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Tempalay『ドライブ・マイ・イデア』の感想

3月20日(火)、Tempalayの『ドライブ・マイ・イデア』が配信リリースされた。
すぐに聴いてしまうのがもったいないのと、体調が良くなくてきちんと聴けそうになかったのとで22日(金)にはじめて聴いた。
1日1回ペースで今までに5回聴き、検索して歌詞を読んだ。聴きたてほやほや(パンみたい)の時期は今だけなので、まだあったかいうちに思ったことを書き留めておきたいと思う。

曲を聴く前に思ったこと

まず映画の『SAND LAND』を見ておけば良かったと後悔した。一時期、次に何と言うか覚えてしまうくらい予告を見たのに……。
TempalayがEDテーマ曲を担当すると聞いたとき、映画の公開は昨年だったのに今更?と思った。調べてみると、映画をベースにしたアニメのテーマソングを担当したらしい。Disney+の独占配信らしいので、加入しなくては。

次に、イデアって何だっけとなった。プラトンの項目で読んだ記憶がある。勉強する良い機会なので家にある『哲学大図鑑』で調べてみる。
現時点で『SAND LAND』を見ていないし、漫画も読んでいない。もし作中に登場する概念を指していたら全くの見当違いではあるが、知るに越したことはないだろう。

イデアについて調べる

プラトンは、絶えず変化するこの世界の中に、いかにして不動で永遠なるものが存在し得るか探究した。
そして世界を、感覚を通じて私達に現出する「仮象」の世界と、知性を通じて把握され得る「真」の世界とに分割した。
知性を通じて知覚可能な領域こそが「真」の世界(イデア界)であり、私達の周囲の世界はそれをモデルにしてつくられたものに過ぎない。
プラトンのイデア論に従うなら、例えば私達がこの世界で出くわす全ての馬は、イデア界に存在する完全な馬の不完全なコピーだということになる(一番上の画像)。

では、私達はどのようにしてイデアを知るのか?
プラトンは、人間を「身体」と「精神」という二つの部分に分けられると考えた。身体には感覚器官があり、これを通じて物質界が知覚される。一方、精神(魂)には理性が備わっており、これを介してイデアの領域が知られる。
プラトンによれば不死で永遠である私達の魂は、生まれる以前からイデアの世界に暮らしており、死んだ後はその領域に戻りたいと願っているらしい。
感覚器官を通じて世界の中にあるイデアの不完全なコピーを見るとき、私達は忘れているイデアを朧気ながらに思い出すそうだ。

……分かるようで分からない!図鑑を読みながら書いてみたが、間違えていたらすみません。

曲の感想

はじめて聴いたとき「きらり ひとめおちて綺麗な色影」の部分が美しすぎて参ってしまった。このパートを2回繰り返すのも良いし、消えてしまいそうな綾斗さんの声に主張しすぎないAAAMYYYちゃんのコーラスがたまらない。やっぱりAAAMYYYちゃんのコーラスは、綾斗さんのボーカルに一番合う。
歌詞を全て聴き取れなかったので検索して読んだ。「優婉」が「you and me」に聞こえて、でもこの流れで英語は使わなさそうだと思って調べてみたら「優婉」というはじめて目にする日本語だった。

夏目漱石は色んな言葉を造ったと言われている。「牛耳をとる」を「牛耳る」と詰めたり、「野次を飛ばす」ことを「野次る」と言ったりしたのは漱石が始まりだとか。「則天去私」も有名だ。
歌詞を読んで、辞書にない言葉が多いなと思った。「ひとめおち」るという表現もないだろうし、「色影」「纏いた」つ、「とこしげ」もない気がする。
仕事でメールを送る際、誤字脱字誤用に気を付けている。だから辞書にない言葉は使わないし、意味があやふやな言葉は事前に調べる。
綾斗さんの思考はそういった縛りから自由な気がして、私にはない漱石マインド(?)がすごく良いなと思った。

歌詞の言葉一つで、心が軽くなる気がする。
私は自分で自分の首を絞めてしまうし、最近では窒息しそうになってはじめて首を絞めていたことに気が付く。己を律することは悪いことではないけれど、厳しくしすぎて病気になっては馬鹿らしい。
存在しない言葉を使う自由さや柔らかさに触れることが、思考の鎖をゆるめてくれることに繋がる。
なお、私が無知なだけで綾斗さんによる造語でも何でもない可能性は大いにある。

一番最後の「わたしはねあくまであなたに 会う日まで死なないわ 生きてゆく」という歌詞が非常に印象的だった。『大東京万博』の「死なないで生きていてね」という歌詞と比べてしまう。
歌詞に書かれた内容が綾斗さんの考えとイコールで結ばれるわけではないだろうし、歌詞に歌われている一人称が全て同一人物とは限らない。でも同じ人が書いているから比較してしまう。
「死なないわ 生きてゆく」と「死なないで生きていてね」。

