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慶應病院版AIホスピタルの取り組み9選、遠隔医療学会学術大会レポート――Dr. 心拍の「デジタルヘルスUPDATE」(21)

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慶應病院版AIホスピタルの取り組み9選、遠隔医療学会学術大会レポート――Dr. 呼坂の「デジタルヘルスUPDATE」(21) | m3.com AI Lab

呼吸器診療が専門の総合病院で勤務しつつ、ヘルスケアビジネスにも取り組むDr.心拍氏を中心とするチームが、日々のデジタルヘルスニュースを解説します。

2021年10月9日~10日に、第25回遠隔医療学会学術大会(JTTA 2021 GIFU)が行われました。今回のテーマは「地域と救急を支える遠隔医療」です。呼吸器および感染症診療が専門のDr.心拍が、学術大会のプログラムの中から興味深い演題についてダイジェスト版をお届けいたします。

画像診断支援AIの開発、現状に迫る

慶應義塾大学システム医療研究開発センター長の洪繁氏は、シンポジウム「新型コロナウイルス感染症蔓延下における遠隔医療」の中で、「コロナ禍の妊娠糖尿病診療~慶応義塾大学病院におけるAIホスピタルの取り組み」という演題で講演を行いました。

この講演では、現在開発されている画像診断支援AIのさまざまな例を取り上げながら、この10年程度のAIの進歩、国をあげてのAIプロジェクトの現況、そして研究費取得についてまで広く紹介されました。具体的には、下記の通りです。

① 内視鏡画像診断支援AI
オリンパス株式会社は現在、国内初のディープラーニングによる大腸内視鏡病変検出用AI技術を搭載した内視鏡画像診断支援ソフトウェア「EndoBRAIN-EYE」を発売しています[1]。EndoBRAIN-EYEは大腸ポリープをリアルタイムに発見し知らせてくれるAIであり2020年5月に薬機法承認を得ています。

大腸内視鏡検査は前処置が大変であり、検査負担も大きいため、リアルタイムでAIがポリープを発見して知らせてくれるというのはとても有用なAIシステムだと感じます。上部消化管内視鏡における画像診断支援AIでは富士フイルム[2]やAIメディカルサービス[3]が取り組んでいますが、大腸内視鏡にもAI技術が拡大していき、今後の日常臨床での活用が待たれますね。

AIメディカルサービスは2021年9月に「世界初の胃がん鑑別AIについて、医療機器製造販売承認の申請を行った」というプレスリリースを発表しています。CEOの多田智弘氏は2万件の内視鏡経験からAI技術に着目し、開発に取り組んできました。

AIメディカルサービスは2017年に内視鏡画像に基づくヘリコバクター・ピロリ感染症の診断支援AIに関する研究を行い、その成果は『EbioMedicine』に掲載されました。この論文では、「AIを用いた内視鏡画像に基づくヘリコバクター・ピロリ胃炎の診断は、内視鏡医による手動診断と比較して、短時間でより高い精度の結果を返すことができた」と結論づけています[4]。

② 病理画像診断支援AI
2013年頃からは病理画像診断支援AIに関連する論文も増加しています。Googleは前立腺がんをはじめとした病理診断AIに取り組んでいます。

たとえばGoogle Healthの研究者らは「AIが病理医を補助して前立腺生検の診断精度・効率・一貫性を向上させる」という研究成果を学術誌 『JAMA Network Open』に発表しています[5]。また、GoogleのAIツールは進行性乳がんを99%の精度で検出し、病理医を超えたという報告もあります[6]。

③ 眼底画像診断AI
2018年4月に「IDx-DR」がAIを用いた世界初の医療機器としてFDAの承認を受けました。こちらは、眼底カメラにクラウドベースのAIアルゴリズムを組み合わせることにより、糖尿病性網膜症を検出する診断支援AIです[7]。

④ X線・CT画像診断支援AI
2016年に中国で創業したスタートアップのInfervision社は、医療系データを用いてAI分析を行う医用画像AIエンジン開発会社です。2017年には、日本支社であるInfervision.Japan社が設立されています。

Infervision社は、ディープラーニングを医用画像の分析に活用し、放射線診断専門医の診断をサポートするプログラムを多数開発しています。X線やCT画像によるがん検知、肺野結節病変や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を含む肺炎、結核や脳出血などの異常検出、骨病変や骨年齢、あるいはマンモグラフィーなどの分野で、AIによる診断支援プログラムが開発されています。すでに世界各国の病院に導入されており、幅広い診療科で有用なツールとして機能し始めています[8]。

⑤皮膚画像診断支援AI
皮膚病変の良悪性診断支援AIとして、ほくろと皮膚がんの診断支援を行うスマホアプリである「Miiskin」「UMSkinCheck」「MoleScope」「SkinVision」が取り上げられました。医師がAIを使って診断するのではなく、患者さん自身が診断支援スマホアプリを利用する時代になってきました。AIがより身近になってきていると実感します。

画像診断支援AI以外には英国のBabylon Health社が紹介されました。

Babylon Health社はオンライン診療、AI問診、診断支援システムなどを提供しています。このサービスは英国国民保健サービス(NHS)で広く使われており、英国のみならずアフリカのルワンダでも導入されています。また、カナダや米国、中国や中東でもサービスの提供が計画されています[9]。

コロナ禍でオンライン診療の制限が緩和されたため、オンライン診療は普及するかに思えました。しかし、ふたを開けてみると一部でしか使われていません。実際に、私が勤務している病院でもオンライン診療は検討すらされておらず、勤務医の仲間の中でもオンライン診療を始めたという声はほとんど聞きません。その一方で、自由診療クリニックでは比較的普及しているようです。その原因のひとつとして、保険点数が対面受診と比較して低いなどの問題が考えられます。今後オンライン診療の普及に対しては、保険点数などさまざまな課題を解決する必要がありそうです。

