

昔、別のサービス業をしていた時には、やはりフラッシュバックが酷くて接客で笑顔が作れなくなり、そのことを気にしたら負のスパイラルに陥り、軽い興奮状態になって、「急用が・・・」と一方的に言って、勝手に業務を早退したことがある。

いつも、そういう時はトイレに入って鏡を見れば自分の顔が確認できるので、重症ならエスケープしてそのまま退社するのが自分の生き方だった。今回は、そもそもトイレに行かずに済んだのでセーフ。

フラッシュバックが強烈に作用する人間は、常に不安を抱えている。目の前が真っ暗になって、自分が幸せだったことなんてなかったかの様に感じ、大勢の人の中、友達との時間、仕事中、所構わず心が崩壊する。



その話を喫茶店のカウンターで、メロウさんにした。

メロウさんはいつもご機嫌な感じの人だ。メロウさんなら、フラッシュバックが起きた時どうするのだろう?好奇心があった。メロウさんは、そもそもそんな事起きないかもしれないとも思いながら。


メロウさんは、相変わらずニコニコしながら言った。

「そうですねえ・・・僕は親の悪行の記憶に苦しむことはありますよ。なんとなく、自分のせいに感じてしまうというか。

僕の親は吸血鬼なので、沢山人を殺したんです。前にも話したと思いますが。でも、自分でやったことではないから、フラッシュバックすることは基本的に無いんです。ただ、いつもどこかで心に暗い影が存在していて、”僕の存在はそもそも無意味だ”と感じるんです。なので、怒ることがあまりない・・。

僕の体はとても強くて、感情の振り幅に疲弊することも振り回されることも無いんです。なので、全ての感情が、平たく平等な感じです。

フラッシュバックは、”思いだせ”っていうメッセージなんじゃ無いですか?特に抑圧してる時になるってことは、「自覚しろ」って体が言ってるのかもしれないですよ。」と。


なるほど、と僕は思った。


メロウさんは、さすがに悪魔だった。僕は普通の人間だけど、メロウさんはれっきとした悪魔なので、そもそも僕とは感情の構造が違うみたいだ。話を聞いていると、いつもとても興味深かった。自分の種以外の視点は、いつも心に新鮮な酸素を送り込んでくれた。それが、悪魔目線であっても・・。

メロウさんは続けた。

「選択の不正解はフラッシュバックを引き起こす。間違いを犯すと、無自覚領域からのお叱りをうける。しかし、逆に正解の選択をすれば、一つ、忘れていた幸せな記憶が蘇ります。これから、そういう事をちょっとだけ意識してみてください。」

そして、コーヒー豆をミルで引く。ガリガリと音がして、ふんわりと香ばしい豆の香りがする。80度以下に下げたお湯を、細口のポットから注いで、ウェーブドリッパーから湯気が立ち上る。

ポタポタと黒い液体が、青いカップの中に落ちる。

抽出したコーヒーを、メロウさんは僕に差し出した。

僕はコーヒーを飲んで、全てがどうでもよくなった。全て問題ない様な気分になった。全て解決した。この時間があるんだから、何も心配することはないんだ。

僕は言った

「メロウさん。ありがとうございます。僕、今 正解したみたいです。ずっと忘れてた楽しかったこと、一つ思い出しましたよ。」



2021.1.18     ppp









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