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【追悼】元同僚・救急医の急逝に思う

また一人、若かりし日にお互いを切磋琢磨した仲間が亡くなった。
それも自分自身で人生のピリオドを打つという形で。
どうしようもない虚無感の中でこの文章を書いている。
 
彼とは同じ病院に赴任して出会った。共にそろそろ中堅医師として周囲から認められつつあった頃であり、自信と不安が混在する精神状態のまま激務をこなしていた。

彼とは外科医と救急医という立場の違いはあれ、救急診療に全力を注いでいた時代の盟友とも言える関係であった。
学年が一つ上の彼は、誰もがうらやむ知性と行動力、そしてウィットに満ちた会話で、救急診療科のみならず病院内の誰からも慕われ一目置かれる存在だった。どんなに忙しくても愚痴一つ言わず、明るく仕事に取り組む姿に自分は畏怖とともに憧れ、決して彼には医師としても人間としてもかなわないなと思わされた。

我々が勤務していた病院の救命センターは、現在のように複数の救急専門医が常駐した診療体制が構築されているような状況ではなく、各科の若手医師が日常診療の中で救急対応をしているような、いわば混沌とした状況の中にあった。もともと重症外傷は外科がメインで対応するような病院だったが、彼が赴任してきてからはその行動力と救急専門医ならでは治療戦略が現場で遺憾なく発揮され、徐々にではあるが、自分のような外科医が片手間で救急をやるような時代は終わったなと思わされたものだ。

そんなこちらの思いを知るよしもなく、
「やっぱ外科医はかっこいいよなあ」
「急性腹症が来たら全部お任せするから」
と彼は言い放ち、昼夜を問わず遠慮なく自分を呼んでくれた(もちろん完璧な診断をつけた上で)。
そんな彼が自分は大好きだった。

その後自分は母校の医局に戻り、彼も大学やその他の施設でキャリアを積んだ後、一緒に働いていた病院に戻り救急診療科長となっていた。

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そんな彼が、ある日病院を急に退職し、外務省の医務官となり海外赴任してしまった。かねてからの夢だったようだ、と風の噂で聞いたが、一緒に働いていた頃(仕事終わりに何度も深夜まで痛飲した)にはそんなことを一言も言っていなかったので、かなり衝撃的な出来事だった。
ただ、賢いヤツは凡人の理解を超える進路を取るもんかな、と自分なりに解釈をしていたと思う。

任期を終え帰国した後の消息はあまりつかめていなかった。お互い連絡を取ることもなく、きっと出来るアイツならどっか活躍しているはず、と勝手に思い込んでいたが、自分のことに精一杯すぎて彼のことを思う余裕がなかったというのが実際のところだ。
 
彼の消息を風の噂(最近ではSNSで流れてくる断片的な情報が意外にも多い)が突然流れてきた。今春に自ら命を絶ったという。

一体何があったのか。もちろん詳細を知るすべはない。

元同僚達のつてをたどれば話は聞けるかもしれないが、ずっと音信不通だった彼のことをいまさら聞き出して何になるだろうか。
そんな気持ちのままここ数日ずっと悶々とした日々を送っている。
 
あれだけ優秀で、自他共に認める仕事バカで、みんなに愛される人格者がなぜ自らの人生にピリオドを打たなければいけなかったのか。
今となっては、彼の苦しみも思いも、もはや周囲の誰も理解をすることは出来ないだろうと思う。

ご家族の心境を思えば胸が張り裂けるような思いではあるが、彼にしか分からない彼なりの理由で自分の人生の最期を決めたのだと思うしかない。

まさに彼の生き様なんだと思う。

仮に精神的な不調があったのだとしても、それは理由の一つにしかならない。

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こんな自分でも30年近く医師という職業をやってきて、たくさんの死を見つめてきた。もちろん患者さんを看取り、お見送りすることがそのほとんどだが、一緒に苦楽をともにした同僚・上司・部下が病気や自死によりその人生を終える場面に遭遇した経験も決して一度や二度ではない。

その度に、人の命を預かる激務と途方もないストレスにさらされる医療現場で仕事を続けていくことの大変さ、その中でも自分はそれなりに健康で仕事を続けられてきたことには本当にありがたさを感じる。

自分の家族も概ね健康であり、仕事仲間にも恵まれ、つらい時も公私ともに様々な人間に支えられて生きていられること、そのことへの感謝を感じながら人生の後半戦を生きられていることを50歳を過ぎて強く思わされる。

どんな理由であれ、生き続けることが出来なかったかつての同僚医師を思うとき、とてつもない喪失感と同時にこんな自分でも生かされていることの意味を考えさせられる。

残された自分には目の前の小さな山を一つずつ越えていくことだけが、彼の果たせなかった思いをつなぐ唯一の方法なのではないか。

線香あげながら、こんな感じで仕事していればいいかな、と彼に聞いてみたいとも思うが、きっと「俺のところに来る前にやるべき仕事があるだろ」と先に言われそうな気がする。
せめて今の自分の思いを文章にすることで彼への哀悼の意を表したいと思う。
 

最後に天国の彼へメッセージ。
「お疲れ様。こっちはもうちょっと片付ける仕事があるから、先にビールでも飲んで待っててよ。かならず遅れてそっちに行くから。そんなに酒は強くないんだから、ピッチは上げすぎないでよ。」
 
やばい、なんか泣けてきた。
でも仕事に戻ろう。彼に天国からどやされる前に…

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