慶應義塾大学で行われる、遠隔医療のさまざまな取り組み

次に、実際に慶應義塾大学で実践されている取り組みが発表されました。以下、列記します。

  1. デジタル病理システムの導入を行い、病理医不足と言われるなか、遠隔で自宅からでも診断できるシステムを構築した。

  2. ロボット支援遠隔手術システムを採用し、株式会社メディカロイドが提供する国産の「hinotoriサージカルロボットシステム」が、2020年8月に国内での製造販売承認を取得した[10]。

  3. 遠隔血管造影が可能となり、術者の被曝量減少にも貢献。

  4. 2016年に慶應病院の眼科医3名で創業した株式会社OUI Inc.はiPhoneに装着して前眼部病変を診察するスマートフォンアタッチメント眼科医療機器の「Smart Eye Camera」を開発。今後、遠隔医療やAI診断での活用を目指すという[11]。

  5. 不整脈を診断するシャツ型心電計を提供する株式会社Xenomaは、今後Bluetoothの連携も行っていく予定。

  6. 患者報告アウトカム(Patient Reported Outcome:PRO)による乳がん術後患者の症状レポートシステムを運用中。これまでPROによる症状モニタリングをもとにした介入により全生存率が延長したことが報告されている[12]。乳がんだけでなく、アトピーの皮膚症状、関節リウマチの関節症状にも応用して研究を進めていく。

  7. 産科における遠隔健診では、中部電力やメディカルデータカード社がシステム支援を行っている。まず医師は、メディカルデータカード社が開発した医療アプリの「MeDaCa」を用いてビデオ通話遠隔検査を行う。その際、医師は、患者がアプリを用いて中部電力運用のクラウド環境にアップロードした血圧・体重などのデータを確認することができる[13]。これら以外にも、妊娠中や産後うつのスクリーニングを助産師が行っている。

  8. 在宅センシング技術において、体重、血圧、心拍、歩数、睡眠、食事に関して在宅で得られる情報を診療に役立てることが可能。例えば循環器内科であれば、慢性心不全、高血圧の診療に、糖尿病代謝内科であれば糖尿病、肥満などの生活習慣病などの診療に用いることができる。

  9. 糖尿病・肥満症外来オンライン診療システムを確立し、クラウド型血糖手帳を活用した遠隔診療を行っている。対象は妊娠糖尿病、インスリンポンプ療法、血糖が不安定な患者、肥満症など。

今回の講演では、画像診断AIや慶應義塾大学のAIに関するプロジェクトについて、複数の事例が紹介されました。画像診断AIひとつとってもさまざまな応用が行われています。一方で、それをどのように実臨床に役立てることができるのか、そのAIをどう評価するのかという課題も表面化しているように感じました。それでも、急速に進歩している医療AIの今後には期待したいですね。個人的にはコロナ禍での遠隔画像診断AIがあれば、専門医不在地域での早期拾い上げに役立ったのではないかと感じています。

【参考】
[1] 国内初のディープラーニングによる大腸内視鏡病変検出用AI技術 AIを搭載した内視鏡画像診断支援ソフトウェア「EndoBRAIN-EYE」を発売:2020
[2] 内視鏡画像診断支援システム
[3] AIメディカルサービス,世界初の胃がん鑑別AIを医療機器製造販売承認申請
[4] Application of Convolutional Neural Networks in the Diagnosis of Helicobacter pylori Infection Based on Endoscopic Images
[5] Google HealthのAI研究 – 前立腺がん病理診断のパフォーマンス向上
[6] MIT Tech Review: 進行性乳がんを99%検出、グーグルのAIツールが「病理医超え」
[7] 2020年7月号『INNERVISION』本誌「眼科領域におけるAIを活用した診断支援ソリューションの開発経緯と今後の展開」
[8]医師の画像診断を支えるディープラーニング技術、ジーデップ・アドバンスの「Inference BOX」を活用
[9]利用者の半数が受診をやめたAIチャット・ドクターは医療費抑制の切り札になるか
[10]国産初、手術支援ロボットシステム「hinotoriTMサージカルロボットシステム」が製造販売承認を取得【メディカロイド】
[11]日本初・眼科診断AIの開発による世界の失明と視覚障害の根絶
[12] Overall Survival Results of a Trial Assessing Patient-Reported Outcomes for Symptom Monitoring During Routine Cancer Treatment
[13]MeDaCa

【著者プロフィール】
Dr.心拍 解析・文 (Twitter: @dr_shinpaku)
https://twitter.com/dr_shinpaku
呼吸器内科の勤務医として喘息やCOPD、肺がんから感染症まで地域の基幹病院で幅広く診療している。最近は、医師の働き方改革という名ばかりの施策に不安を抱え、多様化する医師のキャリア形成に関する発信と活動を行っている。また、運営側として関わる一般社団法人 正しい知識を広める会 (tadashiiiryou.or.jp)の医師200名と連携しながら、臨床現場の知見や課題感を生かしてヘルスケアビジネスに取り組んでいる。
各種医療メディアで本業知見を生かした企画立案および連載記事の執筆を行うだけでなく、医療アプリ監修やAI画像診断アドバイザーも行う。また、ヘルステック関連スタートアップ企業に対する事業提案などのコンサル業務を複数行い、事業を一緒に考えて歩むことを活動目的としている。

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