蓬莱同楽集3.5集(作品篇)其一

飯田周山(いいだ・しゅうざん)
プロフィール:常陸国笠間の片隅で、陶磁器を弄びながら、日々酒、時々自転車にて山林回峰と、懶惰な生活を送っております。ツィッターは@mantrapri 


【輪車行 巡訪筑波諸嶽】
判司憂忿在坊間
單騎好尋常世巓
銀午轔轔千仭澗
金鞍歷歷八州田
塵顔不顧驅青蘚
珠汗頻洶合紫烟
應識波山全面目
横行無礙似飛仙

(輪車行 筑波の諸岳を巡訪す)
判司の憂忿は 坊間に在り
単騎 好し 常世の巓を尋ねん
銀午 轔轔 千仭の澗
金鞍 歴歴 八州の田
塵顔 顧みずに 青蘚を駆け
珠汗 頻りに洶きて 紫烟に合す
応に識るべし 波山の全面目
横行無礙なること 飛仙に似たり

○判司…卑しい役人のこと。○坊間…街中。○単車…車のこと。ここでは自転車を指すものとする。○常世巓…筑波山のこと。茨城県は常陸国風土記で常世国と称されている。○銀午…銀の馬。自転車のこと。○轔轔…車の軋む音。○千仭…非常に深いこと。○金鞍…馬に乗せる金の鞍。ここでは自転車のサドルのことを指す。○歴歴…明らかなさま。○八州…関東一帯のこと。○塵顔…俗世の垢にまみれた顔。○紫烟…山の気が日光によって紫色に変ずること。○波山…筑波山のこと


自転車の歌 筑波の山々を駆け巡って
貧乏役人の憂いとは街中より生じるもの
愛車に跨がり、好し、常陸の国の峰々を巡ろう
銀に輝くこの馬が、カラカラと音を立てる深き谷川
金のサドルに跨がれば、ありあり見える関東平野の田畑
俗世にまみれた己の顔を忘れ、青い苔の上を駆ければ
珠のような汗はだくだくと湧き、山の気の中に溶けゆく
複雑な筑波の山容の数々も、すべて捉えることができる
その道行きの自由自在なさまは、さながら飛翔する仙人のようだ


▼昨年の九月にクロスバイクを購入して以来、休日はこの文明の利器を用いて野山を駆け巡っています。そのスピードはほぼほぼ馬に等しく、どのような急峻な道でも文句一つ言わずに駆け上がってくれます。(ただし運転する当人の肺腑はぎりぎりと悲鳴を上げておりますが…)過去の人々が馬を用いた日常の移動の感覚を、体にむち打ちながら追体験している次第です。山林や自然をテーマにした詩人の代表が盛唐の王維の詩の数々ですが、そのありさまを自転車という機械によって野山に分け入ることで追体験し、それが再び詩へと昇華される。このような現代文明を介した試みも、過去からの声に耳を傾け、現代の漢詩を作るためには有効な手段ではと、汗だるまになりながら思う日々であります。


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