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Chico Buarque – Chico Buarque De Hollanda (1966)

 ブラジルの著名な歴史学者であるSérgio Buarque de Holandaを父に持ち、その深い知性を巧みに詞に投影することでラテン・ミュージックの歴史に名を刻んできたChico Buarqueだが、彼の最初期のヒット曲である「A Banda」は、それを踏まえればびっくりするほどに素朴そのものだ。テレビ番組や音楽フェスの喝采をさらったこの1966年の名曲は、マーチング・バンドの音楽が街に暮らす人々の心を明るく照らしていくさまをノスタルジックに描いている。
 アルバムには「Sonho De Um Carnaval」や「Tem Mais Samba」といったサンバ・スタイルの曲も収録されており、これは伝統的な音楽の趣向を好む層にもBuarqueが受け入れられるお膳立てをした。彼の旧友であるCaetano Velosoによれば、こうした傾向や「A Banda」の詞はBuarque自身の詩人、歌手としての優れた能力が十分に反映されたものではないという。とはいえ、Velosoが翌67年開催の同フェスティバルで披露したのが、サイケ・ビートの「Alegria, Alegria」だったという事実を踏まえれば、その言も仕方のないことに思えてくるのだが。
 暗示的なフレーズの反復による「Pedro Pedreiro」は、プロレタリアート文学の暗いテイストを感じさせている。アルバムに入っているいずれの曲にも、Buarqueの歌声が持つ儚げだが確固とした抒情性が息づいており、言語の壁を越えて聴く者を魅了する。
 Nara Leãoをはじめとした多くの音楽家がBuarqueの歌をカバーしたが、自身は政府による弾圧と戦わねばならなかった。しかし、それに比例するように彼は質の高いプロテスト・ソングを数多く制作するようになる。