見出し画像

LAST RESORTED

※この物語はフィクションです。

あらすじ

裂獲ざえるという名で俺は動く。
俺の求めるモノは他者を巻き込み崩れ去った。
それしか分からなかったのだ。
それまでの蔑みが実は報いだったなんて。
集まった仲間もまた生きることに疲れている。
俺達は必ず誰にも縛られず、そして閉ざされた場所で崩壊も覚悟した新たな幸せを掴む為に生きていくことを決めた。

CHAPTER: 我要你消失


人間ってチョロい。
端的に言ってしまえば近ければそれでいいという結論に至った。
俺たちは俗に「インフルエンサー」と呼ばれている。
非日常を俺たちは動画にしてテレビで目立っていた芸能人を引きずり下ろして金を得る。

「よお。今日も酒が美味いな!知的レベル下げて玩具レビューするだけで今でも稼げるぜ。」

オタク嫌いの「フカトチャンネル」は昔、大好きだったコンテンツのぬいぐるみを子供時代に旧友に奪われてしまったらしい。
それを根に持っているわけではないらしいが多分トラウマなんだろう。
子供も嫌いになったという話は昔酔っている時に聞いた。
だからどう販促すれば子供と保護者の注目を浴びるのか研究できるのだろう。
ふん。
その勉強熱心な姿勢は他のインフルエンサーとは違う。

「いやあ、蜂退治だけじゃ食ってけなくて適当にスーパーで買った食材を飼うだけで金が手に入る。
素晴らしい世の中になったよねえ。」

こいつは「鮫2式チャンネル」。
他の生物系インフルエンサーから注目を浴びているが昔から弱い者いじめが大好きなクズだ。
だが俺はこいつが嫌いだが付き合う分にはちょうどいい。
本当かは知らないが、多頭飼いの両親にペットよりも酷い扱いを受けて育ってきたから本当は生きている全ての存在が気持ち悪いのだろう。
そんな両親を早くに亡くしたらしいが多分こいつは…
まあ俺に関係の無い話だ。

俺は業者だ。主に「考察」と呼ばれる類の。
SNSで憤る奴らは馬鹿でしかないことを知った。
昔から有名漫画には謎の陰謀論と感想を含めた如何わしい書籍をひっそりと出版する奴もいた。
俺はそれを読み、SNSでそのコンテンツの有権者らしい連中を探って考察動画を作り生計を立てている。
今は小さな会社だがフカト、鮫2式も合わされば上手く稼げる。
収益に関しては今後先細る可能性も高いが俺たちの目的は馬鹿な信者を見下しながら金を得るというのがモットーだ。

憎いのさ。
普通に働く社会を掲げながら低い賃金で高い税金を払う。
そして人間は欲深い。
だから今日も俺たちは動画を作る。
大した労力もかからない。
敷居は高く感じた編集も何度もやればコツは掴める。
こんなことなら大学生活もっと遊んでおけばよかった。
だがそれも昔の話だ。
俺も馬鹿だった。
だが思いの外、信者も馬鹿だった。
それだけだ。

そうして今日も動画をアップロードしていた。
たまに熱心な考察対象のコンテンツのファン…いやそれも死語か。
そんな輩に著作権侵害で通報されるがどうせそいつらも他のグレーな動画を見ている。
俺たちを甘く見るなよ。

「ここ…に…」

なんだ?
不気味なノイズ。

「フカト?お前また気持ち悪い役者のセリフをネタにしてるのか?」

しかしフカトは動画を編集中だった。

「おいおい。俺はそこまで染まってねえよ。」

気の所為か。

「ここに…お前の…お前の…」

なんだ?
ストレスフリーの俺に幻聴?
今度は鮫2式の奴が?
いやあいつは今日は留守だ。
どうせ自宅で撮っているのだ。

「ここに…お前の…お前タチの…墓場を…」

なんなんだ!
俺は大声を出した。
驚くフカト。

「さっきからなんなんだ?」

気の所為か。

ピンポーン!
するとインターホンが鳴った。
フカトがまた玩具を頼んだのだろう。
ドアに向かっていった。

少し顔でも洗うか。
そうして台所に向かう。

「ぎゃあああ…ああ…なん…で!」

水を浴びている最中に悲鳴が聞こえた。
驚いて玄関に向かうとそこには血もださず倒れているフカトの姿と何故かここにはいない鮫2式が倒れていた。
な、何が起きている?
ぐあっ!
俺は自室の壁に叩きつけられた。
あっあぁぁ…呼吸が!そして衝撃が全身を襲う。

