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目的なき者

あらすじ



探率さぐわりはなるべく生きてきた痕跡を消していた。
後はただ行方を晦ますだけ。
その筈が明るい性格の青年、陽愛ぴあっさと同行しようとする。
探率は話を聞いて行く内に彼の『根は明るいが幸せではない。』事を知る。
それなのに嫉妬心等も抱く事はなく、ただ二人で誰にも見つからないように逃げる事を画策するのだった。

逃げ腰



「ぐあっ!」

多人数の癖に今時武器一つすら持たない。
こういうのは正々堂々とは言わない。
俺を囲んでいるのだから卑怯だ。
だがこちらとしては幸いでもある。

一般論なら。

「やっと息耐えられるとおもったのに。お前らが馬鹿なせいで、余計な体力を使っちまった!」

合計四人。

手を出した方が相手側だった上に端末で生配信されたから反撃する理由には充分だった。
攻撃してきた奴は三人か。
訂正しよう。

俺は配信をしている方へ詰め寄る。

「陰湿な行為とは思わない。手段を選ばずに攻めた内容を記録する勇気は褒める。
だが、今から見せる内容はアカウント永久停止措置を受けるけどなあ!」

訂正といったが四人でもいいか。
暴力を振るわなくても晒されたからな。
ちゃんとお仕置きはしておいた。

探率さぐわり
それ以上の名前は言いたくもない。
これでやっと痕跡は消えた。
あの配信を切り抜いてる奴もいるかもしれないが別に構わない。
こんな連中に喧嘩を売られた俺の方が悪い。
早く現場から去ろう。


✳︎

 戸籍を消す方法が分からず、高校生ながら現実に打ちのめされる。
今までの常識で言えばそうなる。
だが俺は親ガチャにも外れた。
理由はお前達の脳内で想像すればいい。
もうこの世に残る理由はないからな。

無い物ねだり程、現実で自分自身を苦しめる理由はない。
だが、比較さえしなければ充分。

俺が教えられる幸せの秘訣は何なのか?

極論『痛みに鈍感になる事』だ。

そんな奴の言う事に靡く連中は皆、生活が上手くいっていない。
魂のこもってない幸せや感情的な否定による不幸の二極だとしか考えられない人間に権威ってのは宿る。

さっき俺を囲んだ馬鹿達もそうだ。
良かった点は同じ高校生である事だけ。

もう幸せの時代じゃない。

「はぁ。」

溜息をつきながら観光地となってしまった崖の側に来ている。
ここじゃ目立つな。
どうにかして行方をくらませたい。

俺に目的はない。
寧ろ今までの目的は痛みに鈍感な時代遅れの成金の夜這いごとだった。
次は偽善者。
その次は支援者。

根に持つと損をする。
だから全て勢いで断った。
端末から離れる為に事前に情報収集をして紙として纏めた。

ここでなら人間から離れられると思いながら。

そうしているとやたら明るい色でラフな格好をした野生児顔が笑顔で木に登っていた。
そしてゆっくりと降りて気さくに話しかけてくる。

「観光客には見えないね。けど、放っておけないなあ。」

ここは面倒だが言葉で伝えた方が良さそうだ。

「身体能力が随分高いな。それでいて露骨に明るそうだ。
一言伝えよう。タイプが違う。
俺からは離れろ。」

そう言うと彼は俺の後ろへジャンプし、自分の端末を弄る。
しかも嫌そうに。

「俺、陽愛ぴあっさ。苗字は特定されやすいから言えない。ごめんな。」

明らかに読書の類の趣味はなさそうだ。
皮肉ではなくて、こんなステレオタイプな野生児も初めて会ったから驚いている。

「探率。
俺は今から逃亡する。」

陽愛は特に理由は聞かず、間をおいていた。
単純そうで複雑な人だ。

「一応言っておかないとな。
俺は高校生。
ここが地元で海が苦手だけど運動は好きだからサーファーしてたこともあった。
それで何人か事故で死んでさ。
その仲には連れがいて、俺が一番愛した女子もいた。
暗い話はしたくなかっけど、その時絶望していた俺の心境よりも遥かにお前は絶望してる。
探率?だっけ。
だから…」

「だから止めるって?
勘違いするな。
死ぬわけじゃない。
俺はもう一人だ!
愛も憎しみも全部経験した。
五体満足だからって幸せじゃないといけないのかよ!
そして、多様性は思っていた形とは違う綺麗事だ!
目的が無くなったという意味では俺も最大の特徴が欠落してる。
この世が地獄なら…せめて何も遺す事なく彷徨いたい!


