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88DAY ‐凄い気になった小説だったので紹介してみた(佐藤究「テスカトリポカ」編)2

 (忠告)

 絶対に前回のブログを参照すること。そしてこれの次回も見ること。それではどうぞ。


 「だが、ここに大きな矛盾が生まれてくる。坊や、お前もよく考えてみるといい。この神はいわば夜と風だった。おれはおまえに言ったはずだ。夜は暗く、風には体がない、と。目に見えず触れることさえできない、と。その神が、なぜ人間の姿をしているのか?

 この矛盾は、一年後に驚くべきやり方で解決されることになる。それについては坊や、最後までおれの話を聞けばわかる。

 少年は、贅沢三昧ですごしているわけではない。運動することも大事だ。永遠の若者であるテスカトリポカの分身が、料理を食い過ぎてあられもない体形になってはまずいからだ。外でトレーニングや、〈ウラマ〉をして汗を流す。石でできた輪にボールを入れるゲームだ。

 やがて五月になり、燃えるような暑さが街を襲い、トシュカトルの祝祭が頂点に達する日まで残り二十日になったとき、四人の少女が少年のもとに贈り届けられる。この四人の少女は少年のためだけに育てられ、誰もがまばゆいばかりに美しく着飾っている。

 四人の少女が届けられる日、少年の衣装はより神聖なものに取り換えられる。そして一度も切らずに伸ばしてきた髪を、戦士長のように勇ましく刈り込まれる。一年間の最高の食事、睡眠、運動の日々が、幼かった少年の肉体を若き戦士の姿に変えている。少年は四人の少女と交わる。祝祭が終わるまでの二十日間ずっとだ。片時も離れずにすごすのさ。

 儀式の日、少年は笛を吹く場所に案内され、二十日間ずっと彼に寄り添ってきた四人の少女に別れを告げる。

 少年はそこで一年ぶりに一人きりになって、習った笛を吹き、この世で最後の音色を奏でる。

 それから少年は〈矢の家〉と呼ばれている聖域に向かう。そこも神殿だ。少年は階段を上っていく。袋を一つ持っていて、そのなかに今日まで自分が吹いてきたすべての笛が入っている。少年は階段を上るごとに笛を取り出し、足で踏みつける。

 一段につき、一本ずつ。笛が残らず踏み砕かれたとき、ちょうど〈矢の家〉の頂上につく。

 五人の神官がそこに待っている。少年はみずからすすんで供犠の石台に身を横たえて、四人の神官が彼の手足を押さえつけると、残る一人の最高位の神官が黒曜石のナイフで心臓をえぐりだす。

 坊や、なにがおきたか分かるか。少年はテスカトリポカの分身だった。分身として一年を過ごし、人々にあがめられてきた。だが神の正体は夜と風であって、目に見えず、触れることもできないはずだった。だから神は、かりそめの時を終え、ふたたび夜と風へと還らなければならない。

 テスカトリポカは自分自身の血と心臓を、自分自身に捧げる。

 坊や、これがトシュカトルの驚くべき結末だよ、もっとも美しいアステカの祝祭だ。心臓をえぐりだされた亡骸は、たいていはピラミッドから無造作に突き落とされるが、トシュカトルの場合は亡骸を厳かに運び出し、地上についたところで首を切り落として串刺しにされる。

 その瞬間から、来年のトシュカトルの準備がはじめられる。また一人の少年が選ばれて、偉大なテスカトリポカの分身になるのさ。」

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