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非凡の代償と仮説

※個人の感想です。
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  最近「天才」だとか「非凡」を持て囃すかつての平成みたいなマスメディアムーブに対して疑問点が浮かんだので仮説を。

  優劣や嫉妬だとかそういう面倒な話では一切なくて、その手の方らしき書籍や話、舞台に上がる方々の考察のようになってしまうので書き方には最低限気をつけたいのですが…。

  たまに配慮があって、頭が良く、友人も多くて、成績も良くて彼氏彼女等が出来やすい方だった人達の話を思い出す機会がありました。

  かつての私は「胡散臭い」と一蹴してしまったことがあり、極度の人間不信だったことを恥じる。

  しかし、よく話を聞いてみたら

「対等な存在がいない孤独」を抱えている方もいらっしゃった。

  運動も出来て、世渡りも良さそうに見えて、お洒落等の努力や行動も惜しまず実績のある。

  でも、本心で語れるだれかがいないのか
「だれか止める人いなかったの?」
と恐怖心を覚える。

  彼彼女らも身体ひとつで生きている人間。
  一面だけで考えてしまう危険さを、かつては私も経験していたはずなのに。

  デジモンアドベンチャー02という作品で一乗寺賢が  デジモンカイザーになったきっかけのような出来事を未だ繰り返しているかもしれない。
フィクションを例にするのは痛いオタクにありがちなのでシンプルに説明すると

「天才賛歌と生存洗脳」

  を掲げるこの世と現実に頭を抱えてしまう一方、だ  からこそ誰しも生き方には正解はないかもしれない故に正の側面も負の側面も存在していることを考慮  できないことがどれだけしんどいのか逃げようとしている雰囲気が伝わってくる。

  朝ドラ、大河、特撮等のロングスパン作品が愛されるのは演技も何もかもほぼその作品が演技経験スタートである方々のストーリーを一年以上で終わりまで見られるからという話を聞いたことがあります。

  そういえばそうだ。
  個人的な話ですが仮面ライダーで演技面が最後まで  不安でも最後まで見終えた後は役者もストーリーも応援して「もう終わるのか!」「ここからがこの世  界のスタートかもしれない」などなど感想が溢れていく。
  最早それらも含めて優劣もなく比較もなく思い入れを抱き、思い出にもなる。

  「対等な存在」が一人いるだけで違うだけでなく、  等身大の人間が対等な形で友情等が描かれるストーリーが本当に今も昔も安心していました。
  全て完璧な世界ではなく。
  勿論それも好きだったこともありますから否定も肯定もしません。
  あくまで私個人の感想になってしまいますが。

  その他大勢かもしれない私個人の話になります。

  私はずっと友人ができなかった。
  そしていつも投げかけられる言葉は否定的なものばかり。
  そう受け取ってしまっていただけかもしれませんが…。

  本を読んでくださる女性のスパルタ先生の顔に惚れて、「読書好きならこの方に相手をしてもらえる」
と判断した私は図鑑を読むことから読書好きになろ  うとし、普段は周りに追いつけない部分をそこで補っていたつもりだった。

  周りからは変わり者と言われ、相手にされなくてこちらもそういう認識で構わないと我を貫き通したことが後の9年間で嫌という程に人間の負の側面を味わった。

  今だからこそ、それは自分だけではなかったのかもと思える。
  しかし納得は出来ないまま。

  最後に少しだけ考えてしまったことが一つ。

「藤井聡太さんは高校をクラスメイトと一緒に卒業したかったかもしれませんし、はたちのつどいにご友人と参加したかったかもしれないのだろうか…」

  とほんの少しだけ思うことがある。

  私事で申し訳ないのですが編入した高校の卒業も「充分皆とは学んだ。」とそのクラスで友人は出来なかったので笑顔で去って見せた虚勢と、「地元の同級生なんて絶対に二度と会わない」と憎悪で参加しなかった当時の名称成人式。

  勿論、一面だけで藤井聡太さんの判断をするつもりはございません。
  これは憶測に過ぎません。
  しかも下世話なことかもしれない。

  ただ…ただ、藤井聡太さんのたまに映る友人達や勝負の日ではたちのつどいに出られなかった時、はたちのつどいに集まったという彼の友人らしき人達からは本当に彼を尊重している可能性の高さが雰囲気から写真越しに見えました。
  だから昨年のこの時期のニュースと、彼が卒業シーズンに報道された記憶を思い出して気がついたら目から何か零れていました。

  それほど彼の報道を見ていたわけでもなかったのに。

  孤独はきっと伝わらない。
  集まって何かをすることが幸せのスタンダードだと、刷り込まれてしまったから。
  モデルケースがあった時代なんてとっくに無くなったのに。

  私がただ生きて感じるものは明かされる必要が無い  悪だと周囲ではジャッジされてしまっている。

  どうにもできないことばかりと境遇が多いことが人生かもしれないのに、知らず知らずメリットばかり求めるようになっている可能性が高い自分の戒めとしてこの記事を遺します。

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