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がらんどうDANGER

※この物語はフィクションです。

あらすじ


すすむは経済的な理由と退廃的な適応の為に、虚像のモンスター''トラジャド''と住んでいる。
ある日トラジャドは奨に交換条件を言い渡すのだが…。

△誠・喰

 奨はインターネットを絶っていた。
学生の頃に好きだったインフルエンサーのモーニングルーティンを観るという謎の習慣に嫌気がさしたのだ。
二〇二二年現在。
自分はもうすぐ成人を迎えるというのに、他人のルーティンを覗くなんて余程の魅力がない人間でなければ大抵は興味等湧かないものだろう。

その通りだ。
何せ対象は昔付き合っていた異性だったからだ。
世の中何が起こるか分からない。
ついこの前まで彼女だった者が配信して教祖となる。
別に今となってはどうでもいい出来事だがせめて視聴回数に貢献して恩を着せてやろうと思ったのだ。
喧嘩別れしたわけではないから恨みも何も無いがこれくらいの発散ならお互いにダメージを受けずに済む。
本当に女性の記憶は上書き保存かこの目で確かめて見たかったというのもある。
そもそも奨はルーティンというのは誰かに見せるほどの大層な物じゃないと感じている。
最近ではやる人間も減った。
これはこれで楽しみが消えていく。
だから最後に彼女のモーニングルーティンがコンテンツとして快楽を齎していた。

「なんともウブな成人だな。」

鏡よ鏡。
人が支度していてさり気ない朝食作りにちょっかいをかけるな。

トラジャドという名前だけ明かして中学時代に転がり込んだモンスター。
02年生まれでここまでモンスターと馴染んだ人間は奨その一人だろう。
トラジャドは鏡に映る奨の虚像を借りて話しかけてくる。

「社会人として若くして過ごすのはどういう気分だあ?
周りが学生とかそういうのをやっているのを見るのは辛いだろう?」

ほほう。
奨はからかわれている。
元カノのモーニングルーティンを覗いている姿が未練がましい男性像に見えたのだ。
鏡のモンスターの癖に観察とは。
奨は野暮だとは思ったが反応した。

「この貧しい02年代生まれの俺のささやかな朝だ。
食事や浪費する必要のない鋼のモンスターには理解できない暮らしというだけだ。」

トラジャドは鏡にいる奨の姿でクスクスと笑う。
不思議と恥ずかしくはなかった。
鏡の姿の自分はトラジャドに盗られているからだろう。
いつの間にか自分と会話しているという認識すらない。
トラジャドと奨の関係は最早パートナーやフレンドともましてや共依存とも違った関係だ。
いつ出会ったのかすらも忙しさで忘れている。

「奨。アンタに力を渡すから、人間としての暮らしを味合わせてくれないか?」

突然の提案だった。
鏡の中で人間を嘲笑う姿が取り柄のトラジャドとは思えなかった。

「どうせなら俺じゃない奴の人生にした方がいい。
貧乏な若手社会人なんかじゃなくな。」

「いや、それだからこそいい。あと、アンタも能力を得られるんだけどな。」

起きてすぐに仕事について考えるのもだるい。
更に取り立てて趣味もない奨の人生と成り代わりたい…か。
昔やっていたらしい怪奇ドラマのようだ。
奨は麻痺していたがこの状況も充分異質なのだが。

「昔は鏡の中でアンタを見下すのも最高の瞬間だったが、元カノのモーニングルーティンに意味不明な笑みを浮かべて稼げない仕事でクタクタな姿を見ているとさ…なんかある映画のように東京タワーだけ残して他の幸せそうな人間を始末しそうになりそうで見ていられなくてさ。」

いや…そんな退廃的じゃない!
そういえばトラジャドは出会った頃から感受性が高すぎて親のような事を言い続ける奴だった。
だから上京の時にも連れてきてしまったのだが。
だがいくらモンスターだからって能力なんてないはずだ。
一体どういう心境だ。

「勘違いが多い奴だな相変わらず。
俺は俺なりにこのつまらない世界に適応することに決めたのさ。
それに今はインターネットを絶っている。
お前の心配等必要ない。」

「言うのは簡単だな。
なら話の内容を変えよう。
移動できる虚像になれるならどうだ?」

なんだと?
しかし思ったより大した能力じゃない。
鏡なんてお前しかいないじゃないか。

「ピンと来てないね。
なら欲しがりたくなるような説明をしよう。
鏡に映るということは光の世界に溶け込める。
俺は今までやらなかったが実はインターネットや写真や反射した世界に行き来できて実体にもなれると言えばどうだ?」

