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食べる機能の発達を書こうと思ったわけ

noteを始めることにしました。、に私の略歴を書きましたが、私は歯科医師です。虫歯や歯周病、入れ歯や歯並び矯正が専門ではなく、歯科医師になってからずっと摂食嚥下障害、というさまざまな原因で食べることができない方々の食べられない原因を探り、その方の様子に応じて食べることができるよう働いてきました。

仕事を始めた二十数年前から今までに、色々な方が、色々な職種の方が、子どもの食べることについてお話をなさったり、書いたりされているのを拝見して、なるほど、と思ったり、どうなのだろう、と思うことがありました。

長くなると思うのですが、食べる機能の発達を書こうと思ったわけ、を書きたいと思います。

食べる機能の発達を離乳初期から完了期まで書きました。
Twitterでストロー飲みに関してのツイートにコメントをした事がきっかけで食べる機能の発達について書こうと思いました。離乳食や与え方、食べ方の発達は保護者が悩むところであると保健所の1歳誕生月健診や摂食嚥下外来でうかがって来ました。離乳食の本はあってもそのステップの見極めがよくわからない、誰に聞いたら何を読んだら誰に聞いたら良いかわからない、健診などでそのような声を聞き、恩師や先輩方の書いた保護者にもわかりやすいと思われる本をご紹介して来ましたが、書店では実用書子育てコーナーではなく、専門書コーナーにあり一般の方の手に届きにくいなと感じておりました。


アカウントを作り直したTwitterで書いてみたら、フォローするとよいとご紹介下さったフォロワーさんがいらして、子育て中の保護者の方、また歯科医療関係者、言語聴覚士、栄養士、医師、と言った子どもに関わる方々がフォローしてくださいました。ありがとうございます。皆さんに必要な事がその中にあるのなら嬉しいです。

厚労省の、授乳離乳の支援ガイド(厚労省のHPにあります、34ページ)にある、離乳の進め方の目安の表にある摂食機能の目安、初期口を閉じて取り込み飲み込みができるようになる、中期舌と上あごで潰して行くことができるようになる、後期歯ぐきで潰すことができるようになる、これらはどのような経緯で説明されるようになったのか、それがどのような場面で役に立つか、子どもの食べることに関わる専門職の方に知って頂けたらなと思います。経緯は長いのです、

大学5年生の時です、恩師の金子先生と向井先生の講義を聞きました。あと半年で座学から病院内での臨床実習(患者さんの治療を見学などしながら歯科医師になるための修行をする、と言ったらお分かりになりやすいかなと思います)が始まる、という頃でした。

恩師の金子先生は、小児歯科も障害者歯科もご専門ではなかったそうですが、1970年代に重症心身障害児病棟の歯科健診の依頼を受けたそうです。患者さんたちの口腔内の様子を見て、この子どもたちの歯科的なことを知りたい、と1977年アメリカへ研修へ、そこでご紹介いただきデンマークのバンゲード小児病院で研修されました。

バンゲード小児病院の歯科医師、Russell先生は、PT(理学療法士)らとともに障害児が食べられない問題を研究し、バンゲード法という筋刺激法(食べるために必要な口の筋肉を動かして、食べる動きを引き出す方法)を確立されました。金子先生はバンゲード法を学び帰国。食べられない子どもたちへこのような治療法がある、と報告したそうですが、歯科の分野ではすぐに光が当たらなかったそうです。

始めた頃は、障害児が就学前に通う療育施設、重症心身障害児病棟、小児科の外来などで食べることが難しい子どもたちを診ていたそうです。1994年に保険導入された摂食嚥下障害に対する、摂食機能療法は歯科から始まり医科が追従しました、保険導入に際しては金子先生の尽力が大きいのです。日本摂食嚥下リハビリテーション学会の初代理事長、第一回大会長も金子先生です。

子どもの摂食嚥下になぜ歯科がそんなに関わるのかと仰る方にこの歴史を知っていただきたかった。歯科の仕事ではないと受け入れられなくても細々と研究と臨床を続けていらしたのです。リハビリ職種、特に言語聴覚士の小児の摂食嚥下障害への関わりは、1960年代にアメリカのSTの教科書を訳したものの中に脳性麻痺の摂食の問題が挙げられており、1970年代からはボバース法による食事介助法が書かれた本が翻訳されたことなどからボバース法の流れがあると思っています。オーラルコントロールと呼ばれる下あごやくちびるを閉じる介助法はスイスのMueller先生によるものです、アメリカのボバース協会、N D T Aの研修会でうかがいました。

