見出し画像

裁縫道具



あの時の私は、人生の長さを知らなかったのだと思う。まさかこんなに長い付き合いになるとは。気が付いたら何年も使っている道具がある。指折り数えると15年以上も前から。

私にとって、その一つが裁縫道具だった。

裁ちばさみ、糸切ばさみはまぎれもなく15年以上使っている。全然へこたっていなくて切れ味抜群だ。

このはさみたちに出会ったのは小学生の時。

「こんなにかわいい裁縫道具箱があるのか…!」と心躍らせながら小学5年生の私は、封筒に印刷された色々なデザインの裁縫道具箱に目を光らせていた。ずっと母の錆びた裁縫道具を使っていたから、過去から現代にタイムスリップしたような気持だった。

その中からデニム調のデザインのものを選び、あたりまえのように母に封筒の中にお金を入れてもらった。届くのは一か月ほど先らしい。


一か月後。
想像通りの裁縫道具箱が、今、目の前でキラキラ輝いている。

中を開けてみると新品の道具たちが透明の袋の中で待ち構えている。これまで母の裁縫道具しか使ったことがなかったので、きらびやかにアップデートされた道具たちに心奪われていた。平成の時代の裁縫道具はこんなにも素敵なんだ。

ただ、すぐに気に入らない点を見つけてしまった。裁ちばさみカラーが紫色、糸切ばさみのキャップの色がくすんだ青色なのだ。それらの色があまり好きではなかった。one of them感がすごい。もうちょっと大人っぽいデザインが良かったと思った。裁ちばさみに関しては、母の年季の入った黒色の持ち手のものの方がかっこいい。家に帰ったらそれに取り換えよう。昭和の時代の良さに気づいた瞬間だった。

が、残念なことに母の裁ちばさみはサイズが大きくて裁縫道具の中には入らなかった。非常に残念だけど、お小遣いがたまったらかっこいいのを買おう、そう思ったことを覚えている。


糸切ばさみには紫色の羊のシールが貼ってある。
本体のデザインが好きじゃなかったからシールでデコって気を紛らわしていたのだろう。デコるという言葉も15年ぶりくらいに使った気がする。二軍だった羊シールが、糸切ばさみの幅に完全フィットして感動したのを覚えている。

気づけば15年以上も一緒に過ごしている。紫色も、くすんだ青色も、今は気にならない。あの頃の自分は物を買ってもらって当たり前だった。今とは人格が変わりすぎて、他人のように思えてしまう。それなのに私が初めて針と糸を持ったのは2歳と聞いたとき、他人とは思えなくて不思議だなぁと思う。普通のはさみは何度も買い替えているのに、裁縫のはさみに関しては一度も買い替えていないのも不思議だ。

冷静に考えると、裁縫道具は頻繁に買い替えるものではないので、15年使うことも珍しいことではないかもしれない。

今の私もまた、人生の長さを知らない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?