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コンテンツの豊富さ

人によっては「ネタの多さ」や「親和性の高さ」というのもあるかもしれません。
才能、努力、実力というのは後付けで第三者が知ることであって重要なのはコンテンツの豊富さだと自分は仮説を立てます。

特に今は「追える範囲のコンテンツ量」があるといいのかもしれません。
更にリアルタイムで過去から現在までを応援できるというのも今の時代は重視されているかも知れません。

私は最近凝りすぎていたのでしょう。
コンテンツや発信においてさり気ないバランスというのはさり気ないから良くて狙って行うのは冷める要因だなあとは感じております。

絵だけだったり、動画だけだったり、文章だけだっりだと過程を中々伝えづらい。

最近、ほん呪を良く見ています。
ホラーなのであまりこういうのは憚られそうですがただ怖いだけでなく時に笑えたり、てんこ盛りの情報量だったり話に無理があったり。
そして時を経る事に貴重な時代を記録していたり。
二十年以上も経つと変化というのは著しく、そして人間の根底が遅れている事実にショックを受ける。

私は何を描きたいかという事に集中した方が良いかもしれない。
そして創作というのは考えすぎると生きるのが辛くなる。
ただただシンプルにするのが大事だと分かりました。

いやあ、出来れば「〇〇を〇〇お願い出来ますでしょうか?」と頼みたいです。
自分だけではやはり限度があります。

水木一郎さんや佐々木功さん、串田アキラさん、堀江 美都子さん達のライブはあの方々にしか出せなくて、

竜樹選手のキックルールに適応した強いムエタイ式パンチは竜樹選手でしか出せないファイトで、

デジモンゴーストゲームの世界観はあのスタッフにしか作れないものなのです。

優劣がどうとかそういうことはナンセンスでしょう?

あの方々はゼロからコンテンツを生み出して、私はnoteやlivedoorや投稿サイトがあって今があるのです。
その助力があって作品を投稿出来る。

だからでしょうか?
自分のコンテンツ力がどれ程なのか。

もしかしたらこういう葛藤を含めてDIYなのかなとも思います。

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