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プラーグの大学生 / Der Student von Prag (1913)

  『プラーグの大学生』はドイツ芸術映画の嚆矢となった作品だが、公開当時の1913年はまだ同国が表現主義的な様式美に吞み込まれるより前の時代だった。本作の大きな見どころは特殊撮影を駆使した映像のリアリズムであり、愛と金にまつわる寓意やドッペルゲンガー譚といった暗く重層的なストーリーを、あくまでも克明に描こうとしているところにある。
 剣術の達人にして苦学生である主人公が、伯爵夫人との身分違いの恋(しかも横恋慕)を叶えるために奇妙な老人と契約を交わす。大金を得る代わりに鏡に映る自分自身を差し出してしまった主人公は、次第に狂気にとりつかれていく、というストーリー。
 カメラの二重露光による演出は監督でもあるPaul Wegener自身の怪演とよく嚙みあって、この世ならざる幻影をスクリーンに巧みに映し出している。この技法は後のホラー作品には欠かせない要素となり、特に1921年の傑作『霊魂の不滅』では非常に効果的に多用された。さらに、Lyda Salmonovaが演じた嫉妬深いジプシー女の存在が、メロドラマとしてのじっとりとした空気を本作にもたらしている。
 物語は主人公に対する痛烈な皮肉を投げかけて幕をおろす。本作を貫く重苦しく陰鬱なプロットは公開時に絶賛され、後の『カリガリ博士』とともにドイツ映画の作風を決定付けるものになった。20年代に入ると、ハリウッドはこうした病的な内容をあげつらってドイツ作品の上映反対運動を展開しようとしたが、それはヨーロッパの上質な芸術作品の価値を他でもない彼ら自身が認め、恐れていたことの裏返しでもあった。