先端技術を説明するためのレトロニムの使い方

私がVRに触れてきて興味深かったことにがあります。
いわゆるVR界隈では「VR空間」と「現実空間」の2つを暗黙の裡に使い分けて、みんな両方の入り混じった会話を難なくこなしているのです。

VR技術が登場するまではSF以外にそんな芸当は必要としなかったと考えると、こうした適応は後天的に起こるものであり、案外簡単にできるものかもしれません。
しかし、VRのような先端技術を紹介する相手が、皆して柔軟に受け入れてくれるとは限りません。私はパソコンの使い方にさえ疎い家族に説明するときにも、多大な苦労を強いられました。

ではそもそも、そういった先端技術に慣れ親しみ当たり前とするまでにどのような過程を経ているのでしょう。
私は「レトロニム」がキーワードになると思っています。

レトロニム(英語: retronym)あるいは再命名とは、ある言葉の意味が時代とともに拡張された、あるいは変化した場合に、古い意味の範囲を特定的に表すために後から考案された言葉のことを指す。 一つ例を挙げるのであれば、カメラにおいてデジタルカメラが出現したことで従来型の銀塩写真カメラを「フィルムカメラ」と呼ぶようになったり、ビデオカメラの登場で写真撮影を主目的とするカメラを「スチルカメラ」と呼ぶようになったりという現象である。
Wikipediaより引用

言葉の本来の意味が拡張された時、内包する事象を再命名することがレトロニムの役割です。普通は、意味範囲が過度に広すぎる場合に、より具体的な事柄を表現するため使われます。

人は生まれつき未知の外敵に警戒します。
自身の見知った事物を基準として考え、そぐわない異物を徹底的に排除することで心身の安全を図ります。
得てして新しい概念もこういったセンサーに引っかかってしまい、不信感のハードルを越えられずに終わります。

閉じた既成概念で受け入れられるためには、その村で通じる言語に再翻訳して理解を得る手間が必要になるのです。
つまり、厳密性は一旦置いておいて馴染み深い事物に関連付けなければいけないのです。


例えば、私はVRを説明する際、
「(HMDを指さして)中に小さなPCが入っていて、持っているデータをジオラマみたいに上手く組み立ててから画面に表示しているんだよ」
と表現することがあります。

厳密にはいろいろ突っ込みどころのある説明ですが、3DCGの概念を落とし込み、材料から再構築するという共通点からジオラマを比喩に使っています。
より良い表現はあるにしても、多くの場合は上記の解説である程度理解してもらえます。
ここで、仕上げの一言を付け加えます。

「紙や粘土、プラスチックの『生の』材料を使って、『手で』組み立てて、『ガラスケースに飾って』見るのがジオラマ。画像や音声、3Dデータの『デジタルな』材料を使って、『計算して』組み立てて、『ディスプレイに映して』見るのが『VR』。つまり、『VR』はパソコン上の『ジオラマ』だよ」

これは何をやっているのか。
まずは、VR技術を翻訳して「ジオラマ」に近い「VR」に、相手の世界に向けて単純化します。VRを「何か難しいことをやって空間を作っている技術」から「ジオラマ」の一種だと認識してもらうのです。
※「ジオラマ」は本来の意味としてのジオラマを、「VR」はVRを「ジオラマ」に関連付けて変換した概念、「ジオラマ」は「VR」も「ジオラマ」も含む上位の概念として表しています
ただ、そのままではどう「ジオラマ」に近いのか不明で、依然異物感が残ります。
そこで、「VR」を内包して拡張された「ジオラマ」の大枠の概念から、本来の「ジオラマ」と無理矢理突っ込んだ「VR」を改めて切り離しにかかります。
ここで、レトロニムの考え方、すなわち既存の「ジオラマ」を再定義してあげることで、それに対応した形で「VR」も定義し直すことができます。
間違いを恐れずにこの過程を踏むことで、少なくとも相手にとっては異物であったVRを、「VR」として認識可能な範囲に持ち込むことが出来るのです。

レトロニムは私たちの住む世界だけでなく、あらゆる世界を表現しうるのではないかと思っています。
しかも、画期的に飛躍した媒体ではなく、既成概念を見つめ直し再定義する工程を持つことにより、今いる世界への理解を深めてくれるメリットも持ち合わせます。
VRの説明で用いる際に、ジオラマについては色々と調べてみましたし、模型に関心を向ける良い機会になりました。

単純に言葉としてもお洒落でロマンを持ち合わせたレトロニム。
皆さんも是非使ってみてください。

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