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How to Live

※この物語はフィクションです。

あらすじ

御堂龍規みどうたつきは監督を目指していた。
正確に言えば正体不明とされた存在の招待を確かめたかった。
そんな御堂の元へ集った女子ムエタイ選手に声真似と動画配信が得意という男子大学生。
かく言う御堂も成人半ばの青年で此の前、社会人を辞めた。
それだけ『ヤツラ』を自分達の存在意義もかけてカメラに収めたいと。
見せぬ武力、発さぬモノマネ。
されど御堂達は執念でターゲットを探る。

◆暗唱に乗り上げる

 今日は散々だ。
御堂龍規は自室のサンドバッグにローキックを打ち込む。
別に格闘家を目指すわけではなくストレス発散のために。
働くというのは、乗りたくもない電車にわざわざ乗って痴漢冤罪を気にしながらやっと就いた仕事場で洗脳されることだと思っている。
稼げないならまだ社会人共通で皆とはフェアだ。
だが問題は『ヤツラ』をこの手で解明できずにこんな事を続けていいのか?
御堂はいつもそう思いながら珈琲を飲んだ。

まずい。
もう一杯とはならないまずさだ。
仕事終わりの珈琲が美味いなんて物語だけだ。
ならビールやワインは?
いや、御堂は酒を飲むなら仕事や家庭が関係ない時に仲間と楽しむと決めていた。
青臭くて許された大学時代が終わったら年金も貰えない格差社会に身を投じる。
だがどうせ格差に埋もれるなら周囲に勝つ、負けるより『ヤツラ』を撮ることに人生を賭けたい。
それに労働だけが先が見えないわけではない。
御堂が尊敬したやまないムエタイファイターは日本国内の興行から去って二年が経つ。
キックボクシングでなら勝てる相手を選んでもらえるがムエタイで本物と戦い、勝ち続けるのは難しい。
勿論それが悪いとは御堂も思わない。
それで生計が立てられることだって誰にも出来るわけではない。
だがそのファイターは勝つ為に強い存在と命を削っていきたいと言っていた。
そしてそのファイターは御堂よりも二つ上。

悔しい。
自分だけで土台を立てたつもりになって、必要のない苦労を周囲にかけながら『ヤツラ』を捕まえることも出来ずにやりたくもないサラリーマンを演じながら若手として生きていく。
ある友が会社で出来た。
勿論友の本業は工場だ。
今のオフィスは友にとっては副業。
オフィスに務めているとは思えない精悍で清潔な男性。
岳田霧襟たけだきりむねを思い出した。
歳は御堂と同い年だがそつなく仕事をこなしている。
以前、御堂は上司と言い合いになって機嫌を悪くした時、帰りに飲みに誘われた。
そこで御堂は恥ずかしげもなく映像関連の仕事で花を咲かせ、その金で格闘技の興行を応援したいと知り合って間もないのに岳田に語ったのだ。
すると岳田は店が行きつけだったのか御堂にカルアミルクを出すように促した。
何故カルアミルクにしたのかは分からなかったが御堂は飲んだ。

「美味い。」

岳田は喜んだ御堂の姿に安堵したのか喋り始めた。

「そういうのが夢って言うのかもな。
俺は大学いく金なかったから今のオフィスと工場の掛け持ちでキツくてね。
けど、仕事が続いていられるのも御堂がいるからかな。
あそこ、オフィスなのに若手少ないからこうして話せる相手が出来て嬉しくて。」

思ったよりも饒舌な青年だ。
御堂はそう感じていた。
この雰囲気はあのファイターのようだった。
誰しもが国によって理不尽な肉体というある種の枷を背負いながらも負の感情を表に出さず、かといって強引なポジティブさを出さない岳田。
珈琲がカルアミルクという美味い酒になるなんて思いもしなかった。

