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上野千鶴子「近代家族の成立と終焉」

上野千鶴子の「家父長制と資本制」は、新生児80万人割れという、日本社会の再生産の危機において、まずは繙くべき書だと思う(といって、出産が個人の意志決定であることは論を待たない)。

その次に読むのであれば、「近代家族の成立と終焉」だろう。各方面の社会科学の研究によって、「伝統的」という言葉がどれほど根拠のないものであるか、社会構造や生活様式がどれほど短時間で変化するかが立証されているが、本書も、現在の各種の制度の前提となっている「家族」像が、いかに短期間の通用性しかなかったか、というか、夫婦子ども2人専業主婦の核家族などというものが、本当に日本社会において主流だった時代などがあったのかということを分からせてくれるのが、本書である。

本書の白眉は、ファミリー・アイデンティティ(FI)で、社会学や文化人類学において「家族」を客観的に定義しようという試みが頓挫する状況で、「人が家族と認知するものは何か、どこまでか」という意味論的アプローチで家族を分析しようとしている点。

社会階層や階級論という分野でも、階級を「硬く」客観的に定義しようという方向から、階級意識の重要性の議論の重みが増すなか、家族を固定的に定義して、範囲を区切るのではなく、家族意識に社会的、そして法的基盤を与える方が、合理的な気がするのです。