「き、貴様…何者だ?」

すると奴は俺の断末魔の前に呟いた。

「裂獲。もうすぐ死ぬお前に対するせめてもの情だ。」

そして俺の光は潰えた。

━━━━後に三名の遺体が事務所から見つかった。
一人は壁に骨の状態で組み込まれていた。

CHAPTER:イキトシイケルモノ

Larsort.
通称ラゾートと呼ばれる何かがある。
詳細は不明だ。
それが理想郷なのか、それとも何を差すのか。
もしかしたら動物とか植物かもしれない。
それとも人間?それはありえないか。
珠羅は鉛筆を回しながら授業を聞いている。
何故この国は態々学校に行って退屈な教養を植え付けられているのだろう。
私の親は兄に酷いことを言った。
兄は志半ば就労を諦めた。
大学にも姉しか行かせなかった癖に兄に対して
「お前は怠け者だ!」
と言った。
なら「権力者の為に搾取されないで何をしている?」と言えばいいのに。
馬鹿な父だ。
姉も姉で馬鹿な女だ。
大学で遊び呆けてばかり。

「あ~あ。私も分かってて勉強しているから馬鹿なんだろうな。まあいいか。」

他人事だと思われるかも知れない。
しかし大好きな兄も、大嫌いで許せない父や姉とも本当は住みたくなかった。
そして兄を庇えなかった罪を償う為に勉強をしている。
時にサボるが。

私には友達がいた。
男子一人、女子二人。
名前は何だったかな。
スクールカーストなんてものが出来てから下位にいる私たちは格好のいじめの対象だった。
辛くて、辛くて、四人で耐えるのが精一杯だった。
いじめていた奴の正体は掴めなかった。
取り巻きに追い詰められた友達は次次と自殺をした。
私だけ生き残ってしまった。
家庭にも学校にも居場所がなかった。

私は学校を彷徨っていた。
アニメみたいに屋上なんて空いてないし、便所飯なんて絶対に嫌だったのでただ秘密の場所を探していた。

「ま、待って!私は何にもしていない。だからっ…」

「女の子だからといって悪行を許すと思ったか?一体誰に対して命乞いをしている?相手を間違えたな。」

え?
な、何?突然の事で私は口を閉じた。
気配を殺して。

「確かに私はいじめをした。でも、私いがっ…あぁぁぁぁ…」

「成程。そいつがトップか。間違いはないようだ。」

干からびた女子は壁に叩きつけられた。
その人は私に気がついたのか動きを止めた。
やばい!こっちに来る!
私は半ば諦めて降参のポーズをした。

「ごめんなさい。降参しますから。」
こうなったら積極的になってしまおう。
これで友の元へ行ける。

「君が高石珠羅たかいしみらだね?」

その人は私の名を呼ぶ。
名前を知っているのも怖いがもう考えるのをやめた。
しかも敵意もなさそうだし。

「君の友達から話を聞いている。
奴らを俺が始末する。」

殺気立っているからか人の話を聞かずに話を続ける。
私は恐る恐る訊ねた。

「あ、あのお…私、友達はもう死んでいて…今は誰とも私は距離を置いているのですが…」

よく見たら独特の革製の服装に身を包んでいる。
年齢は幾つだろうか?
中学生の私よりは歳上だが成人は超えていなさそうだ。
人を見る目の無い私には判別しかねるが。

「そう言えばそうか。実は、亡くなった君の友達の親族から頼まれていてね。
首謀者を始末しろと。」

いつの間にそんなことになっているのか。
本来誰かを殺されたらそう思うのがスタンダードな筈なのに。
私はいつの間にか一人に慣れてしまっていたのだ。
親しかった筈の人達の名前や活動を忘れてまで私が中学生活を送る理由は何なのだろう?

「貴方は…何者なんですか?」
恐る恐る聞いてみる。

「裂獲。覚える必要は無い。」

それなら大丈夫そうだ。
私、今もあの三人のことを忘れているから。
薄情な女。
それが私。
するとオレンジジュースを裂獲という人から手渡された。
いつの間に!

「オレンジジュースが売られている自販機は数少ない。炭酸かコーヒーかお茶か水。今の日本は経済が崩壊していてオレンジジュースは貴重品だ。」

「もしかして、恩を着せるつもりですか?」

「いいや。独り言だ。嫌いなら別の飲み物にする。」

この人はいい人なのだろうか?

