見出し画像

V 完全版一話

 その日、ヴィジランテは驚愕した。
 彼以外に特異な存在がいるはずがなかった。
 彼は俗に言う私兵だった。夜な夜な街に繰り出し、世に蔓延る悪に誅罰を下して悪漢の体にVの烙印を刻み去っていく。犯罪者達は一様に彼を酷く恐れ、治安組織ですら彼を捕らえることはできていない。彼の纏うグラファイトの鎧は銃弾を受け付けず、また、戦車の砲弾すらも凌いで見せる、一国の軍事力に相当する代物だった。
 このように彼が強力な武装を保有することができるのも、彼の生家が巨大な財閥集合体「白組」の一つ「V」であるからに他ならない。幼くして両親を亡くし、一家の長になった彼は、その悲痛を封じ込める器をグラファイトの仮面に求めた。有り余る財力は彼に悪を断罪する強大な力を与え、その代償として悪漢の生き血を要求した。彼は二つで一つの存在、私刑を科す者ヴィジランテだ。
 だからこそ彼以上の存在が現れる事など無いはずだった。
 豪雨の夜、黒闇都市。数多の犯罪組織が跳梁跋扈するこの都市には、無数の鉄塔と鉄線が張り巡らされている。それらは天を目指したバベルの塔さながらに、それぞれの組織の威光を示す象徴となっていた。それらの内の一つ「紅葉塔」を崩壊せしめんとしたヴィジランテは、謎の存在と邂逅した。
 それはヴィジランテの外装と同じように漆黒に塗り固められ、超炭素繊維と思しき外套を纏っていた。全てが漆黒の中、輝くのはフードの隙間から覗く黄色の笑顔スマイリーフェイス。右手には身長を超える程の死神の鎌デスサイズ。刃先とは反対の刀身の付け根には、椀型の噴射装置と思しき機構が花開いていた。
「誰だ、お前は」
 ヴィジランテが音声変換によりくぐもった声で問う。ヴィジランテの顔面装甲に投影されたVの字が、彼の内心を示すように明滅した。
 闇夜に浮かぶ鎌をくるりと回すと肩に担ぐ。
「俺はお前のヴィランだよ、ヒーロー。以後よろしく。“ラフ・メイカー”と呼んでくれ」
 そう宣言したラフ・メイカーは跳躍し、ヴィジランテを目標に落下する。
 それを攻撃と認識したヴィジランテは咄嗟に腕部に装着されている発砲機構を起動させる。俗にケムレイルと称されるこの極短リニアガンは、先進都市国家でも有数の選ばれた部隊にしか支給されない武器だった。二段電磁加速砲デュアルステージリニアという名称からもわかるように、第一段階で科学推進剤を使用し、次の第二段階で電磁リニアによって推進する機構で、銃身の短さを克服するための措置であった。そのため威力は通常のリニアガンと大差なく、大半の遮蔽物は意味を成さない。よって戦争条約では残虐カテゴリーに分類され、使用は厳しく禁止されていた。
 そんなハイテク兵器の象徴と言えるケムレイルの銃身に紫電が灯った。のたくる蛇のように銃身に纏わりつく紫電は徐々に太さを増していき、照準器から放たれる赤い運命の糸を想起させる照準光線が、その予測弾道を歪曲させながらラフ・メイカーの頭蓋を捉える。
 発射。
 推進剤と電磁力によって射出された弾丸は予測弾道に沿って軌道を修正し、ラフ・メイカーの頭蓋に叩き込まれた。ケムレイルの銃口直線上に展開されたV・フィールドが弾道を歪曲させ対象へと弾丸を導いたのである。これもハイテクノロジーの為せる技であった。
 弾丸は正確に着弾したが、驚くべきことにラフ・メイカーは絶命せず、ヴィジランテの至近に迫っていた。
 ぬかったか。そう自問自答するが、弾道も正確で威力も人一人殺すのにもったいない威力である。ではなぜ、ラフ・メイカーは死ななかったのか。
 そう思考する間にもラフ・メイカーは鎌を振りかざし、ヴィジランテの首を刎ねんとする。ヴィジランテと同じ黒色の装甲から鑑みるに、戦車砲にも耐えうる彼の鎧すらも切り裂いてしまうであろうことは容易に想像がついた。
 ヴィジランテは反射的に左腕に装着されている黒爪を展開すると、鎌の刃を受け流そうと試みる。実際の刃渡り差は十倍以上、更に緊急用の装備であることから負傷は覚悟せねばならなかった。
 だが──ラフ・メイカーの鎌の端部の推進機構が火を噴き、想定を上回る速度でヴィジランテの首元に迫る。ヴィジランテは歯噛みした。まさか自分の物語がこんな不本意な形で終わるなど考えてもいなかった。彼は脳内で窮地を脱するための策を最速で構築しようとしたが、それでも間に合いそうにもない。
 迫る刃。
 死ぬ!
 ──だが……鎌の刃は寸でのところで静止していた。首元から僅か一ミリ程度の距離である。
「……その調子じゃ、命がいくつあっても足りないぜ、ヒーロー?」
 なぜ?と考える間にもラフ・メイカーは再び鎌を肩に担いだ。その首に掛けられたピースマークをあしらった丸い金色の首飾りが、笑ったようにキラリと光った。
「さて、これからよろしく」
 ラフメイカーはヴィジランテに手を差し出した。握手を求めているのだ。ヴィジランテはそれを一瞥すると、憮然と黙ったまま黒爪を収め、ラフ・メイカーの顔を睥睨する。
「何なんだお前は」
「俺か?言ったろ、俺はお前のヴィランだって」
 ラフメイカーはおどけるように肩をすくめ、
「わからないのか?お前やりすぎたんだよ。お前が夜な夜ないびって回ってる組織の連中の堪忍袋の緒が遂に切れて、何人も殺し屋を雇ったんだよ。そういうわけで俺にもお鉢が回ってきたのさ。俺以外にも大勢の連中がこの街に来てる」
「……」
「今夜は挨拶に来たのさ。そのうち他の連中も来るだろう。せいぜい夜道に気をつけるんだな、ヒーロー」
 そう言ってラフ・メイカーは鎌を担ぎ、背を向けた。
「そいつらもまとめて殺す」
「おうおう、ぜひ頑張ってくれ。そうなりゃ俺の分け前が増える」
 既にその場を去ろうとしているその背中に声を投げつけたヴィジランテだったが、ラフ・メイカーは二本指でピースサインを作るに留まった。
 そして振り返り、ショーの終焉に舞台を去る道化師の如く腰を折ってお辞儀をすると、背中から塔の下に身を投げた。覗き込んだヴィジランテだが、もうそこにラフメイカーの姿はない。
 何処かで雷鳴が鳴り、黒雲が垂れ込める。雨粒が一滴落ちたかと思うと次の瞬間には大粒の雨が無数に降り注いだ。それに混じって無数の人影が照明を手にこちらに駆けて来るのが見えた。組織の連中だろう。
 潮時だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?