光が刺す場所なら移動が可能…か。
他にも欲しい能力があったがこれだけシンプルなら現実味を帯びてくるか。

「仕事は代わりにやってもいい。偶にアンタのスマホに入って会社内を移動して業務内容を確認してたしさ。」

「何プライバシーの侵害犯してんだ!じゃあお前が意味不明な心配も俺が隠れて端末で見てた映画の内容から憶測していたのか。
モンスターペアレンツならぬまんまモンスターじゃないか。」

下世話な奴だ。
こんなカミングアウトはいくら人間でなくても嫌だった。
だが何故今このタイミングで話したんだ?

「いやあ現実世界は非科学的な俺からしたら面白い世界だ。
それに鏡の世界に留まっていたら余計なストレスも無いぜ。

まるで悪魔の契約だ。
奨は乗っ取られるのではないかと思ったが余程疲れが隠せなかったのかも知れない。
代わってくれるなら代わってもらおう。

「一週間だ。
あと仕事内容を知っているなら余計な真似するなよ。」

こうして奨とトラジャドは入れ替わった。

△非・近

ひゃっほー。
漸く人間の身体を手に入れた。
と言っても姿だけは奨だが俺自身は隠した能力がある。
悪いな奨。
アンタに恨みとか貸しがある訳じゃない。
高校時代は割と笑顔が多かった奨がゲッソリしたのがあまりにも見ていられなくてね。
どれだけヤバい世界なのか異形の俺としちゃ気になったのさ。
勿論労働の糞さは知っている。
だから光の屈折で反射した時に分身を生み出した。

「じゃ、仕事は頼んだ。振込先とかバッチリ覚えておいて!」

と、従順な分身がいるから戸籍やらなんやらとかも大丈夫だ。
病気にも良い意味でなれないし、偶に分身から職場の情報を吸い出せば記憶も更新出来る。

って訳で俺は遊びたい放題。
人間界転生ってことになるのか。
鏡に行った奨がどう過ごすのかも知りたいがまあいい。
俺は俺の為に俺の欲望を俺の身体で、味わうだけだ。

古野円奨このえすすむ
来月クリスマスに二十歳の社会人。
交際経験は中学で一人、高校で二人。
趣味は無いがバイトで書店やスポーツ用品店、動物園と幅広く経験を積んだ肉体。
勿論それは外見と俺が覗いた情報ってだけで奨が俺にあまりプライベートを話さなくなったのは思春期特有の奴だ。
今でこそやつれているがそれはそれは明るくて友達も多い人間だ。

「きっと俺のせいだな。」

ちょいと悪戯が過ぎたモンスター。
それがこの俺トラジャド。
なんて考えていたら気分が乗れなくなった。
せっかく娑婆に触れたわけだからスイーツでも食うべ。
俺は街を散策した。

この俺トラジャドは実体を持つことのないイレギュラーな生物だ。
どうやって奨と出会ったのかも暫く忘れていた。
俺は光さえ有れば何処でも移動が出来る。
人間の世界は大規模な停電が無ければ夜空の星さえ見れない程の灯りで満ち溢れている。
照らされた世界に見える現実はトラブルばかり起こすしぶとい人間達が蔓延ってばかり。
そんな人間によって俺は存在している気がする。
あちらこちら移動しすぎた。
今はインターネットもあるからなあ。
世界旅行も簡単だ。

だから目の前の楽しみを幸せとして受け取って一週間遊ぼうってわけだ。
けど一週間だけなんて奨も真面目になったもんだ。

「金の心配か。分身もいるから仕事や手続きも楽になるのに…奨には出来るだけ長い間あの世界で楽しんで貰わないと困るな。」

遊んでもいい理由が俺達にはいる。
ある程度の金が必要か。
最近はスマホ決済が流行って現金が水に反射することも目にすることも無いし金持ちもそんな多く見せびらかして来ないしなあ…
俺は金持ちを街で探した。
02年生まれの若者がジロジロ金を見るのは色々ヤバそうだ。
じゃ、塵も積もれば山となる。
俺はお洒落そうな奴らを片っ端から探す。
勿論観察するのは鏡だ。
つまり反射さえしていればいい。
俺は少しずつ価値のありそうな服、金属等を反射した世界から取り寄せた。
コピーじゃないが色々と反転している。
なら俺が奨と代わって実体になれた原理を応用すればちゃんと本物になる。
そして俺が奨からコピーした端末でじっくりリサーチした場所で換金した。