私達は夕暮れを山で過ごした。
裂獲って人が私を乗せてくれた。
運転中、彼の瞳に宿る微笑みから安心感が生まれ、怖さはもう感じなくなった。

「こんな山があったなんて。私は視野が狭いなあ」

「視野はある程度広がるだけでいい。君はそれでいいんだ。」

それでいい…か。
友の名前も忘れた私。
覚えてるのはラゾートに対する渇望だけ。
そんな中学生、敬遠されるに決まってる。

「私は貴方に首謀者の抹殺を頼んだ親族の子供と友達だった。でも、今の私は彼や彼女らと過ごした記憶がないの。
きっと生き辛すぎて記憶に封じ込めた。
私はそういう女なの。」

すると裂獲は拳を強く握りしめて何かを呟いた。

「俺たちは教育と労働、金銭に殺された。全ては人間の浅ましさが引き起こした苦痛だ。

これからは俺が統制する。
素晴らしい世界にはしない。
崩れない永遠の為に俺は力を使う。」

ああ。
それであの女の子を殺せたんだ。
首謀者に対する憎しみを強く感じた。
きっと裂獲は、この世に生きる人間を愛しすぎて許せないのかもしれない。

「貴方って不思議。大抵はなれもしない金持ちに憧れたり、異性とか人によっては同性に愛を求めて幸せを得ようとする。
そうやって私たちを踏み台にして歪な幸せという名のレールに乗っていく。
そんな世界を貴方が変えるの?」

友を忘れた私に言える資格など無い。
これは単なる裂獲への質問だ。

「俺は君を守る。君が友の事をを忘れているのは君が非情だからじゃない。それは…」

すると拍手をしながら影を纏った誰かが現れた。

「いいねえ、青春だねえ。
俺の部下を殺しておいて幸せを語る!
正に傲慢で矛盾を孕んだ素晴らしい存在だよ君達は。」

裂獲が私を隠す。
一体誰?
裂獲は戦闘態勢に入る。

「限られた存在のみが得られる快楽。人はそれを天国といった。
バカバカしい話だろう?とっくに死んだ先人の二次創作を未だにお前ら人間は信じている。
それがラゾートだ。
俺はその為に犠牲を強いている。
偽善よりも遥かに正義だとは思わないか?」

じゃあ、こいつが私の友を間接的に殺した奴?

「ラゾートか。SNSで拡散されているメタバースに次いで人類が行きたがっている理想郷。」

淡々と語る裂獲。
そうだ。そこに行きたいから私も生きているのだ。
そもそもラゾートは本当に居場所なのだろうか?
私もずっと妄想していたけど、結局この謎の人間がそこへ目指す為に私たちを生贄にした。

「なら理想郷へ連れてってやるよ。どの道お前に辿り着くまで全ての部下は殺すつもりだった。
速く目標に辿り着けるならそれに越したことはない!」

謎の人間も影を纏って一瞬で動く。
しかし裂獲の方が速い!

「ふ…ふ…ふふふふふふ…!」

「勝負は着いた。高笑いはあの世でしろ。」

私は胸に痛みを感じたので恐る恐る見ると、刃が刺さっていた。

え?私も死ぬの?

「な、何故だ!まさかお前の狙いは最初から?」

殺られている筈の謎の人間は余裕を見せた。

「いやあ、部下であるガキを利用すればその女も自殺してくれるのかなあと思ったらお前が現れたからね。
悠長に振る舞う時間が無くて直接出向いたのさ。
お前が殺した女の子?か男の子?に影で作ったGPSを付けたとも知らずに。」

じゃ、じゃあ…最初から私を殺す為に?

「その女の子は記憶を失っている。
PTSDの類?かは分からないがこちらにとっては都合が良かった。
これで俺の計画も達成出来る。

私の身体が輝きはじめた。
誇張ではなくそのままの意味で。
赤く光る私の身体。

「今日も虐められたけどさ、次はなんとか皆で乗り切ろう!」

え?

「ギークで何が悪いの?割り切って生きていかなきゃやっていけない。」

これは?

「珠羅、一緒に闘おう。」

そうだ。
そうだった。
皆の事、忘れていたのは…

グアアアアアア!

