(没)至天
銀河の全てが刻まれた「覺典」の記述を引くに、それは九九九周期──〈神咒無限帝国〉建国記念式典の事である。
回顧するに──人類が起源の星、地球を脱して幾星霜。臣民は天帝の詔を患い、多銀河にその版図を拡大した。それは他起源との角逐を意味する。蒼海(近銀河圏)の戦役は連戦連勝の勢に乗じて帝国不滅を告げ、忠勇義烈なる将士は凱歌を奏し、臣民の歓喜は数多の星を震わした。
かような国家の祭とあればその様は絢爛荘厳を極め、この日の為に解体された星系群は自らを滅する煌めきでもって帝国の繁栄を祝した。
が。
「どけぇ!」
星々を征服した無敵艦隊を容易く蹴散し、天帝の璧座に向け宙を疾駆する一人の女。目も眩まんばかり輝きがその姿を縁取っている。
滅法強い。阻むことはままならぬ。全ての攻撃は女を取り巻く現実ごと歪められ、無意味と化す。
名を海羽という。
帝国の掃き溜めと悪名高い「罪禍」に生を享け、迫害を受けてきた。
世に不遇をかこち、怒りの拳を握り、そして──広い宇宙で天帝のみが持つことを許された禁忌を身に宿した。
これは天祐である。そう解釈した。そして世直しを目論んだ。
海羽は天帝の御前に突っ込むと、大見得を切って濛々と煙る粉塵を吹き飛ばす。
「貴様!臣民の一人も救えず、常日頃後宮に引き篭もって堕落を極め、何が森羅万象を従える全能の王か。そこを退け、さもなきゃブチ殺す」
天帝は薄笑いを浮かべ、暫し黙した。
式典に集う全宇宙の臣民は固唾を呑んで行く末を見守った。皆一様に、天帝がその御稜威でもって不敬者を消し去ってしまうと信じ切っていた。
「いいよ。座を譲ろう」
天帝はそう大詔煥発すると璧座を退き、頭を垂れ、揃えた五指でそれを指し示した。
なにゆえか──。
銀河が動揺した。帝国の存続は自己の存続であり、帝国の命運が絶たれることは即ち自己が絶たれるに等しい。
帝国崩壊の運命は定まった。
〈続〉
没理由:引きが弱い。
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