綾斗さんのつくる曲には少しさみしい感じを覚えることが多い。『ドライブ・マイ・イデア』にさみしさを感じないわけではなかったが、「生きてゆく」という言葉に光が広がってゆくような印象を受けた。
「わたしはねあくまであなたに 会う日まで死なないわ」という歌詞は、つまりはあなたに会う日までは「生きてゆく」ということだ。死なないということは、生きるということだ。
1番は「わたしはねあくまであなたに 会う日まで死なないわ」としか歌っていないのに、2番では意味を重ねるように、強調するように、続けて「生きてゆく」と歌っている。それがすごく印象的だった。

『大東京万博』の「死なないで生きていてね」は、相手に対して生きていてほしいと願いつつ、自分の生死に対しては無関心に感じられた。
『ドライブ・マイ・イデア』の「死なないわ 生きてゆく」には、強い意思が感じられる。「あなたに会う」には、「あなた」も自分もその日まで生きてゆかなければならない。生きてゆくという自分の強い意思と、「あなた」にも生きていてほしいという思いが感じられる。
同じセクションでも1番は「流れるままでとりこにしたい」と自分の希望を歌っていて、2番は「流れるままに伝えてほしい」と相手への希望を歌っている。
だから余計に、続けて歌われる2番の「わたしはねあくまであなたに 会う日まで死なないわ」という言葉に、「あなた」にも生きていてほしいという希望を感じるのだ。

そうした言葉だけでなく、妖怪達が練り歩く百鬼夜行のような音(知識がなくて他の表現が分からない!)にも明るい光を感じた。

「生きてゆく」だけでなく「老いてく それで幸せ」にも、これまでの曲に感じたことのない印象を受けた。
生老病死は人間が避けることのできない苦悩で、老いることもその一つに入っている。でも歌詞では老いてゆくことが幸せだと歌っている。

先月『ゲーテ格言集』をパラパラと読んでいて目に留まったのが「老い」に関する記述だった。

体験したことをだれしも尊ぶことを知っている。年をとって思索し沈思する人は特にそうである。これだけはだれからも奪い取られないということを、彼は確信と心やすらかさをもって感じている。

高橋健二編訳『ゲーテ格言集』42頁

たまに綾斗さんに対して「何歳?」と思う。見た目の話じゃなくて、思考が凪いでいるというか。それを「老成」と表現するのはしっくりこなくて、うまく言葉が見付からない。
曲に感じるさみしさとは、具体的にさみしい内容を歌っているということではない。諦めのようなさみしさを感じる。
年を取ると多少のことに動じなくなる。まるで長く生きてきた人のような、人生二周目のタイムリーパーのような落ち着き。その冷たすぎず熱すぎない曲の温度と静けさがとても好き。

ところで、1番は「老いてく それで幸せ」とスペースが空いているのに、2番は「老いてくそれで幸せ」とスペースが空いていない点が気になる(細かい)。
参考にしたUta-Netが誤っている可能性もないとは限らないので、『((ika))』が発売されたら歌詞カードを見てみよう(しかしUta-Netは間違っていない気がする)。

「浅い温度差」という表現も良く……このままだと歌詞の全てに言及しかねない勢いでずっと喋っている。
温度は高い方から低い方に移動する性質がある。浅い温度差ってことは同じくらいの体温なのかと思う。
体温の違う人同士が抱き合って十分な時間が経過したら、同じくらいの体温(熱平衡)になるの?誰か私に物理学を教えて。

時間的な長さに関する言葉が多いとも思った。「永く」「あまり余る生涯」「老いてく」「毎夜」(夜な夜なという意味なので繰り返す、長いイメージがある)、「その日まで」「とこしげ」。

「とこしげ」は綾斗さんの造語だと思う(「造った」という自覚はなさそう)。いつまでも続くという意味の「とこしえ」はあるけれど、「とこし"げ"」はないと思われる。
「~げ」は、「悲しげ」や「大人げ(ない)」のように「~そうだ」「~らしい」という意味を表す。
辞書によると「とこし」は「いつまでも変わらない」という意味なので、それに「げ」が付くのは「いつまでも変わらなさそうに」ということ?

人によっては歌詞に意味はなく、メロディに言葉を当て嵌めるように作詞する人もいるらしい。
私みたいに歌詞の部分を拾って「ここはこうなんじゃないか」とか、辞書を引いて「こういう意味なんだ」と知る行為に何の意味があるのかと思う人もいるだろう。
私は文学者でも考察班でも精神科医でも何でもないから、ただ考えたくて考えている。思う、感じる、考える、それ自体が楽しい。
仕事の合間を縫ってつらつらと書き出してみたけれど、仕事中も考えたくて仕方なかった!
これから5月発売予定のアルバムを通して聴いたり、ツアーで聴いたりして(聴けますように)また色んなことを感じるだろうから、この日記はここまでにしておこう。そうでもしないと終われない。曲が素晴らしくて感想が止まらないので。いつもありがとうございます。

『百鬼夜行絵巻』にいる子と出掛けたときの写真