85DAY ‐奥多摩水上教室‐
前回のブログを大変暗い内容にしてしまいました。でもどうしても死出の旅路につく愛猫にカッコよく一言送りたかったのです。本心が百パーセントですが、二十パーセントのカッコつけたいが付く感じです。今回は、数日前に奥多摩で行った水上教室のことを書きます。
8月23日。東京都奥多摩町にて九歳の子供が溺れ、水死した。川遊びをしていた矢先のことだったという。この様に自然というものは、ひとたび人の心を奪ったかと思えば唐突に命をも奪う。事実奥多摩では毎年水難事故が絶えない。あの世と隣合わせであるにもかかわらず、なぜ我々は自然というものに惹かれるのだろうか。私は、今回の奥多摩水上教室に参加してみて上記のような疑問を一気に払拭したような気がするのである。
今回の水上教室のメインイベントは、言わずもがなカヌーによる数キロの川下りであるが、カヌーというものは非常に体力と感覚とを伴うレジャーである。川の水流を体で読み、水流をパドルでこぐことで船の方向を操る。しかしながら、決して川の流れに逆らって進むことはできない。船の向きと安定を操るだけで進む方向を変えることはできないのである。したがって自分は、これほどまでに自然と一体化しているレジャーは無いと感じるのである。なぜなら、自然のままに流れ、それでいて自分の好きなように自然を楽しむレジャーだからである。
なぜ自然に惹かれるのか、それは自然と共に活動する性を、人間は先天的に持っているということだからだと思う。人間は古来から自然の中に美を見出し、落ち着きを見出してきた。それは今までの焚火活動からもわかることであるが、その本質は自然とのつながりであり共生であったはずだ。焚火を行うことで明かりをもたらし、熱をもたらす。自然との共生のいい例だ。カヌーも元々は、生活のための道具であった。しかしそれも当然川や海という自然を利用している。
我々がレジャーとして今日活動していけているのは、人類の今までの自然との共生の歴史の結果であり成果であるはずだ。そしてその歴史を生み出したのは当然、自然に惹かれ、生きてきた先人の知恵である。そして今回の奥多摩水上教室は、自然に惹かれて集った者たちが行った、いわば自然との共生の歴史の縮図と呼べるのかもしれない。
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