だから割る前の珈琲を飲んだらまずかったのだ。
多分御堂は甘い物が好きだ。
無理して大人ぶるというのはある意味子供のような逆張りだと知っていたのかもしれない。

というよりも珈琲が不味いのはそんなエピソードがありながら御堂は脱サラして事務所を構えたからだ。
『ヤツラ』を撮る為に学生の時と今まで働いて貯めた金で本格的に監督業を始めた。
今時無謀過ぎた。
だが『ヤツラ』は確実にこの世界で共存するつもりはないようだった。
今の所借金はないが何故か信用はある様で『ヤツラ』の被害報告が入ってくる。

「御堂さん。私は練習と試合があるから依頼人への取材を任せたの忘れてます?」

気の強いスタッフである彼女、充戸あてどフェイラは今年高校を卒業したばかりの女子ムエタイファイターだ。
先程の御堂の説明を聞けば好みで選んだのでは?と言われそうだがそれを知ったのは彼女を採用してからだ。
どうやらSNSで御堂の活動を知った者が彼女を誘ったらしい。
事務所に堂々と愛想良く「スタッフとして頑張りたいです。ですが、身体を使うのはちょっと。」
と可憐な姿を演じて採用させたのに御堂よりも体育系じゃないか。

不確定パーソンはオカルト的存在じゃありません!御堂さんが一番それを理解しているのに何サボってるですか?」

何を言うか。
御堂が格闘技ファンであるのを利用しつつ線の細い少女を演じた癖に。
引っかかった御堂も御堂だと反省した。
ファンなら見抜けよと。

「そんな切羽詰まらなくていい。
吹下がやたら張り切って取材に行ったよ。」

吹下景樹ぶきしもかげき
一浪している大学生がバイトとして入ってくれた。
何でも声真似でバズったことがあるという経歴の男子大学生だ。
あまり必要のない情報だと思うがイケメンの部類で充戸が入ったのは間違いなく彼とお近づきになるためだ。
女性は単純ではないのは分かる。
女性はシンプルな理由で活発になるのだ。
それは兎も角として、吹下は俺が『ヤツラ』と呼んでいる不確定…パーソンを知っていた。
正確には彼は被害者だったのだが。
それで取材も精力的に行ってくれている。
だから毎回飲みに連れていくのだが。
こういう大人の関係も気が付くとやってしまう。
やりたいことがやれているから別にいいのが。

充戸は自分のスマートフォンからある画像を御堂に送る。

「吹下君が行ってくれているのなら安心ですが、その画像が私的に嫌な予感を与えてくるのです。

「もしかして吹下から連絡あった?」

「正確な住所も教えてくれています。えっと、私は試合があるのでこの辺で!」

彼女も本当はこのメンバーで取材に行きたかったのだろう。
御堂にあたるのは上司だからかも知れない。
まさか二十三にもなって歳下に振り回されるとは。
でも内心サラリーマンでは味わえない経験だからか身が入る。
吹下は本当にバズるだけの力があるスタッフだ。

だがヤツラ…パーソンは牙を向いている。
充戸から送られた画像では吹下の腕に血が着いていた。

ここでおさらいをする。
御堂達はまだ一件目の依頼を解決しようとしているパーソン解明隊…つまりそういう番組スタッフだ。
二人のSNSの使い手がいて一件目の依頼に手を焼いていて、御堂はまずい珈琲を飲んで留守番をしていたのだ。
しかもこういう時に強そうな充戸はさっさと試合会場に行ってしまった。
本当はムエタイファイターというのも嘘だと思ったがサンドバッグの使い方が素人のそれではなく試合動画もアップされていた。
まさかこんなファイターがいたとは!
キックボクシングの団体の乱立で分からなかったぞ!
その弊害がこれだ!

