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ポイント苦手症候群

「クレジットカードで引き落としたら、ポイントがめっちゃ付くんやって。」

「ポイントの付くクレジットカード、作ってもいいかな?」

「今のカードはどれくらいポイント付いてるの?」

「そのポイントは使ってる?」

「姉妹たちも、クレジットカードでポイント貯めてるんやって」

「どうせ引き落とされるんやったら、ポイント集めな損やって言ってた」


私はいま、急いで息子のくつ下を履かせている。送迎バスに遅れそうだ。

そんなとき、妻が怒涛の如く、ポイントポイントとまくし立てる。

ニッポンの朝は忙しいのだから、もっとポイントを絞って話して欲しい。


ちなみに、私はポイントが苦手だ。いや、ポイントが付くのは嬉しい。

かつて、家電量販店でパソコンを買ったとき、そのポイントだけでプリンターが買えたときの衝撃は、いまも忘れない。

これって、パソコン買ったら、タダでプリンター貰ったのと同じことだ。得をしたというより、むしろ罪悪感すら覚える。

このポイントサービス。じつは私の知らないどこか遠い国の、幼い子供たちによる、低賃金、重労働など、人権を無視した劣悪な環境によって、成り立っているのではなかろうか……

な~んてことを想像する余裕すらなく、ニヤケ顔を抑えるのに必死だった。

このように、ポイントそのものは嫌いではない。では、なにが苦手かというと、ポイントにまつわる、その周辺の煩わしさが苦手なのである。

まず、ポイントカードで、財布がどんどん膨らむのが苦手だ。

私はなんでも、シュッとしたスタイリッシュな感じでいきたいと思っている。もっさりした感じが嫌いだ。

部屋が散らかっているのも気にくわない。サッと片付けて、シュッとさせる。

子供が遊び散らかすおもちゃも、その子供の後をついて歩きながら片付けていく。病気かも知れない。

そんな私にも例外がある。
マイデスクだ。

私の机の上は、何度整理しても、すぐにもっさりと本の山ができる。

さらに、隣の娘の机から、「これ、またいつか使うかもしれんから」と、絶対に二度と使われることのない、お菓子の空き箱などが追加され、高さを増していく。

遠目には、まるでカッパドキアの奇岩群のようだ。

そしてついに、何かの拍子で雪崩を起こす。やれやれ、と面倒くさそうに片付ける。

だが、2週間もすると、また同じような山が出現する。しばらくすると、崩壊する。

これを、年中くり返す。シーシュポスの気持ちが少しわかるような気がする。


さて、そんな訳で。当初は、そもそもポイントカードを作らないというスタンスを貫いてきた。

しかし、「ポイントカードはいかがですか?」と勧めてくる、押しの強いレジのおばさまに根負けして作ったカードが増えてくる。

体はデカイが気は弱い。

対策として、まず財布から全てのポイントカードを取り出す。引き出しにしまう。そして必要なときに、必要なカードだけを持っていく。

するとどうなるか。忘れる。シンプルに忘れる。

「お電話番号を教えていただければ、こちらでお調べしてポイントをお付けしておきますよ」

「今回はこちらのレシートにスタンプを押しておきますので、次回スタンプカードと一緒にお持ちください」

なんだか申し訳ないやら情けないやら。そんなこんなが面倒なので、私はポイントが苦手なのである。

そもそも、店員にポイントカードを差し出すという行為が苦手だ。

「あ、こいついい年こいてポイントなんて集めてるんだ。ふ〜ん。見た目はシュッとしてるけど、きっと稼ぎが悪いんだろうな」

とか。

「あ〜あ、おっさんが必死こいてポイントなんか集めちゃってるよ。こんな奴は娘から『お父さんの服と一緒に洗濯しないで!』とか言われてんだろうなぁ」

など。

たかがポイントカードを差し出すたびに、「店員はこんなこと想像しているんじゃないか妄想」をパンパンに膨らませてしまう。面倒な性格である。 

そのため私は、「ポイントカードはお持ちでしょうか」と言われてはじめて、

「あ、そういえばそんなのがあったような……」

と、ポイントなんて気にしてないからよくわからないよ、といった困惑した雰囲気をかもしつつ、そっと財布から、

「これ……かな?」

と、小芝居を演じることになる。生きにくい世の中である。

そんな私なもんで、朝からポイント!ポイント!とまくしたてられると、体調を崩す。

急いで息子に靴をはかせ、腕を引っ張り、逃げるように玄関をあとにした。

あぶなかった。もう少しで、ポイント攻撃にやられるところだった。

大袈裟ではない。本当に頭が痛くなり、気分が悪くなる。目の輝きが実力の半分以下になる。

なぜだろう。なぜ、たかがポイントごときに、これほどのダメージをくらってしまうのか。

ひとつは、考えるのが面倒くさい問題。

今回は、普通にお店でもらえるポイントの話ではなく、クレジットカードに付くポイントの話だ。

いま使っているカードのポイント還元率を調べる。新たに作るカードの還元率を調べる。そして、どちらがお得なのか比較する。

それだけでも、かなり面倒だと思うのに、さらに、いま使っているカードは、普通の買い物では1000円につき10ポイントだが、特定のガソリンスタンドで給油すると、1リットルにつき2円引きになり、オイルやタイヤ交換などの場合は、もう少し還元率が高いらしい……

