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「悪徳業者のダイナミクス」

「こんにちは、沢崎建設です。住宅の無料点検を行ってまして、宜しければいかがですか?」
3人でアポ無しに押しかけ、やる必要のない耐震工事をさせる。こうして頭の悪い住民からお金を巻き上げる。これが俺たちの仕事だ。

工事の契約は断られる事が多いが、何件も回ればそれなりに取れるものだ。

ところで、俺が言うのもなんだが、知らない人を家にあげたらダメだ。最近は小学生だってYouTube片手に断る。さっきの家のガキは、裏声で母親のフリをしていた。
帰り際に、ポストを強めに蹴っておいた。
大人を馬鹿にするからだ。

少し歩き、リーダーは少し年季の入った一軒家を指した。急に止まるため、後ろに続く俺ともう1人はぶつかりそうになる。
「次はここにしよう、ドアに緑のマーキングがある」

マーキングとは、同業者が家の住人について記すものだ。この地域では大抵の場合、ドアの右上にシールが貼られている。緑は騙されやすくお人好し、カモの証だ。

ああ可哀想に。言葉と裏腹に、笑みが溢れる。愉悦感か、営業スマイルなのかもう分からない。
そのまま、リーダーがインターホンを押した。
「こんにちは、沢崎建設です。住宅の無料点検を行ってまして、宜しければいかがですか?」

ガチャ、と音がして、住人がリーダーを迎え入れた。俺たちはそれに続く。入って早々俺は目を見開いた。

「え、真守くん、、、?」
初恋の恵美ちゃんだった。

小中高と同じで、大学進学と共に離れてしまった。いつも意識して緊張して、ちょっと仲の良いクラスメイトで終わってしまった。

「なんやお前、知り合いか?」
リーダーのギラついた目が俺を捉える。知り合いであった方が契約が取りやすいからだ。お前に情はないのか。

「いや、知り合いーいうか、何ていうか」
「友達です!」
恵美ちゃんが眩しい笑顔で重ねる。
わあ、まだ友達と思ってくれてる!とか、喜んでる場合じゃない。

そう、俺がこの子を守るんだ。

さあどうぞどうぞと、恵美ちゃんは室内へ案内する。
その時、靴を脱いでいる隙にリーダーが小さな声で釘を刺す。
「お前友達やからって手加減すなよ」
いつも頼もしいリーダーがラスボスになってしまった。いや、前からボスではあったな。ごめん恵美ちゃん、弱い俺を許してくれ。

廊下を渡り、恵美ちゃんとすれ違う。途端に、稲妻に打たれたような、衝撃が走り硬直する。あれは中学の頃、水泳の授業が終わった後。塩素消毒の匂いと混ざった恵美ちゃんの香りが、開け放たれた夏の窓から流れてきた。思わず心臓が蛇のように蠢いた、あの感覚。懐かしい香りだ。

そう、俺がこの子を守るんだ。

それからと言うものの、語彙力の限りに、俺は家を褒めに褒めちぎった。なぜなら先に褒めてしまえば、リーダー達もケチのつけようがない。

「すごい!!」「え、かっこいい柱!!」「綺麗な塗装だね!!」「すごく、おっきい、、!」
思えば学生時代、国語は苦手だった。

ややあって、流石に諦めたのか、リーダーは大丈夫なので帰ると言った。心配していたより機嫌もいい。

安心して、このまま帰ろうかと思った。本当に?
小学2年の頃、キン肉マンの消しゴムを「なんかかわいい」と言われてから、ずっと好きだった。
「え、ムキムキだしどこが」と聞いたら、「ピンクだから」と答える、彼女が意味不明で夢中だった。
ここで別れたら、二度と会えないかも知れない。

玄関で、靴を履いて向き直る。見送ろうとする彼女の目を真っ直ぐ見つめる。

「あの、恵美ちゃん」

「なぁに?」
滑舌が少し怪しい、可愛い。

「実は、小学校の頃から好きでした」
それを聞いて「ハヒッ」と、おかしな声を立てる。

リーダーが。

うるさいねん、なんでお前が一番びっくりすんねん、上司やなかったらどつき回しとるぞ。

恵美ちゃんは目を伏せて、笑いを堪えてぷるぷるしている。それが失礼だと思ってか、告白の照れ故なのかは分からない。
「あのね、実は私もね、高校の頃好きだったの」
ゆっくりと紡がれる言葉に、鼓動がより早まっていく。
「でね、もし付き合いたい、とか、なら、大丈夫、、、かな」

、、、ん?
ふわりとした言葉に、この歳でも惑わされる。
「あの、えっと、それはよろしくの大丈夫?それとも結構です要りませんの大丈夫?」
これ以上の心臓の稼働は、労働基準法に違反しかねない。
「あっよろしくの方!」

ぐらっと視界が揺れ、もう夢なんじゃないか。そう思う程に、世界が輝いて見える。いつも腹黒く悪徳なリーダーでさえ愛おしい。ハグしてやりたい。

えみりんえみりんえみりんえみりん、、、
何か音が近づいてくる。

「あ!ポスト蹴ったおっさん!」

振り返ると、半分ほど開いたドアから、小学校低学年ほどの男の子がこちらを覗いている。

タタタッと走ってきて、余計な正義感を働かせる。
「お姉さん、この人達あくとくしょーほーなんだよ!、信じたらダメだよ!」

左手に持ったスマホから、えみりんの声が聞こえる。最近の小学生はYouTubeでえみりん観るのか、てか恵美ちゃんの前でえみりん観るな、ややこしいだろ。

「え、真守くん嘘ついてたの?好きっていうのも?」
「そうだよ!YouTubeで観た!あうとくしょーほーだよ!お姉さんこのおっさんに騙されてるよ!!」
誰があうと商法やねん、アウトやけど。何で一回目言えて2回目で間違えるんや。そしておっさんは、そこのお姉さんと同い年ですよ。

にしてもこの流れは不味い。
「嘘は何もついてへんって、恵美ちゃんのことは好き、悪徳商法もしとらへん」
「ポストも蹴った」
「ポストは蹴ったっていうか、躓いたかな」

所詮子どもの戯言、こちらに分があるか。

すると、後ろでニヤニヤしていただけの、リーダーが遂に口を開いた。
「まあまあ、確かにうちも後ろ暗い商売ですがね、こいつはおたくを、俺たちから守ろうとしてたんですよ」だからいい男だろ、そうフォローしたつもりなのかも知れない。

本当にこの上司は空気が読めない。

「じゃあ他の家では、あうとく商法してるんですね」

何で?それはやっぱアウト的な何かとして変換されてるん?

「違うんだ恵美ちゃん」
「帰って、、、」
「勘違いやって!」
「帰って!!」
細い手で、俺たちは玄関から追い出される。何故か小学生は座り込み、ドアが閉まりながら、スマホから流れるえみりんの声はフェードアウトした。
幸せからの転落、そしてこの会話の間、ずっとえみりんが化粧品の説明をしていた。最近の小学男子は分からない。

後日、俺はえみりんチャンネルがトラウマになった。

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