星海を掃く者 ―ANYTHING < HUMAN―
〈青耀〉がゴルディアス同調によってその指令を受け取ったのは、彼が零点振動リパルサーで恒星『全天星表番号69335688922687829160204592150189』系の第十二惑星に住む蒼生の頭上に、第二衛星を落とした時だった。奴婢共がダイソン球建設のための立ち退き要請に抵抗したためである。
“帝国”こと〈大八巨大数洲〉は上古より蒼生の頂点に御して多元宇宙に照臨し、自らの御稜威でもって乾坤から海隅の蒼生に至るまでを照らす天帝の資産の一つに数えられる。その伝宣を担う帝国府の命は絶対故、抵抗は即ち放伐を目論むとして、星諸共処理される運命にあった。
一応衛星には潮汐力で生じる熱を能量源とする生物が住んでいたが、人間以外は尊ぶべきものとされていないため、差し障りない。かつて帝国に滅ぼされた異生物の数は凄まじく、軽く例を引いても、惑星バランの泥濘衆や、アレフヌルの大海嘯蟻が挙げられる。
而して、立ち退きは成就した。死体も残らなかった。
青耀の力をもってすれば児戯にも等しい所業である。
ギャラクティカ級の巨人──『メガストラクチャー』は、分けても〈星海を掃く者〉という名で知られる。その大、人に倍すること幾許を知らず。その高さ、人を去ること幾千なるを知らず。星を喰らい、体内に蔵した縮退炉の餌にし、〈炉神〉によって白色矮星〈SOLA〉で焼入れされ、ブラックホール〈ダイダラ〉で成形された新星鐵の装甲を纏い、昼夜、時空を変化させるフューリーロード航法によって、地球単位系に換算して一ミリ秒の内に外天(オールトの雲)を一周し、その身の丈を超える、絶対物質化せる斬星刀を佩く。これを以て銀河四つを警邏する。
青耀はその責務を、長命種の生に比肩する628周忌ほど続けていた。
煌々と焼け爛れた第十二惑星を何とはなしに眺めながら、青耀はふと思い出したかのように、先の指令を副脳で検めた。
そこには、
[我らが永く大国を賜わり尊貴の栄を享け給うこと、実に天帝の洪恩ならずや。我が親や泡や神聖灰には不忠なりても、天帝にさえ忠義なれば宜しき。それを疑るは甚だ膚浅なり。されど忠誠の心、自ら薄からしめ、至性純忠、誠心を以て天朝に尊奉し、皇恩を感佩するを忘れ、遊星バルカンの帝国第百◯八理力聖堂に武をもって押し入りて縮退炉一基を強奪し、天帝の御威徳衰えさせ、天の権勢悉くを簒奪するの禍敗を養い成してこれを愉快とする、不義なる逆賊、ギャラクティカ級〈憂黒〉現れたり。これを嘆かざるは人に非ず。故にその首を絶ち、天帝が制せる宇宙に隠れたる奸賊の萌芽を摘み、後顧の憂いを絶つべし云々……]
と上位者の大仰な文体で、そんなバカバカしいことが長々と記されていた。
長いので副脳に要約させる。
憂黒……。
自らと区分を同じくするメガストラクチャーの名前に、青耀はしばし、セグメント化された、重なり合う金属プレートの層によって構成された顔面における、視覚素子の部分を覆うプレート──人間でいう瞼──をスライドさせて細めた。
知己の存在である。
副脳を介して、ゴルディアス同調を繋ぐシュヴァルツシルト逓結網──人為的に整備された集合無意識へと検索をかけ、憂黒関連の情報を収集した。憂黒の事は気掛かりだが、先ずは敵性対象のプロファイリングが急務であると考えられたのだ。ましてや同カテゴリに分類される敵故、僅差が雌雄を決することは自明であった。
知り合いであるからして、それを討つのは少々心が痛むが、いくら逡巡しようと詮無きことである。星を掃く青耀といえども、宇と宙の中心にして、天帝の永く守り給えるこの帝国を構成する極一部に過ぎぬ。
だが少々不可解な点があった。広い宇宙で憂黒がわざわざ、この近場の銀河に身を潜める理由が伺い知れぬ。
まさか青耀に会いに来たわけでもあるまいが、どうも解せぬ。
青耀は、憂黒が最後に観測された地点に向かうため、量子化形態に移った。フューリーロード航法を耐え抜くためである。
機體骨骼の関節が外され、金属プレートの蠕動によって所定の位置まで伝達されることで全身の部品が組み変わり、青耀は、斬星刀を中心とする一つの箒と化した。背面に針山の如く突き出す重力翅が、青耀をそんな外観たらしめているのである。
更に全身の関節から放たれた重力波チェレンコフ放射による青い光が、重力レンズ効果によって歪曲されることで、機體が一つの巨大な光輪を背負うが如き様相を呈した。
そして飛翔を開始。
始めは極低速であったが、徐々に星々が前後に引き伸ばされ、やがて前方の一点に収束し、星虹を発した。機體が亜光速に達したのである。
更に、より高度なプロファイル処理を行うため、副脳が主要意識のアーカイブ処置を始めた。思考リソースが制限を受け、知覚が朧になっていく。仮象人格を維持する以外の演算能力が失われ、意識が夢眠相に移行。
無数の記憶が奔流となって意識を上滑りし、一つの時空を仮象に形成。その記憶を織り込む事で、人格を想定される戦闘に最適化するのである。
そして蒼耀≒ぼくは、甞ての記憶を取り込んだ。
その時、危急を告げる警鐘が、ぼくの意識を寸毫で覚醒相に移行させた。
接敵。
恐らくフューリーロード航法時に発生する黒縄航跡によって存在を察知されたのだ。
だが想定内だ。効率化と言ってもいい。
ぼくはすぐさま機體を変形させ、重力翅を前方に展開、ホーキング放射によって発せられたガンマ線バーストをいなす。
その先に、敵が──憂黒がいた。
それは黒水母だった。黒地の外甲に白の線、薄紅の内甲。三角の頭部。翡翠色の複眼。背中から生える重力翅。光る無数の軟体の脚部。
「久しぶり」
ぼくは憂黒に呼びかけた。
ゴルディアス同調は切断されていたので、通信は原始的な方法で行った。
「憂黒だろ?覚えてるかい?青耀」
憂黒はぼくを睥睨したまま動かない。
ぼくはゆっくりと憂黒に近づく。
あと少しで斬星刀の間合いだ。悟られぬよう抜刀の準備をする。
斬星刀は頑丈だが、あまり早く振り回すと先端速度が光速に近づくことで生じる時空偏差の影響で斬撃が逸れたり、単純に光速に近づくことで機體骨骼の重力駆動に要する能量が莫大となり、縮退炉程度の出力では賄い切れなくなるため、細心の注意をもって取り扱う必要がある。
まあ最悪ぼくがやられても後続が何とかするだろう。
超対称性粒子をずらして負の質量を発生させ、局所的で強烈な斥力を発揮し、光速を超えた打撃を実現する『アエテルヌス級』。準星の輝きを放つ、重力子で構成された機體に、十次元の光速度でもって敵を余剰次元に分解する権能を有する『YHVH級』等々、ぼくより強い奴など星の数ほど居るのだ。