私は一心不乱に首謀者を攻撃する。

「な、何だと!まさかこいつって…」

裂獲も加勢し、首謀者を倒す。
首謀者は息も絶え絶えだが何処かへ姿を消した。

「お前…た…ち…理想に…殺され…」

謎の断末魔の叫びを残して。

あれ…私ももう駄目かな…
私の身体が血に染まり、更に光り輝く。

そして裂獲に託した。

「そ、そんな!」

「いいの…これが最初から私の望み。貴方のせいじゃない。
受け取って…そしてラゾートの事を…教え…て…」

誰かを助けるなんて初めてだ。
でもごめんなさい。
命の恩人である裂獲にこんな仕打ちをしてしまって。
こうしている内に夜が明けてしまった。
ラゾートより、この山ではしゃぎたかったなあ。

CHAPTER:วางมือของคุณในลำคอของงูเห่า

惨授ざんじゅ…それが俺に与えられたリングネームだった。
だったというのは過去の話だ。
ラゾートと呼ばれる陰謀論に退屈で、喧嘩に明け暮れて過ごした日々も、試合で戦い続けたあの日々ももう過去だ。
俺は二〇二二年の今年で二十歳を迎える。
若いのに苦労が多いって?
じゃあその分俺を楽しませてくれるのか?
若い内の苦労なんて買わなくてもするものだ。
俺とタメの友達だった奴も、昔は良い意味で何の変哲もない生物好きだったのにインフルエンサーになって生物を殺して食って結婚した。
もう関わりたいとも思わない。

俺はもう金をどう使うかすら忘れている。
そしてどう使って贅沢すれば良いかすら。
ファイトマネーも恵まれない人達の為に全額使った。
別に良い人ぶりたいとかじゃない。
あの友のように好きだった筈の大切な命を金に変換するくらいなら、俺はその金で命を守ることに決めた。
結局俺はどう生きていけばいい?
すると殺気を感じた。
あれは試合で偶に格闘家が見せる勝利への欲望を彷彿とさせる。
しかしそいつは橋でだらしなく川を見ているだけだった。
ため息をつきそうでつかない気だるさ。
しかし近づけば誰かを殺めそうだ。
だがこのまま居座られると俺が通れない。
俺はそいつに声をかけた。

「おい!あんた変な殺気出しすぎだ!他の通行人が通れないだろう。」

するとそいつは「ああそうか。」
と言って動きもしない。
俺は言ってやった。

「あのさ、大の男が凹む理由はいくつもある。だったら泣けばいい。
今はらしさに拘る時代じゃない。
年寄りもらしさを捨てて働かないと年金だけでは暮らせない。
今はもう変な幸せや悩みに拘る時代じゃないんだ。
あんたこのままやさぐれてどうするんだ!」

おっと。
知らない人間に対して俺はなんてお節介を。
まあこれだけ凹むには事情がありそうだ。
少なくとも誰にも解決できない類。
仕方ない。
何故俺もこんなことをするのか分からないが手を差し伸べた。

「ちゃっと食ってかなえか?
今時、チェーン店も個人店も美味いとこは美味い。
俺は元格闘家だからさ、飯の大切さは知ってるんだ。」

するとそいつはやっと振り向いてくれた。
怖いなあ。
俺だから平気だけど。
これで安心して通行人もこの橋を渡れる。
自動車で通る人達には関係のない話だが。

いい雰囲気だろう?
食べ放題ってのは一人じゃ行けないからちょうどこいつがいて良かった。
金があっても誰か連れてこいなんてケチなことするよなあ。
けど、俺一人の要望聞いていたら店は潰れる。

「どう?美味しいか?」

こいつは黙って食べている。
少なくとも不味くはないらしい。
俺が奢ったとは言え随分潔く味わうなあ。
見てるこっちは美味しそうに見える。

「あんたさ、何かあったのか?」

「ああ。あったさ。
物語の主人公のように誰も護れなかった。俺は強い筈なのに。
俺は強いのに。」

見たところこいつは俺と同い歳だ。
しかし抱えるのには重すぎる荷物を背負っている。
俺は成人式を迎える前に人間関係を失った。
いや、そうせざるを得なかったわけだが俺の話はすぎた話だ。
せっかくのタメが愚痴をこぼしている。

「話なら聞くぜ。
だが俺はそっちの趣味は無い。
あんたがとびっきりの褐色美女だと認識しながらちゃんと聞くよ。」

そういうとこいつは話を始めた。

名前、これまでの仕事。
そしてついこの間か弱い命を護れなかったという本題。

「裂獲…だっけ?
あんたのような人をうつけ者って言うんだ。
まあマイルドな織田信長かもな。
このクソルールを押し付けられた世界にあんたは頼られて行動している。
上手いことは言えないが、俺はあんたの行動に間違いはないと思ってるぜ。」

すると裂獲は食いついてきた。

「それは倫理観に基づいて遠回しに否定しているのか?」

面倒な奴だな。
俺はちゃんと話す必要がありそうだ。

「別に狂っても従ってもいねえよ。
裂獲は裂獲の意思で動いているんだろう?頼まれているってことは実績がある証拠だ。
まあこの店で話せることじゃないことを話してくれたその勇気に俺が感動したって話。
その珠羅って子も力を振り絞ってあんたの味方に鳴ったんだろう?
それ以上の答えはいるか?」

