小林製薬紅麹事件その2
こんにちは、Dr.K(ドクターコージ)です。
この件について先日音声配信プラットフォームStand.fmで配信しましたが、続編としてnoteにまとめてみました。
便宜上「紅麹事件」と書いてますが、何が本当に原因なのか、はまだ解明されていない状態です。
そして微生物学的に、「紅麹」と「麹」は全く別の種類の真菌(カビ)だと言うことも、意外と知らない人がいる様で、「紅麹が危ないなら麹も危ないのでは?」と言う様な発想の方もいる様です。
一般的に麹菌と呼ばれる、アスペルギルス属をさらに細かく見ていくと、味噌、醤油、清酒などに幅広く用いられる「アスペルギルス・オリゼー」と呼ばれる種だけでなく、特に醤油に用いられる「アスペルギルス・ソーヤ」、焼酎や泡盛に用いられる「アスペルギルス・ルチエンシス」などがあります。
一方で発酵食品には使われない「アスペルギルス・フラバス」、「アスペルギルス・ナイジャー」という種などもあり、アスペルギルス・フラバスはアフラトキシンやオクラトキシンの様なカビ毒を作ります。
麹菌の定義として、「麹を作るための糸状菌(カビ)を総称して麹菌と呼ぶ」という広い定義があります。コレであれば、日本の醸造食品に一般に使われるアスペルギルス属の仲間も、今回話題になってる紅麹のモナスカス属も含まれますし、中国の麹に使われるクモノスカビと呼ばれるカビなどが含まれる場合もあります
日本醸造学会が麹菌を「国菌」と認定した際に定めたときの定義では、アスペルギルス属のなかでも、オリゼー、ソーヤ、ルチエンシス、ルチエンシス ミュート、カワチに限り「麹菌」とするかなり狭い定義をしています。
そして、紅麹菌はモナスカス属ですが、欧州内で健康被害が出た為に、2014年から欧州委員会規制(EC)が厳格な基準値を定めているように、一部の種類はシトリニンというカビ毒を出すとされています。
しかし、現在では全ゲノム解析が行われており、小林製薬でも紅麹材料の製造においては遺伝子レベルでシトリニンを生産する能力のない菌株が用いられていますし、発酵食品に利用される種もそうです。
沖縄の豆腐窯や中華圏での紅酒に使われる紅麹は古くから特に問題なく使われています。日本で醸造食品に使われる狭義の麹菌にあたる、「アスペルギルス・オリゼー」などからもシトリニンや毒性物質が生成されたという報告はありません。
加えて今回の小林製薬の紅麹材料においては、アオカビ(ペニシリウム属)の一種が作るプベルル酸が検出されたと言う情報も出てきています。プベルル酸自体は1932年に発見され、グラム陽性菌に対する殺菌作用を有しますが、グラム陰性菌に対しては効果がかなり弱い様です。抗マラリア薬の候補として関連物質が研究されていますが、未だ実用化には至っていません。
毒性があることは確かですが、どの程度の量でどの様な毒性があるのか、と言うところまでは解明されていないので、今回の健康被害の原因に本当に関連しているのか、と言うところは分かっていません。
日本で伝統的に発酵食品に使われている「麹」や「紅麹」そのものが人を死に至らしめる様な毒性がある、と言う訳では無いのですが、SNSでは「紅麹はシトリニンを作る猛毒カビで、米国や欧州では食品に使うことが禁止されている」と言う様な情報まで飛び交っています。
しかし、もしプベルル酸が今回の健康被害の原因であるならば、「紅麹事件」では無く「アオカビ混入事件」と呼ばなくてはいけませんし、「アオカビは人を死に至らしめるプベルル酸を作る猛毒カビであり、それを利用したブルーチーズなどを食べるなんてとんでもない、即刻製造販売禁止せよ!」と言うことになるのでしょうか。
アオカビには300種類以上あることが知られていますが、その多くは毒性の高い抗菌物質を作るため、食用に適してないのは事実です。しかし、その中でも食べても大丈夫な無毒な物だけが、長年発酵食品の材料として使われているので、一括りとして扱うのはあまりに乱暴過ぎると思います。
大量培養している間に遺伝子変異でシトリニン産生株が生まれたのでは?と言う憶測も言われていますが、たった数年の培養でその様な危険な遺伝子変異が起こるのであれば、何千年と作られ続けてきた伝統的な発酵食品でもっと多くの健康被害が出て良いはずです。
そもそも安全に使われている紅麹の遺伝子では、シトリニンをコードする遺伝子が変異を起こしていると言うレベルでは無く、欠損していることが確認されていますので、変異で突然組み込まれると言うのは、かなり無理があります。敢えてシトルリンを作る種類の紅麹を混ぜて培養すれば、理論的には不可能では無いとは思いますが、それをするメリットが無いですよね。
亡くなった方が5人まで増えたと言うことで、大変残念なことではありますが、本当にサプリメント摂取と死亡に因果関係があるのか、今回クロマトグラフィー分析で検出されたと言うプベルル酸にそこまでの強い腎毒性があるのか、も含めて冷静に解析し評価する必要があります。
また、カビ(真菌)に対してアレルギーを起こす人がいます。カビは湿度70%以上、温度20‐35℃の高温多湿の環境を好み、栄養や酸素などの条件が揃うと胞子を作り増殖します。室内気に浮遊する胞子を吸い込み、発熱や咳、痰などの風邪の様な症状を起こす「過敏性肺炎」と言う症状が有名で、症状が重くなると息切れや呼吸困難を伴う肺炎症状があらわれるため、注意が必要です。特に高温多湿の日本の夏において、風邪として対症療法を続けているのに良くならない、「夏型過敏性肺炎」がよく知られています。
抗アレルギー薬で症状を抑えるとともに、アレルゲンとしてのカビへの暴露を回避することが治療となります。
吸入ではなく今回の様に食品やサプリメントとして口から摂取する場合には、典型的な食物アレルギーの様に、唇や眼の粘膜が浮腫を起こしたり、蕁麻疹が出たりと言うことがあれば分かりやすいのですが、アレルギー反応の結果として腎機能障害が起きる可能性も指摘されています。
医療用薬剤やサプリメント成分においても、腎機能障害を起こす可能性のある物質は数多く存在します。肝機能障害を起こす物も多いです。たとえ「健康に良い効果が期待できる」食材や成分だとしても、自分に合わない場合にはその様なことが起こり得るので、違和感を感じた場合にはすぐに摂取をやめて様子をみる、場合によっては病院受診をする、と言う様な対応をすることが大切です。これは食材やサプリメントだけでなく、薬についても同じことが言えます。
原因究明と再発防止は大切だとは思いますが、基本的にまだ何も分かっていない状況です。今後の更なる分析と調査で徐々に明らかになることもあるでしょう。
何も分かっていない状況において「紅麹は避けましょう」と言う対応は仕方ありませんが、特定メーカーが提供した原材料を使った製品だけで問題が起きている、と言う状況ですから、本来は「その紅麹がどこから提供された物なのか」を確認した上で評価する必要があります。
とは言え、消費者がいちいちメーカーに問い合わせして確認するよりは、面倒なので紅麹はやめとこう、となってしまうのは当たり前です。メーカー各社が積極的に安全確認情報を発信する必要があるでしょう。
亡くなった方の多くが腎機能障害を起こしていたとも言われていますが、その原因が本当にプベルル酸なのか、あるいはカビに対するアレルギー反応なのか、はたまた全く関係なく持病の悪化であったり、治療に利用した薬剤の副作用なのか、と言うところも注視していく必要があります。
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