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東京海上日動、生成AIでプログラミング工数44%削減を実現

はじめに

保険業界の巨人、東京海上日動火災保険が、システム開発の新たな地平を切り開こうとしています。同社は、生成AI(人工知能)を活用したシステム開発の効率化に乗り出し、驚くべき成果を上げました。基幹システムの新規アプリケーション開発や仕様変更において、設計書からAIによるコード生成を行う実証実験を実施したところ、新規開発におけるプログラミング工数を44%も削減できることが明らかになったのです。

この画期的な成果を受けて、東京海上日動は2024年10月から実際の業務での生成AI活用を開始する方針を固めました。この動きは、保険業界全体のデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させる可能性を秘めています。



生成AI活用の背景

では、なぜ東京海上日動はこのような挑戦的な取り組みを始めたのでしょうか。その答えは、東京海上日動システムズのITインフラサービス本部インフラソリューション三部部付部長である山下裕記氏の言葉に集約されています。

「人間にしかできない、戦略的な業務に人員を投入したい」

この一言には、単なる効率化を超えた、より深い狙いが込められています。技術革新が急速に進む現代において、人間の創造性や戦略的思考が最も価値を発揮する領域に人材を集中させることは、企業の競争力維持・向上にとって極めて重要です。

山下氏らのチームは、この目標達成のための第一歩として、生成AIと親和性の高い領域であるプログラミング工程での活用を選択しました。プログラミングは高度な技術を要する一方で、ある程度のパターン化が可能な作業も多く含まれています。ここに生成AIを導入することで、大幅な効率化が見込めると同時に、開発者たちをより創造的な業務に振り向けることができるのです。

実証実験の概要

2023年9月、東京海上日動システムズと日本IBMは共同でコード生成の実証実験を開始しました。実験の対象として選ばれたのは、全国の拠点からの保険金請求に対応する損害調査システムです。このシステムの選択には、いくつかの重要な理由がありました。

まず、このシステムは米Guidewire Softwareのパッケージソフトウエア「Guidewire ClaimCenter」を採用しています。保険業界で広く使用されているこのパッケージを対象とすることで、実験結果の汎用性が高まります。

さらに注目すべきは、開発に使用されているプログラミング言語「Gosu」です。山下氏は、Gosuを選んだ理由を次のように説明しています。

「GosuはJavaに似たマイナーな言語であり、この言語でコードが生成できればJavaなど他の言語でも生成AIを適用できると考えた」

この選択には深い洞察が込められています。マイナーな言語でも成功すれば、より一般的な言語での応用が容易になるという考えです。これは、将来的な技術の横展開を見据えた戦略的な判断といえるでしょう。

コード生成プロセス

実証実験では、東京海上日動システムズと日本IBMが共同で、設計書からコードを生成する一連の工程を実行できるアプリケーションを開発しました。このプロセスは、単純なようで実は非常に洗練されたものです。

まず、開発したいシステムの設計書を準備します。これに加えて、類似するサンプルの設計書とソースコードも用意します。これらの文書をプロンプトとして大規模言語モデル(LLM)に入力することで、コードの生成が行われます。

しかし、ここで一つの重要な課題が浮上しました。日本語の設計書をそのまま入力するだけでは、LLMは十分な精度のコードを生成できなかったのです。この問題に直面した開発チームは、創造的な解決策を見出しました。

それは、LLMで設計書を英訳する工程を追加するというものです。この一見単純な工夫が、コード生成の精度を大幅に向上させる鍵となりました。日本語特有の曖昧さや文脈依存性を英語に変換することで、LLMがより正確にコンテキストを理解し、高品質なコードを生成できるようになったのです。

この工夫は、日本企業が生成AIを活用する際の重要なヒントになるかもしれません。言語の壁を越えて技術を活用する方法として、今後他の企業でも参考にされる可能性があります。

成果と今後の展開

実証実験の結果は、期待を大きく上回るものでした。新規開発におけるプログラミング工数を44%も削減できたのです。この数字が意味するところは極めて大きいといえます。

プログラミング作業の効率化は、単に時間とコストの削減をもたらすだけではありません。開発者たちが創造的な思考やより複雑な問題解決に時間を割くことができるようになるのです。これは、システム開発の質的向上にもつながる可能性があります。

また、人的リソースの戦略的な配置も可能になります。定型的なコーディング作業から解放された開発者たちを、新しい技術の研究や革新的なシステムの設計など、より付加価値の高い業務に振り向けることができるでしょう。

さらに、システム開発全体の生産性向上も期待されます。開発サイクルの短縮や、より多くのプロジェクトの並行実施が可能になるかもしれません。

これらの期待を背景に、東京海上日動は2024年10月から実際の業務での生成AI活用を開始する方針を固めました。この決定は、同社のデジタル戦略における大きな転換点となるでしょう。

まとめ

東京海上日動火災保険の生成AI活用は、保険業界におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の先進的な事例として、大きな注目を集めています。プログラミング工数の44%削減という成果は、単なる数字以上の意味を持っています。それは、テクノロジーと人間の協働による新たな価値創造の可能性を示唆しているのです。

この取り組みは、保険業界に留まらず、日本の企業全体にとって重要な示唆を含んでいます。生成AIの活用が、業務効率化だけでなく、人材の戦略的活用や新たな価値創造につながる可能性を示したからです。

今後、東京海上日動の取り組みがどのように発展し、他の保険会社や金融機関にどのような影響を与えるのか、業界全体から熱い視線が注がれています。生成AIの活用が、保険業界のイノベーションをさらに加速させ、ひいては日本企業全体の競争力向上につながることが期待されます。

テクノロジーの進化と人間の創造性の融合。東京海上日動の挑戦は、その可能性を示す重要な一歩となったのです。