Russell先生は、食べることができない子どもたちの治療には、定型発達の子どもの食べ方を獲得する順序を調べるべき、それが食べられない子どもの治療に役立つ、と仰ったそうです。バンゲード法は目的を持った動きを引き出すための筋肉に対する刺激法であり、食べられない子どもへの対応法、治療法ではあっても、診断法、食べられない理由を見つける方法ではなかったからです。


当時世界的にも子どもの食べることの発達は、くちびるや舌やあごなど、食べるためのパーツがどのように発達していくのかという考え方はなく、何ヶ月ごろにコップで飲む、スプーンで食べる、という動作の発達評価の方法しかありませんでした。


恩師の金子先生と向井先生のほか小児科の先生方がたくさんの子どもの食べるときの口の動作を観察し解析して、離乳期にどんな食べ物を食べながらどのような口の動きで順をを追って解明なさいました。それが元になって厚労省の、授乳離乳の支援ガイド(厚労省のHPにあります、34ページ)にある、離乳の進め方の目安の表にある摂食機能の目安の基になっています。ときをほぼ同じくしてアメリカの言語聴覚士、世界中の小児の摂食嚥下に関わるS Tさんが頼りにするSuzanne E Morris先生も同様の研究をされ、著書を何冊も発表されています。

解明した離乳期での食べる機能の発達に続き、向井先生はさらに研究により得られた手づかみ食べやスプーン食べといった自分で食べる機能の発達過程も合わせ、摂食機能の発達過程の8段階、を発表されました。それが食べる機能を獲得することが難しい子ども、小児の摂食嚥下障害に対する評価診断基準になっています。食べることができないお子さんの評価をする場合、その子がその発達段階のどこまで食べる機能を獲得できたか、を評価し、次の段階の機能を獲得するにはどのような対応をするか、に用いています。

学会発表や書いたもの、ネットなどで子どもの食べることに関わることを目にする耳にする中で、この発達段階の理解が不足されているように感じていました。

離乳食の指導をするとき、この固さの食事を食べるとき、どのような口の動きが必要なのか、その動きを獲得するにはどのような援助が必要なのか、自分で手づかみをするにはどのような順序でどのような仕組みを身につけるのか、スプーンを使う時はどうなのか。子どもの食べることに関わる方々へ基本的な知識として知っていただきたい、それが解明されたのにはこんな歴史がある、先達の先生方の努力がある、と知っていただけたら、また子育て中の保護者の方へはお子さんの食事のヒント、離乳食のヒントになればいいなと思い、食べる機能の発達、を書くことにしました。


専門職種の方にはぜひ成書と呼ばれるものを読んで学びに取り入れていただきたいと思います。参考文献に挙げた、食べる機能の障害の第2章に食べる機能の発達があります。手づかみ食べ以降は、小児の摂食嚥下リハビリテーション、にあります。読みやすい本もありますが、著者なりの解釈で書かれているものもありますので。


子どもの食べることに関わる専門職種の方々が同じ知識を持って、食べることに対して心配なこと、不安なことがある保護者や子どもたちがどこでもどなたでも同じように評価や指導、治療を受けることができるようになることが私の願いで、働く理由です。

参考文献
金子芳洋編:食べる機能の障害、医歯薬出版
金子芳洋、向井美惠:心身障害児(者)の摂食困難をいかにして治すかーバンゲード法の紹介―。歯界展望59:329−343、1982
高見葉津:食べることが困難な子ども達の支援を考える 総説:言語聴覚士が実践する支援について、コミュニケーション障害学、24:(2)102−110,2007
向井美惠:咀嚼機能の発達に関する研究―離乳期における口唇・顎の動きの推移について。乳児発達研究会発表論文集、7:24−31,1985
二木武 他:離乳食の進め方と咀嚼の発達(第2報)。日総合愛育研究紀、25:119−124,1989
田角勝 他編:小児の摂食嚥下リハビリテーション、医歯薬出版
向井美惠:摂食に関わる機能発達の研究とそのあゆみ、Dental medicine Research,33(1)23-34,2013
向井美惠:摂食機能療法―診断と治療法―、障歯誌16(2)145−155,1995

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