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活版印刷の便箋

 久しぶりに訪れた文房具屋で、宮沢賢治「銀河鉄道の夜」をモチーフにしたフレークシールを買った。「注文の多い料理店」や「猫の事務所」「セロ弾きのゴーシュ」など魅惑的な他の作品を横目に、私は青くきらきらとしたそのシールを手に取った。なぜか?活版印刷の便箋のためである。


買い物の目的

 そもそも、この買い物の目的はレターセットを買うことであり、きらきらのシールを買うことではなかった。先日、親しくなりたい人に「文通がしたいです」と言われたことを思い出し、せっかくなら新しくレターセットを用意しよう、と思い立ったのだ。
 駅前のビルに入っている大きな文房具屋には「レターセット」とかかれたコーナーがあった。花柄、四季、レトロ、動物、風景、和紙や活版印刷など色々な便箋、封筒が並んでいる。自分の好きなデザインはたくさんあるのだが、相手を思い浮かべたときにピンとくるものがない。困った私はシンプルなレターセットにシールを貼って飾り付けるという方向に変え、シールコーナーを物色することにした。そこで見つけたのが冒頭に述べた「銀河鉄道の夜」のフレークシールである。このシールを見つけた瞬間、私はひらめいた。「銀河鉄道の夜」といえば「活版印刷」ではないか!!

宮沢賢治と「銀河鉄道の夜」と「活版印刷」

 読者の方々は宮沢賢治、ひいては「銀河鉄道の夜」をご存じだろうか。私は宮沢賢治の作る、あのきらきらとしていてどこか悲しい世界が好きである。彼の作品を読んでいる間、心が毛布に包まれているような不思議な感覚になる。
 「銀河鉄道の夜」の序盤、ジョバンニが「活字拾い」の仕事をする描写がある。私は作品中でなぜかこのシーンが強く印象に残っており、「活版印刷」といえば「銀河鉄道の夜」というイメージがついていた。
 ひらめいた私はフレークシールを手にレターセットコーナーへ戻り、一度棚に戻した「活版印刷」を用いて模様が印刷されたレターセットを手に取った。このシールにはこの便箋があうはずだ。そう確信した。
 同時に、宮沢賢治と私が同郷であり、さらに文通の相手も同郷であるという事実も、このレターセットを買う後押しとなった。

相手のことを考える時間

 今までレターセットを買うときは自分の好みを優先していたが、今回は渡す相手が先に決まっていたためか、いつもより選ぶのに時間がかかった。相手の反応を想像しながらレターセットを選ぶ時間は、幸福以外の何物でもない。不思議なことに、レターセットの先に相手を思い浮かべるだけで、レターセットを選ぶという行為が今までの何倍も楽しいものとなった。
 相手は喜んでくれるだろうか。どこまで気がついてくれるだろうか。何を書くかも決めていないというのに、手紙を送ることが楽しみで仕方ない。賞味期限が切れないうちに、渡してしまいたいものである。

#買ったわけ

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