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森島健男 剣道範士

技の剣道から、心・気の剣道へ
日本人を取り戻すために

かつて真剣勝負として命がけで修行されてきた剣道の精神と心、その心が今、変わりつつある。武技としての剣道をいかに取り戻し、伝え残していくか ――。
剣の道一筋に歩んで70余年、剣道範士森島健男先生のお話は、剣道の今後の指針となるのみでなく、人として、日本人として、絶対に失ってはならない気概、肚、厳しさ、思いやりにあらためて気づかせてくださるものでした。
またそのお話は、宇宙の「気」を肚に取り込むという、日本人ならではの、自然界と調和し一体化する目に見えぬ力の存在を裏付けるものでした。

【以下は、11月28日(土)、全日本剣道連盟主催の剣道指導者向け研修会(於千葉県勝浦市 日本武道館研修センター)で行なわれた剣道範士森島健男先生の講演録です。掲載にあたり、編集部による抜粋編集の上、森島先生に校閲いただきました。 編集部】

※所属や肩書きは、季刊『道』に取材当時(2010年)のものです。

<本インタビューを収録『武の道 武の心』>

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剣道家にとって大事なのは一にも二にも稽古、
そして良い師につくこと

 剣道家にとって一番大事なのは何でしょう――稽古です。まず稽古です。第二は何でしょうか。第二も稽古です。稽古しないでいくら理屈を言ってもそれは駄目です。
 修行時代は先輩方にまず「稽古しろ稽古しろ、理屈はあとからついてくる」と。それが昔の指導のあり方でした。剣道は身体で覚えることです。頭ではない。それをいかに気合をつくるかということ、日常に活かすかということが目的です。とくに指導者の方はそういうことが非常に大事です。知っているということと出来るということはまったく別のことです。

 そして剣道修行の一番大事なことは、いい師匠につくことです。これを間違えますと剣道と違うところに行ってしまう。剣道は何のためにやるのでしょうか。これがわかっていなければ、目的がわからなくなってしまいます。
 弓を射る時に、的がわかっていれば、その的に矢を射れば間違いなく命中する。的がどこかがわからないようでは困ります。まず最初に「何のために剣道をやるのか」、その「何のために」ということによってその先が変わってくるんです。ところが初心者は「何のためにやるか」なんてわかりませんから、それは指導者の問題なんです。指導者がちゃんとした信念を持って、その信念に向かって一生懸命鍛錬する。若い人たちに身をもって示してあげる。これが本当の指導だと思います。だから根源的なことになれば、その人の人格、教養、そういうものがすべて問題になってきますから、「まず立派な社会人であること」、これが上級者に要求される第一番目のことではないかと思います。

 最近の日本はおかしくなりました。滅茶苦茶におかしくなりました。道徳なんていうものはまったくない。昔は、武士道と武道はだいたい同じ意味にとったことがあります。武士道の中核は武道精神です。昔は素晴らしい精神構造を日本人は持っていた。「持っていた」と言いましたが、今なくなっているから「昔はあった」と過去形になるんです。これを取り戻さないとならない。その取り戻す内容は剣道、武道と全く同じなんです。ですから剣道の修行によってそういう基礎的な〝昔あったもの〟を身につける。そして剣道家は真っ先に先頭に立って世直しをしなければならない。今の政治で世直しなどできるはずがない。それだけ我々剣道家に課せられた責任というのは大きい。まずそれを念頭に置きながら、立派な修行をしていただきたいと思います。
 
絶対に変えてはいけないものがある

 剣道修行で大事なことの二番目は「剣道技術に精通していること」。古い書物で、下川潮という人が書いた『剣道の発達』という本がありますが、これはたいへん素晴らしい本です。
 以下は、この『剣道の発達』の冒頭に出てくる文章です。ここには、これからの剣道のあり方というものが書いてあります。

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