初対面かつ過去が辛そうだと語ってくれた明るそうな男子高校生に、思っていたことを打ち明けちまった。
これでこいつの関係も消える。
早く、去ってくれ。

すると彼は俺の話を聞いてくれた上で話をしてくれた。

「そうだったんだ。
俺じゃあ、抱えきれない経験をしていたのかもしれなかったのか。
俺さ、明るいとか動きまくれるから生きやすいってよく言われるんだよね。
探率君からもそう思わせるって俺の才能だよね。
単純にここは観光地の中でも比較的人が少なくてくる人は大多数が…
ちょっと言いにくいけどそう言うこと!

俺はここなら遠慮なく動けるから居るだけで、そうやって此の世を去ろうとする人達と何度も話してたよ。
それで見送ってた。


陽愛は懐が深い人間のようだ。
俺よりも。

「仲間が亡くなる前の俺なら、希望を目指して生きてみるのもありかなと押し付けていたかもしれない。
けどさ、現実ってそうじゃない。
俺の話になるから、うざかったら言ってくれるとありがたいけど、
俺は運動神経を評価されてよく部活の助っ人やってたんだ。
けど、スポーツは競わされるから好きじゃなくてさ。
仲良かった先輩も夢を押し付けられて、好きだったサッカーを諦めて工場勤めをしていたよ。
大学行く金もないって。
その時に運動神経を役に立てさせてくれない社会を憎んだ。

けど、逆を言えば運動神経は誰にも縛られない自分達の技ってことだと思う。
ツリーハウス作ろうと思っててさ。

そういう話をするとここで命を絶つ人が前向きになって場所を引き返したり、俺に共感してこの先を進んだ。

ここじゃあ、選択肢は少ない。」

普段なら分かり合えそうにないと突っぱねる所だった。
けど、本当に居るんだな。
暗い現実を受け入れて生きようとしている奴が。

「俺の選択は変わらない。
だが、陽愛は今まで会ってきた奴とは違う。
けど、もうやり直せない!」

陽愛は黙って聞いている。

「だったら、探率君の決意が固まるまで俺達が君の素性を隠す。」

え?

「だって、それなら学力とか体力とか要らないだろ?
食事と適度な運動さえあればいい。
生きるって単純だからさ。
資金源とかは一緒にやりくりできないかな。」

「こ、こんな事を言うのは情けないが、労働は嫌だ。」

陽愛は豪快な笑い飛ばした。

「分かりやすいなあ。
そんな事頼まないよ。


「俺も単純なのか?」

「先輩の話しただろ?もう工場辞めて素振りやってるよ。
後、その時の苦悩とかアナログでもデジタルでも書き続けてたから文才が芽生えて囲いもいる。」

マネタイズ振り切ってるのか。
サッカー好きじゃなかったっけ?

「運動神経良いキャラのバーチャル配信者とかサブカル作品が少なくて、一緒に昔流行ったエガエガ動画だっけ?
君が知ってるから分からないけどあのノリでやりくりしてるし、欲しいもの今のところないからなんとか食いつないでる。」

面白い奴だ。
なんだか、行方不明になろうとしていたのにバカバカしく感じた。
俺が馬鹿だったのか。

「引き止めてるわけじゃない。
誘っただけだよ。
拒否権は君にある。
なるべく君の決意を尊重したい。」

何で若い内に苦労ばかりしてきたんだろうな。

俺は差し伸べられた…いや、共に考え抜いた弁論の果てにお互い手を取り合った。

「借りは返す。」

「いいって。
後、決意とかってブレるのが当然だから気長に遊ぼうぜ!」

複数人の喧嘩に勝てるぐらいしか力はない俺と、ターザンだったり未来少年のような動きをする彼。

この世から降りる気待ちは変わらない。
だが、もう少し陽愛の話を聞いてみたいと思った。

今は、それでいい。

俺達はまるで十年ぐらいの付き合いがあるかのように肩を抱いた。

初めての友が出来たのかもしれない。

やり直しではなく決意を固める過程だ。
けど、陽愛に…恩人に後悔はさせない。

その情は決して捨てるつもりはない!



演出/構成/脚本:艶衰阿良又


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