裂獲が握りしめているパワーストーン。
赤く血のように輝いている。
俺が触ると燃えそうだ。
そんな形見を託す程には独特な関係が生まれたようだ。

「せっかくだ。
食べるだけじゃ物足りないよな。
野郎二人だがアトラクションでもどうだ?」

すると裂獲が返事をしてくれた。

「ああ。少しでも気が紛れるなら助かる。」

「そこは通じてくれるのか。
なんか、憎めないなあ裂獲って。」

それから近場の遊園地で成人男性二人が遊びまくった。
まあ、俺も暇だし。
裂獲はあまり多くは語らなかったが俺と似ている。
一人で戦って、グレないように多数派を大切にする。
そして弱っている誰かをみると手を差し伸べたくなる。
更に金が大嫌いなところも。
一通り遊び終えた後に俺と裂獲はパンチングマシーンへと辿り着いた。

「最高三百点のマシーン。
俺は元格闘家で喧嘩もした事がある。
喧嘩はほぼ不可抗力で反撃が殆どなんだけどな。
俺の名言を教えるよ。
『先に手を出した方が悪い』ってね。」

そういって俺はパンチングマシーンに拳を叩き込んだ。
壊さない程度の加減なんて俺にとっては簡単な話だ。

「点数二百七十点…か。」

「なんだよ裂獲。
完璧主義者か?加減してこの点数だ。こういうのを及第点って言うんだよ。」

なんだか久しぶりだ。
裂獲もそこそこ金があったのかアトラクションで遊んだ後度々俺に金を渡してくれた。
別にいいって言ったのに。
暗い話題を話して悪かったと。
だからかトラウマを振り切って欲しいと思った。
こいつは強い。
俺よりもずっと。
だからこれから仲良くなりたかった。

夜まで遊んで結局行く予定のなかった居酒屋まで言って話し合った。
裂獲は陰キャラのように口数が少ない。
まあ、陽も陰も俺にとっては関係はないが不思議とやりにくいことはなかった。
ああ。
裂獲、本当は人間を愛しているんだな。
ほおって置けない奴だ。

朝方、今度は喫茶店を二人で探しながら歩いていると明らかにあっち方面の人達が二人現れた。
しかし様子がおかしい。
まるでゾンビのような動きだ。
影が纏わりついている。
それだけならまだしも俺だけが察知できるのか、しかし裂獲も俺でしか分からない臨戦態勢に入っている。
戦えるのは本当だったか。

『いやあ…まさか再び出会うとはね…俺の影はGPSのように出来ると言ったでしょ?倒されることも計算に入れてあちこち君の行きそうな場所へ解き放っていたのさ。
また誰か連れているけど別にいい。
ここで死んでもらうよ。』

妙な因縁つけて追い回すのは人間以外も一緒ってことか。
このヤクザ達は生気がない。
恐らくこの影に殺されている。
遠慮なく俺たちで殴らせてもらう。

「本当の化け物は理性すら自覚しない貴様らの方だ!」

裂獲は怒った。
俺の知らないドラマがあったんだな。
だが憤る気持ちはわかる。
せっかくの気分をぶち壊してくれた礼を俺たちはした。

戦って戦って、戦いまくった。
朝方だが他に人が集まりそうな程に。
しかし影が俺達だけをドーム状の空間に包んで移動した。
そのおかげで存分に殴り会えたが裂獲が圧倒していた。
俺は一人のヤクザゾンビを抑えている。
負けてたまるか!
せっかくのタメだ。
俺が役に立てなくてどうする!

ずっと俺たちは戦い続けた。
するとヤクザゾンビは立ち上がることもせず、影の主もカロリーが減ったようだ。

「しつこい、しつこいしつこいしつこい!しつこいんだよてめえら!
行く先々で困らせているのに。
そんなに理想郷が憎たらしいか!」

訳の分からないことを。
今更何処へ逃げればいい?
金か?
コネか?
改善点なんていくらでもあるだろうが。
それを…

「お前一人の理想郷の為に、大勢の犠牲を出すな!」

俺はそういって影に焼きをいれる。

「ぐはっ。」

「お前はそうやって裂獲を苦しめたんだろう?
中学生の少女達まで殺して何が理想郷だ!
偶にそういうジジイもいるから世界は救えないよ。
だが俺はお前を殴ることが出来る!
それだけだ!」

何故俺もここまで裂獲に肩入れするのだろう。
孤独が怖いのは俺も例外ではなかったからか?
いや、それだけじゃない。
それだけじゃないんだ!

