旅行記(6):プラハ朝-城
パッケージツアーの旅行記を書いています。
自分のための覚書です。
<(5/26)
プラハ1泊目の朝。
7時過ぎから0階のレストランで朝ごはん。
場所が無かったので同じツアーの人とシェアした。
このホテルのパンはあまり口に合わなかった。
友人はハムとチーズを合わせて上品にとても美味しそうに食すので、自分もと試みるが、ちょっと厳しかった。
ズッキーニかと思ったが、この大きさでなかなか美味しいキュウリの味だった。キュウリタワーを作り、お腹に詰め込むことにした。
8:30にホテルを出発する。イヤホンガイドを忘れかけた人がいた。
前方の席に座った。
ホテルを出てやや後、バスの運転手さんは細い道を曲がろうと結構四苦八苦する。なぜ太い道を経由しないんだ、とちょっと思った。個人的には地元の暮らしというか路駐のすごさを垣間見ることができ、なかなか面白かった。添乗員さん曰く、イタリアはもっとテトリスのように縦横もバラバラ・重層(外側の車が出ないと出れない内側の車がある)ながらなんとかなっているらしい。「どこに誰が止めるかが決まってるんでしょうねえ」とおっしゃっていた。
バスが経由した(かもしれない)道。この黒いゴミ箱と駐車している車列の隙間(のような隙間)を筆者らを乗せた大型バスは通った。(GoogleMapで確認を試みたがどこだか分からなかった。)
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通り抜けた際の喜びと共に。
Solidarita 電停
トラムの軌道はレンガっぽい。
この駅の東側から先の軌道は緑が生えていた。
トラム。
プラハ駅を陸橋で越えた。テンションMAX。結局自分で近くには行かなかったが。
駅に沿って北上し、フラーフカ橋だか、フラーヴクーフ橋だかを渡った。
綺麗な石畳と併用橋。
日本に帰りたい。(誉め言葉)
市電の交差・曲がり角による電線の交錯に、ちょっと慣れてしまった。個人的には景観を損なっているという思いは無い。
渡ってきたトラム↓
Ministerstvo průmyslu a obchodu
バスは、城への車道を登っていく。
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トラムの軌道だけ石畳なところ
ピントが合っていないが、我々がバスを降りた場所近辺のトラム。ここは車道も石畳。
今日はもうバスに乗らないので、必死に荷物をまとめ、降りた。
イヤホンも持つ。現地ガイドのおじさんと合流。
プラハ城エリアに入場するためには身体・荷物検査が必要だった。わりと並んでいた。その間、いろいろ服を脱ぐ。どこまで脱げばいいのか。荷物検査は結構てきとうだった。身体検査のゲートの隙間に荷物を置き、ゲートを通過したら荷物を取るが、そのわずかな隙間に、海外なのに荷物から離れる恐怖があった。しかし、引っかかってなにか聞かれても、言語が分からなくて答えられないぞ(今思えばプラハ城で英語が使えない可能性とはなのだが)という恐怖が勝り、服の内側で斜めがけしようとしていたパスポート入りサコッシュまでもを脱いだ。脱げたから。なぜ脱げたのか覚えていない。
もちろん無事でした。
素敵な石畳。
橋を渡った。衛兵さんがおり、隣で写真を撮ってもいいとガイドさんに言われたので撮った。かなり顔が嫌そうだった…。
橋の側からの、教会の写真はここだけでしか撮れないということを聞いたので撮った。しかし逆光気味であったので要らなかった気もする。
ハリーポッターの寮っぽいと思った。
チケットがぺらぺらの紙で、バーコードで各入口の機械にかざして入るのだが、しまう場所に困った。
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衛兵との記念撮影に多くの学生が並んだので、次のゾーンで結構、全員が揃うまで待った。身体検査で一度しまったイヤホンを身に付ける。
聖ビート教会に入る。Katedrála sv. Víta
教会の中にチケットゲートがあることが面白いと感じた。チケットをかざし、一周するゾーンに入場した。
床の下に、人が埋まってるという話を聞いた気がする。怖い。(下の写真)
需要がなさそうな床を上げておく。
たくさんステンドグラスだが、その中の図にはひとつひとつ意味があるらしい。ブタペストの英雄広場で説明をしてくれた方同様、現地ガイドには豊富な知識が求められるものなのだなあと感じた。ほぼ忘れた。もったいない。
反射が好きだと思った。
建てられた時代が異なり、建物の壁の色も途中で異なるのだという話を聞いた。
塔のこの時計2つにも意味があるような話を聞いた気がする。忘れた。
落書きではない壁画文化を初めてみた気がした。
教会をバックにツーショットを、添乗員さんに撮ってもらう同じツアーの人々。しかし自分たちは撮ってもらいそこねた。まあ他の人たちが美しくて眼福だったのでよし。
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ガイドさんや他の人々の後ろにくっつき、建物の中に入った。
作りを全然覚えていない。
ウラジスラフホール Vladislavský sál
レーザーカッターで使われそうな板に、編んでかごを作りそうな紐がくっついているような、屋根。紐っぽい部材の隙間にいくつか顔があった。正直、気味悪いと感じた。
絵が飾ってある部屋にも入った記憶がある。
突き当りくらいの部屋の窓から、突き落とされた人々がいたらしい。生きてたらしい。すごいな。
誰かが突き落とされた窓からの景色。わりと綺麗。
置いてかれかけて慌てて戻る。ガイドさんから離れすぎると、イヤホンから音がしなくなる。
途中、歩いている地面より1階分ほど低いところが下(写真の地面)な空間があった。城についての歴史展示の場所らしい。手前に、下に行く階段があったらしいが、ingressしていたし見逃した。
振り返ると、さっきまで居た教会が太陽に当たっていた。
ブラチスラバよりは歩きやすい石畳。東京にありがちな、噴水みたいな扇型が重なっているもどき石畳の原型はこれか、などと思う。
聖イジ―教会入口
ウェディングドレスとか似合いそう。普通にこの階段を上っておりた。人気も少なく、この教会のほうがさっきの大きなものより気に入った。
壁構造なので窓が少ないといった話を聞いた気がする。
教会を出て、進み、この角を左に曲がって、黄金の小道へ入場した。(ゲートあった)
自由行動しばし。2階も登ってみたが有料ゾーンぽい右手突き当り、鎧が怖かった。
ちょっと高級なしおりを売っている店、生活の場として使われていた時が再現された空間などあった。
ゲート突き当りを左に行った突き当りには大砲があった。そして地下への入り口があったが、ブラチスラバを思わせる入口(拷問などっぽい)だったため、やめた。日本語を話す青年が2人ほど居た。互いにちょっと気にしていた。
小道の突き当りの階段を降りたところが集合場所。
中欧の階段が降りてきた階段。この右側に、次の写真のような
石像が居た。
眺めはそれなりに良かった。
川が見えた。
カフェの横を突っ切り、ゴルフカートもどきの煽りに震えながらサクサク歩いて大通りまでまっすぐ降りた。
石畳
市電の駅の付近で(地下鉄?の駅もあったっぽい)たばこやで切符を買う人等のため、しばし立ちどまる。
チェコに居り、このあと会う友人に切符を買ってもらうことにした。一回一回買った方が安かったかもしれない。友人がややぷんぷんしていた。ごめん。でも喧嘩して別行動ね!って言わないあたり筆者のsisterよりすごい。ありがとう。
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