御堂はジャンパーを羽織って吹下を助けに車を走らせる。
やはり御堂は脱サラして正解だった。
もしあのまま続けていたら、今のように

暗唱に乗り上げているだろう。

◆見えるものは見なさんな

 不確定と呼ばれる昔で例えるならばUMA。
時代を変えてパーソンと名がついている謎の存在は吹下の人生を大きく変えた。
ただしここから先はパーソンの影響は関係ない。

「ツチノコはいないのにパーソンはいるのか。」

大学生になってからいい事が一度もない。
折角声真似を練習して、運営の規制と戦いながら配信を続けているのに。
ちょっとしたイベントで音楽とパクリしか取り柄のないライバルに全部持ってかれた。

し・か・も!
他の配信者のように炎上商法で金をせびるのが嫌だったからSNSで声真似をしていたらまんま無断転載されて儲けを奪われた。

そんな僕の名前は吹下景樹。
今では御堂龍規さんの元でバイトをしている。
ここから僕とパーソンの関係を話そう。
上記の通り僕は大学生にして全てを失ってパーソンを追うことになったのだが、ヤツラとはどうも共存出来そうにない。
そもそもパーソンは存在しているのだ。
UMAと違って。
こうして被害を起こす程に傍迷惑なヤツラだがライバルだった配信者はパーソンをやたら褒める。
それもそうだ。
煽り運転の加害者に協力し、取り憑いて身体能力を上げ被害者を増やして炎上商法したり。
取り憑かなくても適当に弾いたピアノの映像を傑作に作り替えたり。
つまり魔法のような力で人間に都合の良い現実を与えている。
僕はそれが許せなかった。

歩く麻薬。
それがヤツラ、パーソンだ。
頼らない人間は典型的な真面目な者が損をするを体現している。
クリエイターを気取るつもりは一切ないが、声真似するのにもボイストレーニングや過激そうでセーフな内容を配信仲間と共にやり取りして他人に理解されない努力をしてきたつもりだ。
御堂さんはそんな僕の話を唯一聞いてくれた人だ。
そして、御堂さんもパーソンを憎む一人。

だから今回気合い入れて取材に行ったんだ。

依頼内容はある奥さんが別れた旦那とパーソンにストーカーされているというもの。
旦那は既に捕まっているが、パーソンは旦那の憎しみの影響を受けて奥さんを追っている。
そこで僕が奥さんと共にパーソンを映像に収めて試行錯誤の末に対処するつもりだった。
そして我が事務所には格闘家の充戸さんがいる。
しかも貴重な女性スタッフで奥さんにとっても有難かったが、急遽別の大会で試合が決まっていた充戸が怪我で負傷した選手に変わって今月に試合が組まれたのだ。
それが今日。

なんてこったい。
取材モードから試合モードに変わった彼女の気迫に圧倒されて気を遣い、僕一人で取材することになった。

「はぁ…はぁ…奥さん、大丈夫ですか?」
「ええ。それより吹下さんは?怪我をされていますよ?」
「救急セットはちゃんと持っていますから。うっ!」

まるでゾンビのようなパーソンだった。
とはいえ下手な動物よりは対応が出来そうだ。
多分、大昔の人が見た幽霊の正体がパーソンだ。
人間より少し強いぐらいの現実的な別種族。
そして人間を利用している。
全ての負の感情を生み出したエデンの園の蛇の正体だと言われれば納得だ。
しかも対して人間と変わらない知性だから余計に終わってる。
このパーソンはDVを行う旦那の影響か非常に危うい。
なんとか画像を撮って御堂さんと一応充戸さんに送ったが御堂さんは来てくれるだろうか?
いや、仮にも配信者として…声真似主として生きてきた僕がここで妙なプライドを発揮してしまったら奥さんも死ぬかもしれない。
かといって力なんてないのに。
この逃げ込んだ場所で武器を持つのだ。

僕が声真似を始めた理由を教えよう。

「私はかつて、異性を愛せなかったことを周りから罵倒されました。

じゃあ、あなた達は何なの?
どんな才能がある?
どんなことをしてどう誰かを喜ばせた?
どんな力がある?