しかし影もタダではやられなかった。
影の腕が俺の腹を貫通した。

「あっ…ぐえっ…」

鍛えた腹筋も人外には無力だったか。

「ざ、惨授!」

俺の身体が水色に輝いた。
やや紫を帯びているといっていい。
なんだよ。
俺にも…あんじゃ…ねえか!

俺は貫通した影の腕を掴んで輝く身体と共に最後の力で顔を殴る。

「ま…また…か」

そうか。珠羅って子もこうやって裂獲を助けたんだな。
俺も…裂獲がどうやってかっこつけて君を助けたのか…あの世で聞けそうだ…

もう意識は無いが俺は影を離さず殴った。
そして蹴りをお見舞した。
いつ以来だろう。
格闘家としての魂を蹴りに宿すなんて。

俺はもう一人じゃない。
独りじゃない。
この輝きを裂獲に渡すよ。

俺はこれから先の話を知ることはないだろう。

CHAPTER:無駄

自己紹介した方がいいかな。
なんだか夢に語りかけている感覚で気味が悪いけどね。
永久渡綱とわひきつなってのが俺の名前ってね。
いつも喉が乾くように作曲したいんだよねえ。
まあ、俺は音楽初心者なんだけど音符や歌詞の事を知ると燃えてくるんだ。
ゲームやフィギュアにオタクが萌えるのも燃えるのも俺には分かるんだ。
動かされる思いがあると俺の場合は音楽にしたいのかもしれない。
ライオンが肉を食うのと、シマウマが群れながら野草を食うみたいな…なんというか本能の過程には逃げる為にも立ち向かう為にも頭を使うのが必要だよって感じで。
しっかし、熱くなるのはいいもののパッションとエモーションがないとものづくりは難しい。
どれだけ時間があっても足りないというのは絶望だ。
なんかインスピレーションが湧いてくるといいのだがね。
なかなか湧かない。

「うわあああああ!」

何だ?
こんな街中で?とお思いの方もいるだろう。
だが俺は人付き合いが嫌で、なんとか街と山と海の真ん中で暮らしている。
つまり、この場所で人がいるのは少ない。
クマはもう絶滅してしまったから、確実にあの声は人だ。
俺は外へ出かける。
怖いもの見たさって奴だ。
うん。
男性の弱点だね!
まあインスピレーションが得られるのならそれでいいさ。

「俺はっ!俺は結局誰も救う事が出来ない!どれだけ犠牲をしいれば…気が済むんだ!」

英雄症候群の子供…では無さそうだ。
見たこともない剣で空間を切っている!?
草木や人、動物にダメージを与えずに?
誰も傷つけずにあたっている?
そんな高度な事が出来るなんて。
もしかしてラゾートとか…あそこの住人?
いんやそれとは違うな。
噂とか都市伝説というのはいつの時代も変な奴が伝播させるもの。
しかしこの慟哭は俺なら分かる。

本物の苦痛を知っている人間の音だ。
絶対音感とかそういうのは俺にはないんだけどなあ。
なんか通じあえそうな気がしてしまう。
しかしこの状況怖すぎる。
あの人間にどうやって近づけばいい?
いや、近づく必要はないか。
この周辺の主として堂々と話せばいい。

「あのお、あんた。」

人間は攻撃をやめて俺を睨む。
おいおい。
野郎に睨まれてもキュンなんてしねえよ。
むしろ怖いんだけど。

「悪かった。」

おや?
話が通じるタイプで安心した。
って、物分かり良すぎじゃない?
普通こうもっとなんか暴れそうな感じなのに。
いや、これでいい。
これでいいが掴みどころがないので怖い。

はぁ。また無駄なことやっちゃったなあ。

俺の人生無駄ばかりだ。
絵を描きたくて習い事をはじめたら上手いやつと下手なやつで派閥ができてそれを俺が

「そんな格差やめろよ!絵師じゃあるまいし。」

なんて言ったら両方から笑われた。
きっとあいつらが上手いとか下手とか関係なく自分の居場所が確保出来れば才能を高めて努力するなんてしないんだ。
運動もそうだったなあ。
何処へ行っても比べられる。
だからDIYでこの場所に住んで、苦手な役所対応や仕事も始めて粛々と生活してたのに。

その無駄で俺は寿命が縮む。
今日はきっとその日だ。
これでやっと無駄から開放される。

「これ、お礼だ。」

へえっ?