「はぁ?!結局、どっちが得やねんオラ!」


まあ、待て。私もいい歳だ。これくらいで切れてはいけない。オーバーヒート寸前の頭を落ち着かせ、なんとか平静さを装う。

それなら、車関係の支払いはこのカードを使い、それ以外は新たに作るカードで支払えばいいんじゃね?

あえて標準語を使うことにより、イライラの感情に飲まれそうな自分との距離をとる。えせアンガーマネジメント。なんとかベストの答えを捻り出す。

だが、ここで問題発生。

いま支払いに使っているのは、このカードだけではなかったのだ。契約しているいくつかの保険は、また別のカード引き落としになっていた。

ということは、だ。
それぞれの保険の引き落としには、どれぐらいポイントがついているのかを調べ、新しく作るカードのポイント還元率と比較し、もし新しいカードの方がよければ、そっちに変更して……

なに?こっちの保険はそれでもよいが、あっちの保険はドル建てだからできないだと?いや、できることはできるが、手数料を考えたらむしろ損する可能性があり、そうするとこれがああなってこうなってうんたらかんたらアブラカタブラ……い、いかん。思考が、思…考が……思…こう…ga……


「もういい!!!」


もういい!うんざりだ!
もういい……いつからだ、いつからこんな世の中になっちまったんだ。昔はこんなんじゃなかった。昔はもっとシンプルで、みんな笑顔の絶えない世の中だった。そうだろ、ダニエル。


クレジットカードのポイントに限らず、携帯電話にしても、プランがややこし過ぎやしないだろうか?

多くのプランの中から、ようやくこれにすると決めたのに、「えっ、これ家族割引ついてないん?」となり、結局どれがお得なのかわからなくなり、頭がショートしかけたそのとき!

「Wi-Fiも一緒にご契約いただくと、さらにお得になっております」


Go!to!heaven!
完全にトリップする。
合法的にトリップする。

もう、何がなんだかわからなくなり、薄れゆく意識の中、契約書にサインをする。家にWi-Fiが2台あったことが何度かある。

そう、私はなにか商品を買うときなど、価格コムで比較したり、高けりゃ中古ではどうだとメルカリを検索するなど、最もコスパのよいものを探すという行為が、ものすごく苦手である。頭が割れそうになる。

仮に、検索して安く買えたとしてもだ。それに費やした時間や労力を考慮したら、むしろ定価で買ったほうがコスパがいいんじゃないかと思っている。


ポイントが苦手なもうひとつの理由。

必死にポイントを計算し、少しでも得をしようと夢中になって考えているとき、ふと我に返るときがある。

「俺はこんなことをするために生まれてきたんじゃねえ」


いや、一生懸命ポイ活している人を、バカにしているのではない。楽しさや、やりがいを持って取り組んでいるのなら、それでいい。

「こうでもしないと生活できねえんだよ。こっちはカツカツの状態でやってんだよ!」というかたも致し方ない。

そうではなく、私のように、贅沢できるほど裕福ではないが、ポイントを必死に集めないと生活がままならない訳でもない。趣味でポイ活を楽しむようなマインドも持ち合わせていない。

むしろ、ポイントを集める行為を苦痛に感じる性格なのだ。それなのに、少しでも節約のため、必死にポイントを集める自分に憤りを覚える。

いま、世の中では、効率的なことが良いとされる。最速で最短、コスパにタイパ。

もう、うんざりだ。

なんだかそんな生き方、苦しくないか?たまにはのんびり、遠回りをしたっていいんじゃないか?


ゆっくり歩かないと気付けないものがある。

遠回りしないと見つけられないものがある。


全力疾走している人は、道端に咲いている、小さなタンポポの美しさに気付くことができない。

近道ばかりしている人は、町外れにある、素敵な雑貨屋さんにたどり着くことができない。


なんだか少し、わかってきた。
私がポイント嫌いな理由。

それは、目の前の損得ばかりに意識を奪われ、なにか自分にとって、大切なものを見失ってしまっているような気がするからだ。

私は、ゆっくりと寄り道をしながら歩き、普段なら見落としてしまうであろう、なにか素敵なものの存在に心を奪われる。そんな出会いを大切にしたいのかも知れない。



と、カッコいいこと言っているが、今日も近くの食堂で、ポイントカードを作ってきた。

みなさん、押しが強い。

そして、私は気が弱い。

また、財布が膨らんでいく。

















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