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アクメッド王子の冒険 / Die Abenteuer des Prinzen Achmed (1926)

 広義的なアニメーションとしては現存する最も古い長編作品である『アクメッド王子の冒険』は、ドイツの影絵作家Lotte Reinigerが『千夜一夜物語』をベースに描き出す、繊細な美しさと革新的な芸術性を両立した一本だ。イスラムの王子であるアクメッド(アハメド)が邪悪な魔法使いや強大な魔物に立ち向かう冒険譚だが、王子が道中で出会う妖精の女王パリ・バヌーとのロマンスも本作の重要な要素となっている。物語には他にもかの有名なアラジンや、頼もしい味方となる火の魔女(終盤の彼女の活躍は必見)も登場する。
 Reinigerのきめこまかな切り絵が生み出す美的センスが見どころの作品である。舞台となる中東や中国のオリエンタルなデザインや、キャラクターたちが躍動する時のいきいきとしたリズムも素晴らしいが、パリ・バヌーと王子が出会うシーンはやはり傑出している。影絵でありながらも、画面には水浴びをするパリ・バヌーのしなやかな肢体はもちろんのこと、湖の水面の反射も的確に描かれている。そしてその美しさに見とれる王子の、あまりにも繊細な表情の変化さえもだ。
 『アクメッド王子の冒険』は3年もの年月をかけて完成した。同様に最古の長編アニメーションとして知られる『白雪姫』(1937年)と本作との象徴的な相違点は、Reinigerがこの映画をごく少人数の体制で作り上げたということだ。中でもWalter Ruttmannは、当時〈絶対映画〉と呼ばれた前衛芸術の分野で知られた人物で、冒頭部分に見られる幾何学模様のリズミカルなダンスを取り入れたシークエンスなどは、Ruttmannが20年代の前半に手掛けた『Lichtspiel: Opus I ~ IV』という一連の実験映画をほうふつとさせる。また、画面に奥行きを生み出す独特な光の投影や、液体のにじみを利用したような特殊な撮影技術が1時間の中にふんだんに盛り込まれた。巧みに演出された不思議な魔法の世界は100年近い時が経ってもなお圧倒的で、観る者を魅了しつづける力がある。