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宇宙人の皮算用~カバン編~

 宇宙人の苦手な夏に向かって蒸し暑くなってきた。箱から小型扇風機を出し、ブランケットを代わりに詰めて片づける宇宙人。扇風機はエアコンが苦手な宇宙人の頼みの綱なのだ。勿論摂氏40℃の盛夏には太刀打ちできないが、30℃前後までならこれで十分。しかし早くも五月から冷房漬けの生活習慣の世間がエコとか脱炭素とか嘯いているのは、ちゃんちゃら可笑しいのだ。
 厳密に言えば扇風機とてエネルギーを消費しているのだから、本気でエコるなら団扇が正解なのだが、エアコンのエネルギー消費に比べれば文字通りそよ風である。そよ風に吹かれて風鈴の音を聞き、浴衣姿で冷えた水菓でも食べれば、十分な涼と優雅なひと時を得られるではないか。豊かさとはこういうことではないのか、と自作の摩周湖ブルーのぐい飲みに冷酒を注ぐ宇宙人。今度はゴブレットでも作って、スーパーで買えるクラフト缶ビールを注いで悦に入ろうかな。

 なに、宇宙人のくせに贅沢な、だとう? いいんだよたまには。最近カバンを作って臨時収入があったから。画像は某革ブランドのパチモンレジ袋と、ビリービンの勇士像を模写した革工芸カバン。前者は友人が見つけてきて注文をくれた。品切れの人気商品だったのを宇宙人に安く作らせる賢きわが友人。でも見た目のオシャレ度に反して実用的とは言えないカバンであった。構造上、間口が狭くモノを入れづらいのだ。レジ袋だからリンゴや缶詰など転がっていい物は入れやすいが、書類はまっすぐ入らず折るかたわめるかしないといけない。まあ書類をレジ袋に入れる人もいないけど、通勤カバンではなくオシャレバッグであった。勉強になりました。
 ビリービンは正月にクラフトが完成していたのだが、中途半端なサイズにつき仕立てあぐねていたもの。レザー教室の先生は「額縁に入れて飾れ」と勧めてくれたが、壁に絵を飾れるほど我が家は広くないのである。実用主義の宇宙人はカバンが良いと思い、縦長にしようか横長にしようか、持ち手が絵にかからない工夫をどうするか、等々で構想四か月の後、遂にかような形に昇華された。我ながら良い出来である。アート系の友人は絶賛してくれた。絵の左に付け足した色革の位置が、騎馬の進む方向であるのが良く、これが逆ではいけないという。そうそう、宇宙人も迷ったんだけど、右ではなく左が良いと判断して正解だった。持ち手も絵にかぶらず、アート性が高まった。
「これは工芸品として売れるよ」と友人。
「でもクラフトに何十時間も掛かっているから、パチモン色革カバンのように安くはないよ」と一丁前の口をきく宇宙人。
「この絵に著作権はかからないの?」
「かからないよ。ビリービンは帝政ロシアの人だよ。ソ連より前だよ。北斎くらい旧い人だよ」

 正確には北斎よりちょっと後だ。北斎は西欧を通じて帝政ロシアに入り、ビリービンほか当時の画家たちに刺激を与えた。北斎の「神奈川沖浪裏」によく似たビリービンの作品も残っている。どちらも版画を多く描いた人だから通底するものがあるのだろう。同じくアートな職業である能の先生も「高く売れるんじゃないの」と宇宙人をおだてる。
「じゃあこの種の工芸カバンを数点作って、売上で舞囃子をやりましょうか」
 舞囃子とは、能の見どころの部分だけで構成される15分程度の演目で、素謡だけで舞う仕舞と違って、笛や太鼓の囃子が付く。大層お金が掛かるので宇宙人は一生縁がないか、宝くじでも当てて死ぬまでに1回やるかといった考えであった。ここへ来てレザークラフトが思わぬダークホースになるやもしれぬな。くじや馬券を当てるよりは確実な気がする。一点作るのに最低七日はかかるから、お値段〇円として、これを4点作れば合計〇円に、5点作れば〇円に…と皮算用を始める宇宙人。宇宙人の皮算用って大体失敗するんだよな。まだ売れると決まったわけでもないのに。
 皆さんはどう思います? 牛革で頑丈な手縫いのオリジナルカバン。クラフト部分は色を塗っても塗らなくても経年変化で飴色に変わってゆくが、カバン自体の寿命が長いので、色の変わるカバンと共に人生を歩む感じだ。気温が上がったからといって散文的にエアコンのスイッチを入れる人ではなく、扇風機や窓からのそよ風に風鈴を聞いて、朝顔の柄の浴衣の帯に金魚の絵の団扇を差し、かき氷を掬いながら窓の向こうの花火を眺めて涼を得る。そういう時間の過ごし方を好む人なら、我がクラフトカバンとは相性が良さそうだ。合皮のカバンを2年毎に買い替えるより、本革のカバンを10年使う。どうですか。〇円くらいで。なに、いっそクラファンにしろ? そういう手もあるね。

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