いやあ苦労した。
宝くじが当たった人間や成功者を探してコピーした方が早かったが迂闊な行動は出来ないからな。
俺にはこういう地道なやり方がしっくり来る。
さて、目的はスイーツだ。
俺は機械じゃないから味を感じられる。
むしろ感じたいのさ!
食欲とかそういうのは無いが一応食べられるからな。
大抵こういうのは女性が敏感だ。
それに奨は意外と顔が良くてね…
衣装チェンジをサラッと服屋で行った後はクレープ屋に直行だ。

「お~いしーーーー!」

タピオカが流行っていたとか奨が誰かと話していた時があったがあの黒い玉は見かけなかった。
味についての感想は無かったから興味もなかったがこのクレープは上手いことタピオカを装飾している。
人間を少しばかり舐めていたぜ。

「おい!何、人の彼女に手を出そうとしてんだよ!」

おおおん?
トラブル発生してんじゃん。
若いね~。
まあ俺の身体も02年生まれで若いけどさ。
しかし勝気なあの男の子、年齢は高校生か。
暴力に訴えず彼女を守っている。
しかも全然怯えていない。
状況は撮影用スマホを持った三人の人間が高校生カップルに何かしたようだ。

「迷惑系インフルエンサーか。実体で見るのは初めてだぜ。」

それにあの高校生をよく見れば、地上波でもプッシュされた格闘家じゃないか。

「大きくなったわねえ。」

思わず呟いてしまった。
昔、奨と見ていたなあ。
しかし何故迷惑系インフルエンサーはこんな堂々とあの子達にまとわりつくんだ?
俺は反射されている場所を探す。
誰にも見られていないのを確認すると俺は迷惑系インフルエンサーの端末へと移動する。

△非・撮

 黒井道長くろいみちなが
07年3月生まれ。
こんな拙い自己紹介をしてもしょうがない。
俺は幼い頃から空手をやっていて今は武道家から格闘家への道を歩もうとしている。
日常の過程と試合内容。
自慢じゃないが二つをしっかりピックアップされる人間なんて俺くらいだ。
彼女もそれを幼い時から容認している。
許嫁じゃない。
そんな条件付きの関係じゃ…ない。
格闘家ってのは未だアングラでね。
目指す人間の動機も時代と共に変わりつつある。

『二〇三八年には独身世帯が三十%になる。』

それを聞いて俺と彼女は抵抗しようとした。
だからって結婚を目指しているわけじゃない。
日本国内で注目を浴びる格闘家というのは今ではインフルエンサーに近い売り方をした人間だ。
俺は男子で友達が少ない。
中学卒業をしてから別の道を歩むことになった。

俺はこんな強制されたやり方で強くなるつもりは無い。
綺麗事なのは承知だ。
だが強くなりたいんだ。
結婚やシェアハウスとも違う、先人が安易に手にして満足した幸せなんて幸せじゃない!
俺達は狂った人生百年時代を生き抜くためにもっと学んで色んな幸せを手に入れたいんだ!
だからこそ…だからこそせっかく俺の強さが証明された段階でまた舐められてたまるか!

そんな調子だから彼女が俺を心配し、街中で美味しい店を紹介してくれた。
そこで俺のアンチ兼下世話な迷惑系インフルエンサーがささやかな日常を邪魔したってわけだ。

「おいおいチャラチャラしやがって。強くなりたいってのはポジショントークかよ。」

くそっ!
なんでこんな時に。
俺は震える拳と力が入る脚を抑えながら彼女だけでも逃がそうとした。

「俺を陥れたいなら素直にそういえばいいだろ!俺と彼女の関係は昔からだ。売りにはしていない!」

「幸せ演じてそれでも選手かよ。
動画の企画を練っているのなら俺達の数字の為に協力してくれよ。」

素直だ。
目的は明かさないがこいつらに理屈は通じない。
恐らく闇討ちだ!
俺に手を出させようとしている!

