​​「骨盤は歪むのか歪まないのか」という話

「骨盤は歪むのか歪まないのか」
 
「骨盤矯正」などの話題の時にそういう話が出ることがあります。皆さんどう思いますか?
 
 この議論(?)をする前に問題となるのは、そもそも「骨盤の歪み」や「歪み」って言葉の意味は何?ということです。
 我々整形外科医は骨や関節の話をするときに「歪む」という言葉を使いません。眼科で「視野のゆがみ」とか精神科で「認知のゆがみ」という言葉を使うことがあるようですが、骨や関節に関する医学用語として「歪み(ゆがみ)」という言葉はありません。
 「骨盤の歪み」という言葉の定義や意味がはっきりしないので、「骨盤は歪むのか歪まないのか」という話をするには言葉の意味を決める必要があります。
 
 例えば「窓枠が歪む」と言えば、窓の枠の形が変形していることを言います。そういう意味で「骨盤が歪む」と言えば「骨盤の形が変形すること」であるように感じますが、中には「骨盤の傾きが変わること(前後や左右の傾き)」という人もいます。また、最近聞いたのは「骨盤が歪む」ということを「骨盤の関節や結合部が動く」という意味にとらえている人もおられるようです。
 
 そこで「骨盤が歪むか歪まないか」というお題について、「骨盤が歪む」という意味がそれぞれ1)骨盤の形が変わる2)骨盤の傾きが変わる3)骨盤の関節や結合部が動くという場合に分けて述べてみます。
 
 順序が異なりますが、話の都合上、3)、1)、2)の順番で述べていきます。
 
3)「骨盤の関節や結合部が動く」という意味で「骨盤が歪むか歪まないか」
 骨盤は2つの寛骨(かんこつ:腸骨+恥骨+坐骨)と仙骨の3つの骨が環状に線維結合していて、仙骨の下部に尾骨がつながっています。仙骨と寛骨の間は仙腸関節といって「関節」という名前がついています。二つの恥骨の前方結合部は恥骨結合といいます。それぞれの結合部は強固で、ほとんど動きません。「ほとんど動きません」というくらいですから、1ミリから数ミリレベルでは動きます。「動くか動かないか」と言えば「動きます」。ただ、仙腸関節や恥骨結合が「動く」と言ってもゴムでつないだようにグニャグニャと動くわけではありません。「骨盤が歪む」という表現ではなく、「仙腸関節や恥骨結合はごくわずかに動くこともある」くらいの表現を用いるべきでしょう。
 
1)「骨盤の形が変形する」という意味で「骨盤が歪むか歪まないか」
 前述のように仙腸関節や恥骨結合はごくわずかに「動き」ますが、骨盤全体がグニャグニャと変形することはありません。もし骨盤が変形することがあるとしたら、交通事故のような大きな外力が働いて骨折したときか、あるいは日常におこる可能性としては、出産時の恥骨結合離開です。交通事故などの骨盤骨折や出産時の恥骨結合離開は「歪む」と言えるかもしれませんが、それぞれ「骨盤骨折」や「恥骨結合離開」という正しい病名があるのでそちらを使うべきでしょう。ちなみに、出産時の恥骨結合離開はごく稀であり数百出産に1例程度です。妊産婦全員が恥骨結合離開をおこすわけではありません。また、特に手で戻す処置をしなくても、数か月で自然に元に戻ります。前述のような特殊な事例はともかく、日常生活動作で「骨盤が変形する」ことはありません。
 
2)「骨盤の傾きが変わる」という意味で「骨盤が歪むか歪まないか」
 もうこれは、「骨盤の傾き」という言葉を使ってください。それだけの話です。分かりにくい言葉を使っている限り正しいとか正しくないという議論にもなりません。
 
 ということで、細かいことを言い出すとキリがないですが、一般的な話としては「骨盤は日常生活動作で変形しない」という意味で「骨盤は歪まない」と言えます。ただ、前述のように「歪む」という言葉は意味がはっきりしていないので、特に医療関係者や国家資格保持者は「骨盤の歪み」という言葉は使わない方がよいと思います。
 
以上です。