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【連載】師の教えを活かす ①

どう出版

井上強一範士 合気道養神館館長

※所属や肩書きは、季刊『道』に掲載当時(2005年)のものです。


約束

 「一日のうちで、一つの約束だけにすること、しかし、どうしてもと言うときには、午前と午後に分けてすることが大事だ」――塩田館長から、研修生になったばかりのときに言われた。
 なるほど、できない約束はするなというように、人と約束するときには責任をもって、できる範囲で行なうことは大切で、このことは信用にもかかわってくる。
 以来、塩田館長の教えを守ってきたが、時には、少し無理を承知で人と約束をして、失敗したことも度々あった。その度に、この言葉を思い出し、反省することしきりであった。

 塩田館長は、約束の時間の十五分前には必ず到着していた。例えば、日本鋼管川崎製鉄に指導に行く際、川崎駅で午前八時に待ち合わせをすると、七時四十五分には必ず見えるのであった。必然的に弟子としてそれよりも十五分前に行き、お待ちするように心掛けた。

 館長との約束も度重なって〝慣れ〟が出て、時間ぎりぎりなときがあった。そのときの心境たるや穏やかではない。自分で自分を苦しめているのだ。修行は、何時如何なるとき、如何なる状況、場所でもできるのだということを実感した。約束というのは、他人との約束を守ることはできるが、一番の問題は、自分との約束である。

 後に、「合気即生活」と塩田館長が言われた通りである。人生すべからく約束で成り立っている。しっかりと、心して約束を果たさなければならない。

武士の飲み方

 ある会合に招待されて、会員の方に二次会に誘われて、塩田館長のお供で串田君と私が店に行ったときのことである。
 酒が入り、塩田館長の話を聞いていたとき、店の人達が来て、久し振りであったがため、挨拶やら無駄口を交わしていた。
 そのとき、塩田館長の大きな声が聞こえた。「お前達何時まで喋っているのだ、今、俺が話をしているのだ! 」「武士の飲み方を忘れてはいかん。酒が入っても、けじめをしっかりとしろ! 」

 驚いて居ずまいを正した。勿論、店の人も驚いていた。しかし、館長はその後はニコニコしながらまた談笑を始められた。我々は、それからは飲んだ気もしない状態だった。
 「君達ももっと飲め! 」、店の人達に対しても先ほどの叱声が嘘のようだった。「何もこの席でなくても後で叱ってくれても良いのに! 」と思い、帰り掛けに串田君とも話した。

 しかし、後で考えれば、あのとき叱られたから骨身に沁みたのである。次の日に言われたとしても、ピンとはこなかったであろう。
 必賞必罰という言葉もあるが、「今」が大事なのである。武道はもちろん、日常生活においても然りである。まさに、一瞬を大事にすることである。
 酒のほうは、自慢ではないがあまり飲めない。しかし、武士の飲み方だけは、大事にしている。

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養神館合気道 塩田剛三館長


―― 季刊『道』 №143(2005冬号)より ――


〈プロフィール〉
井上強一 いのうえ きょういち
1935年生まれ。 養神館合気道九段範士。1955年、中央大学在学中に養神館に入門、塩田剛三館長より指導を受ける。1970年、警視庁教養課兼警察学校に勤務、合気道を指導。

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