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貴族転生

 生意気な貴族を殺したら遺族に恨まれ司法局の執殺官に追われてネロウの都を散々に逃げ回った挙句密業者に依頼してドゥリムン川を渡って国境を抜けようと試みたところで裏切りに遭い遂に命運尽きて年貢の納め時と相成った。
「オレは悪くない。悪いのはあいつだ」
 逮捕時に愚痴ったのはそんな台詞である。当然聞く耳を持たない執殺官は紫苑しおんを司法局の暗い石牢に鎖で縛りつけた。そして遺族の意向いかんによっては拷問をくわえて牢で飼っている犬の餌にすると言った。
 そんな周りくどいことをするくらいならさっさと殺せば良いのに、と思ったが口にはしなかった。殴られるからだ。
 とまれ、貴族殺しの罪は重いので死刑は確実である。なので死ぬ前に何か後世に残るものを作っておきたいものだと考え飛び切り粋な辞世の句を残そうと思ったがどうにも思いつかない。
「うーむ」
 考え込んでいると監視官が声をかけて来た。
「何をしている」
「詩を考えているのだ。どうせ死ぬなら良い詩を詠んで今生の別れとしたい」
 監視官は呆れたようで、
「何を言い出すかと思えば…泣き出さないだけマシだが」
「これまでのはそんなにうるさかったかね?」
「いかにも。聞くに耐えないので口に布を詰め込んでやったね。ところがそれを飲み込んで死にやがった。お陰で始末書だ」
「ははは。随分面白い話だ」
 紫苑はげほげほ咳を吐いた。ここはどうにも埃くさい。
「…失礼、水をもらえんか?」
「ならん」
「薄情者め、オレが喉を枯らして死んだらどうする。次は始末書ではすまんぞ。クビになり露頭に迷いその行いを悔い世を恨みオレと同じにそこらの人を手にかけ長い苦痛に満ちた逃亡生活の末に人を信じて裏切られた挙句死ぬのだ」
「よく喋る」
 監視官は近くの蝋燭に火の灯された卓の上から水さしを取ると、その注ぎ口を紫苑の口元に向けた。
「溺れるなよ」
「ふふふ、水さしで溺れるなど末代までの恥よ」
「貴様が末代だよ」
 水さしが傾けられた。

【続く】

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