「そんなに数字が撮りたいならこの公共の場で脱いでもいい。
ただし彼女だけは見逃してくれ!」

こんな大勢人がいる中突撃してくるような連中だ。
俺はなんとか対処するしかない。
彼女は無事逃げれたのだろうか?
するとさっき三人いたのに一人消えている。
後ろを振り返ると攫われていた。
そうか。
これが目的か!
なんて人でなしな。

「じゃあ脱げよ。思いっきり殴ってやるよ。」

俺よりも彼女が心配だ!
脱ぐの構わないが最悪ここで俺も殺されるかも知れない。

「へえ…人間は個人の利益を得る為にこんなことしないとやってられないのか。」

突如やや派手なサングラスと服を身に纏う奴が現れた。
え?
どうやって?
こんな人集りで何処から?
迷惑系インフルエンサーの二人も驚いている。

「やっべ。アメコミ見過ぎてミスったなあ。」

その人は俺を見て小声で話しかける。

「やり取りは知っている。彼女は無事だ!」

なんだって?

「話は後だ!所で光を発生させられないか?」

光?
さっきからやることなすことついていけない人だ。

「ああ。そういえば適当に買った商品の中にこんなのがあったなあ…あっ、あそこで火事だ!」

ギャラリーが指さす方向へ目をやる。

「今だ走るぞ!」

光が見つかったのか俺はどこかへ飛んだ。
表現が思いつかなかったが確かに別空間へ移動したのだ。

すると彼女が涙を浮かべながら俺に近寄って来た。

「やれやれ。
まさか他人を含めて反射された場所を移動できるとは。
新たな能力を発見出来て俺自身驚いているよ。」

俺達を助けてくれたこの人。
見た感じは大学生くらいだ。
歳上の男性。
しかしどこか信用出来ない。

「助けてくれてありがとうございます。でも、まさかあいつらの仲間じゃ?」

俺は試しにそう聞くとこの人は彼女を攫った奴を指さす。
奴は伸びている。

「詳しい説明は長くなるから省くけど、俺の力で無力化させた。もし俺が奴らと仲間だったら同じことを彼女にもしていた。違う?」

どうやら好意的な人のようだ。
しかし今度はこの人が人間なのか怪しくなってきた。

「えっと…俺の説明も長くなるんだけど、昔友達と君が小さい頃から強敵をリングの上で倒していたのを見ていたファンで、そんな君達がトラブルに巻き込まれた姿を見たら覚醒して助けちゃった学生…って話で飲み込んでくれないかな?」

歳上だが要領を得ない説明だ。
何か秘密を隠しているみたいだがせっかくの好意を無駄にしたくなかった。

「分かりました。」

「おおっ!分かってくれたのか?さっすが。」

所々ウザいのが難点だ。
蹴りたくなってくる。

「さてと。まあ俺は俺だ。
何の能力も持たない一般人。
まあ、そこの迷惑系インフルエンサーの仲間には許せない部分もあったからちょいと揺らしたけどね。」

「揺らした?あなたも武の心得が?」

「おマセさんだ。俺は奴の目の反射を利用して内部から記憶を読み取って負の記憶を掘り起こし…って正当防衛しただけさ。」

まあ細かいことはどうでもいいか。
彼女もありがとうございますとずっと頭を下げている。

「まあ、一ファンとして君達を助けることが出来て良かったよ。今後会うか分からないけど、これは記念品。」

渡されたのは綺麗に磨かれた百円玉だった。
特別な百円玉ではなくてありふれた。

「じゃ、気をつけて帰ってね。」

そういって姿を消した。
結局何者だったのだろう。

あれから迷惑系インフルエンサーは捕まり、彼女を誘拐しかけた奴は一ヶ月は意識が戻らないそうだが送検された。

あれから俺はあの百円玉を使えずにいた。
人間だけど人間じゃない。

ああ言う人は昔からこう呼ばれるのだ。

救世主と。

△その後

 いやあ街の散策は思いの外楽しめた。
分身もしっかり仕事をやってくれているし。
お陰であの格闘家を助けた時に面倒なことにはなったが分身が色々と辻褄を合わせてくれた。
奨はしばらく虚像から出てくれない。
死んでないといいけどなあ。
あと、人助けってのは気分がいい。
連絡先交換しておけば良かったかなあ。
けどややこしくなるから百円玉を渡した。
光さえあればいつでも助けられる。
それに俺自身の能力についても新たな発見もあった。
これで奨とも面白そうな会話が出来そうだ。
まっ、俺が実体化したかったのは奨の苦労を心配しただけじゃなくて現実世界で暴れたかったってのもあるけど。

俺はトラジャド。
光と反射される世界があれば何処にでも現れる、虚像のモンスターだ。

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