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算命学余話 #G110 「良きストレスと訓練」

 前回の算命学余話#G109「大金が仇となる」で模擬鑑定したギャンブル依存症の人物が数年に亘って賭け続けた総額は200憶円を超えていたけれども、それでも回収率は78%ほどだったので負け損は62億円に留まったということです。競馬や競輪など合法賭博の愛好者の感覚では、「8割回収できたら大勝ち」だそうです。なるほど。ただ今回は金額が膨大なのと、他人のカネを使って賭けていたことが問題で、いずれにせよ少額で済んでいたなら「8割勝った」と自慢できる賭博話で終わっていたはずです。盗まれた方も62億円ではなく620円だったら、酒の一杯でもおごらせれば許してくれるでしょう。何事も程度問題ということです。極端が不幸を招く。

 算命学も極端を嫌います。陰陽五行論では、陰陽は昼と夜のようにつながっていて、夜明けと夕暮れのようにその境目付近は陰陽の差が見分けられないほど曖昧です。逆に真昼と真夜中に当たる両極は陰陽差がはっきりしていて、これを全体として眺めれば陰陽グラデーションを形成している、という世界観が基本になっています。元より算命学は陰陽を論じても善悪は論じないので、陰陽両極のどちらが良くてどちらが悪いかという話はしないのですが、両極端に偏ると重みが一方向にかかるため、バランスを崩して事故を起こしやすいという危険性は指摘しています。人間については、事故を起こすと大抵よからぬ結果を招き、本来あるべき寿命を縮める恐れがあるので、算命学は人間の生き方が極端になることを避ける方向へ助言を出すのです。

 とはいえ、昨今の社会は極端を避けるどころか男女差はじめ「差異」があること自体を嫌って、眉唾ものの「平等」を掲げるのが好きなようです。算命学者の目には、これもまた「極端」な平等主義に見え、好ましく思えません。
 昼と夜が一年を通じて等しい長さであるように、陰陽もまた五分五分の配分で存在しています。しかしその境目には陰の混じった陽の時間の「夜明け頃」もあれば、その逆の「夕暮れ時」もあり、少し時間がずれればまた違った色の濃淡の陰陽のブレンドになる。昼夜五分五分の瞬間がごくわずかであるように、人の世の陰陽もきっかり五分五分のところはごくわずかです。陰陽どちらかに寄っているのが大部分であり、この大部分は陰陽「平等」とは言えないけれど、だからといって悪いことでもありません。それどころかごく自然です。昨今の平等主義はこのわずかな「五分五分」を全体にまで押し広げようとする試みであり、普通に考えれば不自然ですから、早晩破綻します。そんな破綻事項に人生の大切な時間と労力を費やすよりも、もっと別の価値観で多くの人の心を豊かにする方策を論じてほしいものです。

 現代社会が忌避している「ストレス」もそうです。これもまたストレスフリーばかり持てはやしても自然とは言えません。人間にはある程度のストレスが必要だからです。極度のストレスは死に至りますが、ストレスがゼロでも人は死にます。その点は、生物学からも最新の身体論が報告されています。非常に興味深い内容なので、以下に概要を掲げておきます。

――体の細胞は外部、つまり体とやりとりしながら協力し合って生命活動を支えている。なぜなら個々の細胞だけでは生命を維持できないからで、細胞は自ら数を増やして集合体となり、更に集合体にそれぞれの役割を担わせることで、一個の生命体として生命を維持できる。
 生命を維持する細胞は、①細胞骨格と、②細胞外マトリクスとに分けられる。①細胞骨格は、細胞の骨格と物質の運搬をしている。②細胞外マトリクスは、細胞が合成する物質であり、細胞が細胞外に分泌して自分が形を作るための足場として用いる物質である。また他の細胞とくっつく作用もある。細胞は①と②の助けがないと死ぬことが判っている。つまり生命活動は、細胞の外部からも協力を得て活動しているということである。外部からの助けを得るには刺激となる「ストレス」が必要であり、それも「良きストレス」が必要である。
 どういう仕組みか、まず「ホメオスタシス」について説明する。例えば、37℃の細胞を一気に43℃まで上げると全て死んでしまうが、間に40℃をはさんで時間をおいてから43℃にすると、半数が生き残る。この働きをホメオスタシスと呼ぶ。ホメオスタシスは「ストレスたんぱく質」、即ちストレス下で発現する、細胞を保護するたんぱく質群のことである。
 細胞がストレスにさらされると、ストレスに弱いたんぱく質が壊れかけるが、これを元に戻そうとたんぱく質の合成と分解が促される。また、分解に必要な物資を運ぶ手伝いもする。こうした働きにより、ホメオスタシスは維持されている。これを繰り返すことで、細胞は「応答能力(連携する力)」を高めていき、「適応力」をつけている。そのために、ストレスは段階的でマイルドなものが望ましく、これを「良きストレス」と呼ぶ。
 次に、細胞は足場がないと活動できず死んでしまうということ。例えば、地球の重力がないと生物は生きられないし、地上で人間が運動会の「綱引き」をする時も、足が地面にしっかりついていないと綱を引く力が出せない。その足場(生存のための足場)を、細胞は自分で作っている。まるで人が家を建てて、そこで生活を営むように。この足場が②細胞外マトリクスである。
 細胞外マトリクスは二種類あり、一つは引っ張りに対抗するタイプ(例:コラーゲン)、もう一つは圧縮に対抗するタイプ(例:ヒアルロン酸)である。細胞は人の体内にあるので、人の姿勢や動きの影響を細胞外マトリクスが受けることになる。人の身体が柔軟ということは、細胞外マトリクスが柔軟であるということだし、「良きストレス」によって柔軟な細胞外マトリクスに変える(「訓練する」と言ってもいい)ことが可能である。一番簡単なのは、体幹を立てて直立すること。二足直立という姿勢は、重力に適度に抗っているため不安定で、しかし過度な不安でもないことから、「良きストレス」に当たる。直立すると、足や腹筋へストレスが掛かって適度に鍛えられる。更にコラーゲンなどは、折りたためる柔軟構造で、手足や腰を折りたたんで伸ばす、という人の動きと共通している。――

 細胞で起こっている事象や構造は、拡大すれば人体全体となり、更に拡大すれば人間社会となり、宇宙全体となる、という算命学の極小極大思想と、この生物学的アプローチは通底していたので、取り上げてみました。皆さんはピンと来ましたか。ストレスフリーに偏った生き方がまずい理由に繋がりましたか。それとも全然繋がらない別の話のように聞こえましたか。
 今回の余話は、この「良きストレス」からヒントを得て、我慢強さや諦めの良さについて、星並び的に考察してみます。十大主星の性質から既に説明済みのものは改めて取り上げませんが、それ以外に鑑定でよく使われる技法について言及します。

 ここで言う「良きストレス」とは、広い意味での訓練のことです。免疫学の世界では、「自己免疫」や「集団免疫」「習慣免疫」の他に、「訓練免疫」というものもあるそうです。訓練することによって身に付ける免疫力というものがある。しかし免疫に限らずとも、訓練すれば体や心、人生にとって良い事は沢山あります。楽をしてぼんやり寝ていれば万事安泰というわけではないのです。宇宙空間に滞在する宇宙飛行士だって、無重力の宇宙船内で筋トレしなければ、地球に帰ってきた時重力に負けて立ち上がれないのです。私たちが地上で立ち歩きができるのは、重力に抗って動くという訓練を日々行なっているからです。

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