何者でもない癖に。

私はそうして抗ってきました。
色んな幸せが人にも動物にも植物にもあります。

それなのに一つしかない、競争が全て?

それ傲慢ですよね?」

あるお方のその言葉から惹かれ、その方の自叙伝やご出演されていた作品を観て好きになった。
僕も恋愛観でバカにされ続けてきた。
そこで知った!
見えるものは見なさんなと。

「なら、見えている物が僕達を助けてくれるかも。」
「え?どういうことですか?」
「ここは廃工場ですよね?もしかしたら鉄パイプがあるかも。」

安直な発想だし、こんな規制の厳しい社会で置いてあるはずがない。
だからこそ、見えるものは見なさんなということだ!
まるで特撮のセットのように置いてあるドラム缶。
これを利用しよう。

「奥さん!隠れていてください!」
「はい!」

そういって奥さんを隠し、向かってくるパーソンにドラム缶で応戦する。
パーソンは人間より強くて動物より弱い。
一人で持つには重い筈のドラム缶を火事場の馬鹿力で振り回す。

「バチバチパンチや!」

レパートリーの中では懐かしい部類の芸人の声真似で凄む。
声真似を、舐めるなよ!
そもそもレパートリーが他の奴らとは違うのだ!
パーソンは怯んだ。
幸いパーソンに対する法律はまだ出来ていない。
仮に保護されたとしても正当防衛だ。
パーソンは人間の法律で守られていないのをいい事に付け上がっている。

「おおおおおおりゃあああああ!」

ドラム缶を室伏広治選手よろしく回し、怯むパーソンへ正確に投げた!
そしてパーソンに命中し、倒れた。

「うおおおおおおおお!」

まるで格闘漫画の主人公のように僕が人類最強の男だと叫びそうになった時に奥さんが現れた。
そして、御堂さんが車でこの地へやってきた。

「吹下!大丈夫か?」

倒れているパーソンと全ての力を使い切った僕を見届けている御堂さんと奥さんを前に僕はグッドサインを送りながら気絶した。

◆エピローグ

御堂達は初めての依頼を達成した。
ただしパーソンを退治するつもりは無かった。
まさか吹下が倒してしまうとは。
その影響もあってか『ヤツラ』の活動は激減した。
勿論、そんなのは多数派の『ヤツラ』の反応でしかなくて無法者である『ヤツラ』はまた別の人間を利用してくる。
まさか自分達が必殺仕事人のような役割を受け持つとは。
吹下は幸いにも腕の骨折で済んだ。
これには試合に勝利した充戸もびっくりしていた。
今は皆で病院にいる。

「いやあ、僕にこんな力があったなんて。あと、充戸さんも試合に勝てておめでとうございます。」

「何で上から目線?でも、一人で解決するなんてね。」

充戸がそう言うと吹下が否定した。

「いや、奥さんが廃工場の場所まで僕を運んでくれなかったらもっと危ない状況でしたよ。」

奥さんも照れていた。
DVの後に『ヤツラ』に殺されかけるなんて悲惨な人生だと思ってしまったが逞しい人だ。
それに充戸も試合に勝てたし、これでいい。
御堂はこんな時のために微糖のコーヒーを買ってきていた。
勿論缶珈琲だ。

「珈琲は不味いんじゃなかったですか?」

充戸は鋭い。
ただの格闘家にはならなそうだ。
興行は違えどムエタイファイターというのは一貫した意志の強さを持っているのかもしれない。

「いや、甘ければいい。珈琲が苦手な人はいる?」

すると全員が首を振った。

「じゃあ、乾杯だ。」

だが『ヤツラ』の正体はまだ暴いていない。
なんとか『ヤツ』の死体は手に入れた。
解剖や分析の勉強は早い内にした方が良さそうだ。

こうやってやることが増えていくんだな。
岳田にもいつかカルアミルクをご馳走したい。
課題ならこのメンバーなら乗り越えていける。
御堂はそう確信した。

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