変な声が出た。
よく見るとオレンジジュースの缶にコーラ瓶だ。
いつの間にの用意したんだ?

「あんな状態の俺に声をかけてくれる人が居るなんて。
まだまだ世の中捨てたもんじゃないな。」

重いセリフだ。
どうやら、俺以外にもいるみたいだ。
必要な犠牲に強いられ、無駄を知る者。
俺は自己紹介してみた。

「渡綱。永久渡綱。この辺の地主さ。年齢は…01年齢生まれといえば伝わるかな?」

すると彼は心を開いた。
俺の勘が告げた。
彼は一つ歳下だと。
別に縦社会がどうとかでは無い。
嘆きに慣れていなかったからな。

俺は彼を家に連れて音楽の練習をした。
その方がいいだろう?
辛い出来事もうれしい出来事も、一つの組曲にしてしまえばいい音色になる。
そしてすぐに終わってくれる。
素敵な恋と音楽はすぐに終わるからいいんだ。
だから、せめて彼の辛さが癒せないか。
俺に出来ることがないかを模索し始めた。
あのエゴイストの俺がこんな理由でいきなり誰かに音楽を教え合うなんて思わなかったよ。
まあ、普通に過ごしてりゃ分からないさ。
俺に少し似ている。
距離感が上手くいかなくてずっと苦しんでいたあの痛み。
勿論、同じじゃない。
分かり合うことはないかもな。
だが俺に音楽があって良かったと思わさせてくれる人なんて今後現れない予感がしたからさ。
ま、空間を切り裂くなんてヤバいこと出来る奴だけど何処も傷つけない攻撃の仕方が出来るのも人間らしいなって…俺の感想である。

それから暫く共に行動をした。
流石に街中じゃ、あんな暗いオーラは出さなかったからいい気分だ。
俺は内心思っていたのさ。
『独り善がりの芸術には誰も力寄らない』って。
そんな俺の趣味を理解してくれそうな彼の表情の曇を一緒に減らせば、武道館行けちゃったりするかもしれない。
そんな御伽噺くらいは許して欲しい。

ポツン。

水溜まりに波紋が現れる。
雨か。
俺は雨は好きだが、今日は晴れて欲しかったなあ。

それから喫茶店で彼から話を聞いた。
依頼をこなして様々な罪を犯したこと。
二人の理解者を護れなかったこと。
そして初めて俺という先輩が出来たこと。
なんか、可愛い奴だなあと。
変な意味では無い。
話を聞いて、素敵な恋が長引き過ぎた結果を現れてしているのかもしれない。
幸せというのは実に多用的だな。
でも、彼は彼で満たされているから渇いてるわけでは無さそうだ。

すると彼は俺に本音を吐いた。

「親も子も。
愛を育てる為に子を設ける訳じゃない。
実感さえしていれば見せる必要も無いからだ。
俺は憎む。
幸せや不幸が実感できないならそれでいい。
しかし、性別も年齢も関係なく素直に涙が流せないというのなら…虚しいだけじゃないか。
俺のやってきたこととは一体何だったんだろうな。
自己満足というのなら酷いジョークだ。」

だから俺は伝えようと思った。

「裂獲。
ありがとな。
俺の音楽を認めてくれて。
必要のない無駄が新しい見解をくれる。
俺にとって音楽は必要がなかったのに、実際はこうして関係が出来ている。
あのまま山と海に引きこもって街の悪口を言う人生も良かったけど、これはこれで新しい道だ。

俺は裂獲と握手をしようと手を差し伸べる。
すると店が破壊された。

「裂獲!」

彼はあの時の殺気を纏って武器を出した。

影が集まり、周りを破壊し、人間の形となった。

「いやあ、やっと見つけられたよ。
今日が雨で良かったなあ。」

なんだ?この化け物は?
人間の形をしているが俺には分かるぞ。
こいつはあぶねえ。

「本当に君はあの依頼からラゾートの事を忘れたんだねえ。
こんな目に会っても縁が出来て、立ち上がって…そして俺に阻まれる。」

裂獲はなんだか分からなそうな顔をしていた。
ラゾート?
今、ラゾートと言ったのか?
あれはSNSによるデマじゃないのか?

