前職のお客様


先日、前職の上司から、わたしが以前担当させてもらったお客様から連絡があり、わたしに取り次いでほしいという希望が来ているというメールが入った。

そのお客様と最初に会ったのは社会人2年目の秋で、それから6年目になるまで、3回の不動産取引を担当させてもらった。
ご夫婦ともに大企業にお勤めの余裕のあるお客様で、これがいわゆる本物のパワーカップルか、と思っていた。
お二人はわたしの親とあまり変わらない年齢であり、わたしのことをまるで娘のように可愛がってくれた。
一方で、仕事に関しては対等なパートナーとして接してくださり、何よりまだ2年目のわたしをプロとして頼ってくださった。
自分のお客様は分け隔てなく本当に大切だったし、余計な肩入れをすることは絶対にしなかった。それでも、このお二人はわたしにとって特別な存在だった。

そんなお客様から連絡があったと知り、わたしは嬉しかった。
すぐに連絡を取り、すぐに会う約束をした。
予約してくださったお店は偶然にも、わたしが以前から気になっていたけど、異動になり行く機会が無くなってしまったお店だった。
久しぶりにお会いしたお二人は変わらず、わたしの話をたくさん聞いてくださった。
不思議と、担当をさせてもらっていた時よりも話がしやすく感じた。それを伝えると、「これからは友人として会えるからね」と言ってくださった。

近況を話す中で、不動産屋とは、という話になった。
わたしはお「二人に出会った頃は本当に未熟で、でも自分なりの誠実を向けることを頑張りたいと思っていた、実行できていたかはわからないけれど。」と伝えた。
すると、「正直不動産って知ってる?」と訊かれた。
わたしはその漫画が好きだ。ドラマも見た。フィクション特有の誇張表現はあるものの、不動産業界のイメージも実態もよく描かれていると思う。
その漫画に、月下咲良という女の子が出てくる。主人公の後輩で、とにかく誠実、正直にお客様に寄り添う人物像が描かれている。
お客様は、「月下ちゃんを見ると、あなたを思い出すんだよ」と言ってくださった。
わたしは涙が出そうになるくらい、嬉しかった。
わたしがやっていたことは、間違ってなかったんだと思えた。
さらに「知識が足りないのは若いと仕方ない。でもあなたは、その分誠実で応えてくれた。だから娘くらいの年齢でも信頼できたし、毎度の取引を任せたいと思ったし、できればまだ任せたいことがあった」とも言ってくださった。

一人でもこんな人がいてくれたら、もう十分だと思った。
転職に後悔はしていないけど、わたしがしていた仕事は素晴らしいことなんだな、と思えた。
それが幸せな夜だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?