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能力を妨げ、誤解を生む演技の「癖」

 セリフを言うときに前のめりになる、演技をしていて肩に力が入ったり瞬きが多なったりする、相手から目線を外してしてしまうなど、どの俳優には必ず多かれ少なかれ癖があります。また決まったパターンの演技をしたり、言い回しに頼ったりするのも俳優にとって習慣化した精神的な癖と言えるでしょう。
 ここでいう癖は、朝は早起きして読書をしたり、何の苦も無く常に深い呼吸ができたり、相手と自然と目を見て会話できるといったポジティブなものではなく、人が持っている能力を妨げたり、パフォーマンスを落としてしまう、人が生きていくうちに身につけてしまった行為や行動を指しています

癖が形成される原因

 俳優がどのように癖に陥るかを考える前に、まずそもそも人がどのように癖に身に着けてしまうかを説明しておく必要があります。
 赤ん坊がミルクやおむつの交換など何か欲しいと感じたとき、その欲求を泣くことでまわりに訴えます。周りにいる親や保護者は欲求を満たすものを与えます。こうして赤ん坊は欲求(腹減った)、行動(泣く)、成果(ミルク)が得られる自然な流れを無意識に覚えていきます。
 けれど成長するにつれて、子どもは欲求を赤ん坊のときのように、泣いたりわめいたりすることで、ほしいものは得られなくなります。「ママぁぁ、お菓子ぃぃぃぃ買って~!!」とスーパーで泣いても、親から逆に叱られ、行儀をよくすること、言葉でお願いすることなどを矯正されます。そしてその子どもが、またお菓子が欲しくても、前回怒られたときの痛みや恐怖を思い出して、お行儀よく「ママ、お菓子買って。」と、親が求めるように振る舞うようになっていきます。こうして子どもは欲求を抑制し、どうやって人に伝えるのかを学び、それを繰り返すことで新たな行為を習慣化させていきます。
 欲求を抑制させる要因は学校や会社などの環境にもあり、人が「こうしたい!」と自然な欲求があって動いたり、発言したりして、失敗や目立ったりすると、周りの人から注意を受けたり、冷たい視線を受けたりします。そうした過去の精神的・身体的な痛みを無意識に避けるようになり、欲求をより制限したり、欲求の代替になる行動や行為を行うようになります。長時間座るのが苦手で動きたいけどそれができないから、歯を食いしばったり、首に力が入ったりする方もいます。欲求や感情が悟られないように、声や表情に出さないようにする場合もあります。そもそも欲求に蓋をしてしまう人もいます。自然な欲求を抑制してしまうことで、不自然な二次的な解消方法や抑制が生まれ、それが習慣化し癖となってしてしまうのです
 また癖が形成される原因には、身体的なものもあります。以前膝の怪我をして、そこを庇ううちに重心が偏ったりします。結果体の軸がゆがんでしまったりします。心理的に原因があり、例えば声や体のコンプレックスを意識するあまりに声が小さくなったり、猫背になったりもします。こうして無意識的に癖は様々な原因で形成されてしまうのです。

癖による演技への影響

 こうした癖は、演技に2つの影響を与えます。

➀演技をするうえで、意図しない印象や情報を与えてしまう。

 癖のない体は、何も描かれていない真っ白いキャンバスと一緒です。癖がある体は、すでに色や線が加えられたキャンバスになります。例えば普段から猫背である俳優が演技をすると、観ている人にはただその姿勢から落ち込んでいたり、身構えていたり、陰気な印象を持ってしまいます。
 逆も然りです、背筋を良くしないと胸をはってしまう俳優は、どの役でも態度がでかくて横柄な感じや、堂々としている印象を与えます。
 もちろん台本がそうした俳優のための宛書であったりする場合は、癖がキャラクターの味となってうまく働く場合もあります。

②自然な欲求と心身が乖離してしまう
 実はこちらの方が重要ですが、演技の癖は行き過ぎると、自然な欲求を感じたり、伝えられなくなる場合もあります。俳優は、元々持っていた、欲求や本質を見せるような自由な演技に対して、劇団や現場などで厳しい注意や指導を受けるときがあります。そうした指導や注意がどういう意図なのか理解できないまま、俳優は自分の表現や演技そのものに対して後ろめたさを感じ、自分の演技そのものを卑下するようになってしまいます。結果自分のあのとき自由で楽しかった演技が、自分のオリジナリティを発揮しないようすべてを抑制し、いつの間に演出や監督の操り人形のようになってしまいます。
 このように俳優を委縮させ、言いなりにさせてしまうことは、決して指導者や演出家・監督も意図するところではないはずですが、知識や経験不足、稽古時間や効率さなどが原因で、俳優の能力の発揮の機会を妨げる場合があります。

さいごに

 演技の癖はどの俳優でも持っています。私は、癖は良いも悪いも、俳優達が、過去や現在に与えられた状況を生き延びるうえで身に着けたものだと考えます。しかし、より自由に幅広い表現、自分の深い欲求から演技を望むのなら、新たな方法を望むだけでなく、いま自分の表現を妨げる癖と向かい合ってもいいでしょう。

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