「また仲間が出来たみたいだから言ってやろうか。
俺はな、お前が最初にラゾートの使命を受けて殺したインフルエンサーの家族に頼まれて生まれたのさ。

名前を言い忘れてたよ。

フリート…それが俺の…ラゾートの新たな使者だ。」

そしてフリートは俺の目の前に現れて刃を突き刺した。

CHAPTER:das Ende und der Heilige

フリート。奴も実行者だったようだ。
とは言っても、俺はあの時の記憶を失った。
ラゾートがどういう所なのかもそれまでの記憶も。
身に覚えはあるのに記憶にないという気味が悪い状態だ。

高石珠羅を救出出来ない頃から俺の記憶は欠落していった。
力があっても、衰えても彼女を救えなかった。

惨授と会った頃に俺は自分の力の無さに絶望し、身投げしようとした。
しかし、自殺ってのは簡単じゃなかった。
人間よりも強い状態では尚更。
俺も人間なのに。
そんな時に惨授に助けられた。
闘ってるのは俺一人じゃないと知った感動は忘れていない。
でも助けられなかった。

今度は永久渡綱か!
何故、フリートは付き纏う。
せっかく芸術を知ったのに。

「俺もそうなんだけど、君は形はどうあれ命を殺めているんだよ。
もう言わなくても分かるよね?記憶喪失君。」

俺はフリートを切り刻む。
しかし死んでいる周りの人間の影と雨でまた実体が復活する。

「俺は死なないよ。
というか死ねないんだ。
ラゾートの住人とあのインフルエンサー達が違法で創った偽ラゾートの住人の俺とじゃ相性が悪い。」

「俺は忘れているが確かにラゾートの住人らしい。
俺はこの世の生物が噂している楽園の一般人だった。
だが記憶がない今の俺には関係がない。
それでいいと許可があるからこそ記憶がないのだ。」

「ああ。そうらしいね。
それが君の言い訳じゃないのなら俺が君を殺せば答えが見えそうだ。」

フリートも裂獲を切り裂く。
右に交したが掠ってしまった。
致命傷にはならなかったが。
すると持っていた赤い結晶が傷を治す。

珠羅!
君が…

すると惨授が渡してくれた水色の結晶がフリートを吹き飛ばす。
フリートは驚いていた。
フリートには見えない惨授の打撃ラッシュが確実に命を削っているからだ。

惨授。
お前は死んだ後もずっと俺の味方でいてくれているんだな。

すると緑の結晶が俺の手に握られていた。
この音は…そうか。
渡綱も俺の理解者なのだな。
結晶が空気全体を震わせる。
フリートは全身の感覚が歪んでいるのだろう。
打撃と波動がフリートの細胞を砕く。

「な、なんだと。この…力は!まさか、ラゾートの連中は…!」

俺も輝きを宿そう!
金色の結晶が三つの輝きと俺の力に反応し生まれた。

「紛い物の理想郷は消える。
永き因縁もこれで終わる。
俺自身の経験の手によって、フリート。
貴様を葬る。」

何かを言いかけたフリートに有無を言わさず四つの輝きで始末した。

あれから俺の新たなラゾートの再建が始まった。
本物のラゾートからは無かったことにされ、偽物のラゾートはフリートの死によって消滅した。

誰も助けにこなかった。
どれだけ信仰をしていても神も人も動物も助けに来ない。
無力な己を責めるだけだ。
何故だ!
俺たちは日々の暖かさを実感し、時に泣き、笑い、怒りを通して切磋琢磨していく動物じゃないのか?

俺たちは常に生かされている。
飢え、乾き、恐れ。
それらを乗り越えた先に希望があると言われてな。
だからこそ俺、珠羅、惨授、渡綱は揃った。
あらゆる行いは不幸せを嘆くための犠牲でしかない。
お前達はそれで幸せか?
犠牲を否定できない俺は自分自身を憎んでいる。
何故なら。
それが生きるということだからだ。
ラゾートが現時点での理想郷であり讃えるべき神ならば、俺はその存在を否定する。

「惨授。
君の言っていた通りの事態になった。
本当に俺はうつけ者だ。
それならまだよかった。」

「渡綱。
お前はかつて言ったな。
必要のない無駄が新しい見解をくれると。
正解だ。
最も、俺がその無駄の一つでしかないなんてトンチがききすぎているが。」

「珠羅。
願い、叶えられなかったな。
この悔しさは俺達の中で忘れないで背負っていこう。」

「今日から崩れる幸せを求める為の競争は終わった。
強者から全てを還元し、俺が弱きを守る。
歪んだ道徳を持つ老婆と翁は始末して構わない。
良識を苦楽を共に手に入れた者たちに得るべく幸せが供給される。」

それこそが。
四名の生命を犠牲にしてしまった俺の罰であり、償いだ。
どうか。
どうか俺の力で護らせて欲しい。

そして俺だけを赦さないでくれ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?